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17.02.2005
イタリアにおける財政連邦化の進捗状況
早稲田大学 工藤裕子
0. 調査概要
(1)調査対象国
 イタリア
(2)なぜ、イタリアか
○ イタリアの地方制度は、(1)単一国家、(2)三層制(州、県、コムーネ)、(3)地方自治体の規模・経済力に大きな格差、(4)かつては強い中央集権的体制、が特徴である。
○ 90年代後半以降、特に州への分権(立法権、事務、公務員、税源の移譲)が進展した。単一国家の枠組みを維持しつつ、連邦主義の要素を導入する取り組みといえる。
(3)調査日程
○ 調査期間:
2004年9月8日〜15日
2004年12月18日〜22日、2005年1月3日〜7日
○ ヒアリング先:
内閣府州問題庁(Caterina Cittadino、Renato Catalano、Sebastiano Piana)
経済財政省(大臣官房、Cecchini、Mazzotti他)
経済財政省財政連邦化審議会(会長のGiuseppe Vitaletti教授)
内務省(Chiappinelli、Giorgio De Francesco、Giovanni Balsamo他)
高等行政学院(Luca Anselmi教授、Giampaolo Ladu教授)
ボローニャ大学(Alberto Zanardi教授)
レッチェ大学(Giampaolo Arachi助教授)
 
1. 地方行政システム
(1)州(20州)
人口:     平均287万人   最大911万人   最少12万人
面積:     平均1.5万km2   最大2.6万km2   最小0.3万km2
一人当たりGDP:平均2.2万ユーロ 最大3.1万ユーロ 最小1.4万ユーロ
・1948年憲法で地方自治体として規定が創設されたが、5つの特別州を除き、長く実体がなかった。15の普通州については、70年に州議会選挙が実施され、72年および77年に国から州への権限移譲が行われ、州としての実体を備えるに至った。
・州議会議員は直接選挙。州代表は、99年の憲法改正により、間接選挙から直接選挙に移行。
・2001年憲法改正により、州の権限が拡大され、一定の立法権が付与された。教育、医療保健、地域警察の移譲が、近々実施される予定。
・主な事務は、医療保健、都市計画、環境保護、産業振興、観光、職業訓練、公共投資など。このうち、医療保健分野が歳出の約60%を占める。
 
(2)県(103県)
人口: 平均56万人  最大371万人  最少9万人
面積: 平均3.2千km2 最大7.5千km2 最小0.2千km2
・憲法上の地方自治体。
・県議会議員、県代表は、ともに直接選挙。
・主な事務は、教育(施設整備、職業訓練)、下水道・電気、交通、道路管理、環境保護、県内コムーネの支援、調整など。
 
(3)コムーネ(8,102)
人口:平均7,036人 最大255万人(ローマ市) 最小33人
コムーネの72%が、人口5,000人未満
・憲法上の地方自治体。
・コムーネ議会議員、首長(sindaco)は、ともに直接選挙。
・コムーネの事務は、規模に関係なく法的には全て同じ。ただし、大都市は事実上より多くの事務を実施している。
・コムーネの事務は、日本の市町村のそれとほぼ同様。(ただし、義務教育は国の事務。また、交通警察を有している)
※ データは2001年。ただし、県、コムーネ数は2004年9月時。
 
2. 憲法上の地方分権改革の位置づけ
(1)01年憲法改正の経緯
・イタリアでは、90年代後半に中道左派政権の下で、地方分権、地方行政改革が進展。
・98年委任立法令112号(バッサニーニ法)で、補完性の原理に基づいて、国から州、県、コムーネヘ、権限・事務、税源、公務員の移譲を実施。これが、「行政的連邦主義」と言われるもの。
・01年の憲法改正がこの一連の地方分権改革を完成させた。
 
(2)地方分権の観点から見た01年憲法改正
・コムーネ、大都市圏、県、州は、国と相互に対等な関係にある自治体として位置づけられた。ローマ首都が明記された。
・立法権は、国と州に帰属。行政権は、一義的にはコムーネに帰属し、補完性の原理によって、大都市圏、県、州へ配分。
・立法権については、国が専管する事項、国と州が共管する事項(法律により国が留保した基本原則以外は、州に立法権)が、限定列挙。それ以外の事項は、州に立法権。
・第119条に、地方自治体の財政自主権が規定されるが、この規定は地方自治体の財政は自主財源によりまかなうことを意味すると解されている(財政連邦主義)。同時に、担税力の乏しい地方自治体のために均衡化基金の設置が規定。
・国と州の権限について紛争が生じた場合は、憲法裁判所が判断する。
 
3. 州の編成と権限・事務の移譲
(1)州の編成についての考え方
・州の区域設定は、歴史的背景によるものであり、一部の州を除き、かつて公国、王国などであった地域をもとに、現在の州が形成された。
・州の規模の格差は、48年憲法制定時からあったが、妥当なものと認識されている。当初一つの州であったものから分割されたのが、モリーゼ州とアブルッツォ州。その他は変更なし。
・90年代の初めに、州の再編についての検討が行われたことはあるが(代表的なものとして、G.アニェッリ財団による研究など。州を北部、中部、南部の3州に再編するとの構想)、歴史的背景を抜きにして、州の最適規模を論じることは困難というのが共通の理解といえる。
・憲法に、新しい州の設置や再編の規定はあるが、実際に行われたことはない。
 
(2)国から州への権限・事務の移譲
(1)01年改正憲法における州の権限
・01年の憲法改正により、従来は憲法に明確に規定された立法権限のみが州の権限(ただし、国の法律により定められた基本的原則の範囲内に限定)とされていたのが、憲法に国の立法権限(国の排他的権限、基本的原則を定める権限)が限定列挙され、それ以外は州の立法権限(州の排他的権限、国の基本的原則の下での権限)とされた。
・州の排他的権限について、国は法律を制定することはできない。ただし、市民への平等なサービスの提供、競争の維持、公共秩序の維持といった原則に基づいて、「水平的に」介入することは可能。
(2)国と州間の紛争処理
・国と地方自治体の関係が対等な関係にあると位置付けられたため、従来行われていた国による州法の審査が廃止され、国は州法が違憲であると考えれば憲法裁判所に提訴し、裁判で解決をはかることになった。逆に、州は国の法律が違憲であると考えれば、憲法裁判所に提訴する。
・憲法改正後、国が州を訴えたのが120件、このうち40件については既に判決が出ており、2/3は国の勝訴。逆に、州が国を訴えたのが75件で、このうち20件に判決が出て、1/2が国の勝訴。
(3)01年改正憲法の具体化
・01年改正憲法の規定のみでは、国の法律が基本的原則のみを示しているのか、それ以上のことを規定して州の権限を侵しているのかが判断できず、国と州の権限の境界が不明確である。
・03年131号法が制定され、国において権限の明確化の作業が実施されている。これを踏まえ、各州は州法の改正作業に入る。
・01年改正憲法に基づく、国から州への具体的な権限、事務の移譲(教育、医療、地域警察の3分野ということのみ決定されたが、まだ具体化にまでは至っていない)、州から県・コムーネに対する事務の移譲は、いまだ実施されていない。
(4)国と州の権限の明確化
・これは、相当困難な作業であり、新たな訴訟を招く懸念もある。
(例1)基本原則についての共通の理解
 定義、罰則は、基本的原則として共通の理解があるとされているが、いまだ概念が曖昧なものにとどまっている。
(例2)基本的原則の及ぶ範囲
 例えば、「国民の健康」は、基本原則として国が定め、これに基づいて、国民の健康を維持するための医療機関については、州が定めるとされるが、医療機関の定義が不明確。
(例3)州の排他的権限と国の権限との切り分け
 例えば、農業は州の排他的権限であるが、農地管理と環境保護・国土利用計画との関係など、行政分野の切り分けが困難。
(例4)州の権限に対する国の介入
 国が介入を行うためには、国が法律を制定することが必要だが、州がこれを違憲と見なせば憲法裁判所に提訴するので、判決が出ないと確定しない。例えば、自然環境の保護は、農業、狩猟、漁業にも関係し、その中には州の排他的権限も含まれるが、国は全土において環境保護の水準・基準を決定できるとの判決が下された。
(5)バッサニーニ法による権限・事務の移譲
・現在、実際に行われている国から州、地方自治体への権限・事務の移譲の根拠は、バッサニーニ法である。具体的には、教育、生産活動、道路管理、防災など。
・移譲すべき財源、公務員は、国と州・地方自治体との話し合いで決定。財源の移譲は、従来国が充てていた財源を移譲することとされていたが、国より州の給与水準が高いので、当初見込みより多くの財源が必要になると予想されている。
・国家公務員は、移譲先の公務員となるが、給与については高い方の給与が適用される(国→州:州、国→県・コムーネ:国)。移譲予定の国家公務員数は、約2.1万人。国の出先機関として、政府の地方事務所が設立され、国に残される権限について地方との調整を実施する。
・バッサニーニ法に基づく権限・事務の移譲プロセスは、ほぼ完了しており、残っているのは、国から州への教育分野の移譲、国からコムーネヘの家屋の登記事務の移譲であるが、近く実施される予定。
(6)コムーネとの関係
・国から州への権限移譲に焦点を当てた01年憲法改正については、コムーネの側から大きな批判・不満がある。国と州が、両者の権限を確定しなければならない状況にあり、この作業が終了するまで、憲法に規定された補完性の原理に基づくコムーネヘの執行権限の移譲が進捗しないため。
・コムーネは、小規模なものが多く、執行権限の移譲が実際に進展するのか不明。合併が困難なため、コムーネ間の連合の形成などにより受け皿としての規模の拡大を促進している。ただし、コムーネの合併推進の研究を行っていないわけではない。


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