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第2部
研究論文
研究論文1. ロシアから見た北朝鮮の核開発
惠谷 治(ジャーナリスト)
 
研究論文2. 北朝鮮に取り込まれる韓国
西岡 力(東京基督教大学教授)
 
研究論文3. アメリカの対北朝鮮戦略と日中韓の対応
−本プロジェクトにおける訪米・訪中・訪韓を通じて
島田洋一(福井県立大学教授)
 
研究論文4. 最近の北朝鮮社会情勢と難民問題の動向
李 英和(関西大学助教授)
 
研究論文5. 国民意識が大きく変化した平成15年
−政府は対北朝鮮専門組織を作れ
平田隆太郎(「救う会」事務局長)
 
研究論文6. 金正日政権下の大量餓死について−餓死者300万人の根拠
西岡 力(東京基督教大学教授)
 
ロシアから見た北朝鮮の核開発
惠谷 治(ジャーナリスト)
 
 昨年4月、北京で米朝中による3カ国協議が開催され、その席において北朝鮮は使用済み核燃料棒8千本の再処理はほとんど終わった、と米側に通告した。8千本が再処理され、プルトニウムが抽出されたとすれば、3発から5発の原爆が製造可能になる。
 初日の協議が終了した4月23日の夜、釣魚台国賓館で王毅外務次官主催の晩餐会が開かれた。食事が終わった頃、英語が堪能な北朝鮮の李根代表が、通訳をわざわざ呼び寄せて、米側代表のジェームズ・ケリー国務次官補に朝鮮語で話しかけた。通訳は次のように翻訳した。「ウィ・ハヴ・ニュークス(我われは複数の核兵器を保有している)」。続けて「我われは核兵器の存在を示すことが出来るし、さらに製造することも、移転することも可能だ」と語った。
 その1週間後の4月30日、北朝鮮の外務省報道官は「米国の深刻化する対朝鮮圧殺策動を物理的に抑止するため、我が方はやむを得ず必要な抑止力保持を決心し、行動に移さざるを得なくなった」という表現で、核兵器保有宣言とも受け取れる談話を発表した。
 そして、10月に入ると、2日に外務省報道官が「8千本の使用済み核燃料棒の再処理が完了した」と宣言し、「抑止力強化にプルトニウムの用途を変更した」と表明した。翌3日の朝鮮中央通信は「再処理は6月末までに完了し、プルトニウムの用途変更の技術的問題は解決した」と報じた。続く18日には、外務省報道官は「核抑止力の強化は実物で証明されるだろう」と、核実験を予告するような発言にまでエスカレートさせた。
 私は北朝鮮の核開発の現状について、ロシアの専門家はどのように判断しているのかを知るため、昨年11月中旬から2週間モスクワに滞在し、多くの研究者に話を聞いた。
 先ず、北朝鮮の核開発の技術水準を知るため、北朝鮮からの留学生を受け入れていたドゥブナの「原子力共同研究所(JINR)」で話を聞いた。というのも、大阪経済法科大学の吉田康彦教授が、「確かに自力開発できる人材はいるでしょう。ソ連で学んだ留学生は約20年間で、千人以上に上ったとみられ、北朝鮮には十分知識が導入されたはずです」と語っていたからである(02年10月28日付『毎日新聞』夕刊)。
 モスクワから130キロほど北に位置し、ヴォルガ川に通ずるモスクワ運河の起点の町ドゥブナは、人口3万人の小さな学術都市である。静かな林のなかにあるドゥブナ研究所の初代所長の子息であるパヴェル・ボゴリュボフ国際局副局長は、次のような事実を明らかにした。
 「北朝鮮は1958年に初めて当研究所に参加し、以後、毎年3人から5人の留学生を派遣してきましたが、92年に全員帰国しました。留学生は通常3、4年間、当研究所に滞在するので、朝鮮人研究者は総計で4、50人になると思います。北朝鮮の教育レベルが低いためか、彼らの研究水準も低く、当研究所で博士候補(修士課程)になったのは15人だけです。残念ながら、優秀な研究者はいませんでした。彼らはロシア人や外国人と交流することもなく、彼ら同士で固まって生活していました」
 私はボゴリュボフ副局長に、北朝鮮が核武装しているかどうかを尋ねた。
 「北朝鮮にはウランがあるので、核燃料棒を作ることはできます。また、使用済み核燃料棒からプルトニウムを抽出することもできるでしょう。しかしながら、原爆を作るには工業が発達していなければならず、強大な経済力、そして先端技術が必要です。北朝鮮にはそうした技術はなく、目標を破壊できるような核兵器はないと思います」
 ソ連時代から朝鮮問題の研究でロシア科学アカデミー極東研究所の ワディム・トカチェンコ朝鮮研究センター長は、北朝鮮は10年前から核兵器をもっている根拠として、シェワルナゼ・金永南会談の発言とともに、次のような事実を語った。
 「北朝鮮は高エネルギー、超高温で利用される機械や設備を、軍事と関係がないため、新設の大学の実験室のために購入しました。北朝鮮で働いていたロシア人専門家はウラン爆弾開発の可能性があるということでした」
 ロシア原子力エネルギー省直属の戦略安定研究所のヴィクトル・ミハイロフ所長はエリツィン政権時代の92年から98年まで、原子力エネルギー省の大臣を務め、その後は原子力エネルギー省に新設された「戦略安定研究所(ISS)」の所長である。未確認情報によれば、ミハイロフ所長は原子力相に任命される以前のソ連時代には、核実験の現場責任者をしていたといわれ、ロシアにおける核兵器研究の第一人者である。
 「北朝鮮は1970年代に5グラムほどのプルトニウムを抽出したことはあります。しかし、原爆製造に必要な量のプルトニウムはなく、原爆は保有していません。ですから、日本人は安心して眠ってください」
 推測発言が多いなかで、ミハイロフ所長だけは北朝鮮の核兵器保有を断定的に否定した。ミハイロフ所長はあらゆる面で自信をもって断言した。彼が独自情報をもっていることは明らかだったが、その根拠については何も語らなかった。
 私はミハイロフ所長に対して、KGBが極秘報告書(No.363K)をソ連共産党中央委員会に提出した事実を指摘して、核兵器は完成しているのではないか、と改めて尋ねた。
 「まあ、何を言っても自由ですが、私は個人的にクリュチコフを知っています。彼は北朝鮮の核開発については、何も知りません」
 北朝鮮初の研究用原子炉は、モスクワにある「クルチャトフ原子力研究所(RRC)」から供与された。クルチャトフ研究所のアンドレイ・ガガーリンスキイ国際関係担当副所長(ロシア原子力協会副会長)は、次のように解説した。
 「当研究所は1960年代の半ばに、北朝鮮に2メガワットの軽水炉を供与しましたが、北朝鮮との関係は90年代初めに終わりました。北朝鮮は5メガワットの黒鉛炉を独自に建設しており、時間的に考えれば1、2発分のプルトニウムを抽出した可能性はあります。しかし、原爆材料があるからといって、原爆を作る技術的な問題を解決できたかどうかは分かりません。金正日は核兵器開発プログラムを熱心に進めており、原爆製造は不可能ではなく、時間的な問題でしょう。北朝鮮にはポテンシャルがあるということです」
 「朝鮮の核問題」という論文を発表したモスクワ国際関係大学のユーリイ・フョードロフ教授は、次のように語った。
 「一部には、北朝鮮が原爆を製造したか、あるいは完成に近いという意見もありますが、私の考えでは、原爆材料のプルトニウムを抽出するのは非常に困難で、恐らく8千本すべての再処理は終わっていないでしょう」
 プルトニウム爆弾に懐疑的なフョードロフ教授は、ウラン爆弾の開発について次ように語った。
 「過去10年間、北朝鮮ではウラン濃縮をおこなっていたのではないかと思っています。90年代に北朝鮮は遠心分離機に使われる金属材料を大量に購入しました。また、パキスタンと密接な交流があり、北朝鮮はパキスタンから濃縮ウランをもらった可能性もあります」
 一方、北朝鮮のソ連大使館に6年間勤務した経験をもつロシア科学アカデミー極東研究所のワシリイ・ミヘーエフ副所長は、次のように言明した。
 「あらゆる専門家、軍人、物理学者、外交官たちの結論として、北朝鮮は軍事的な核開発プログラムをもっていますが、米露の水準に達するような核兵器の製造技術はないということです。しかしながら、真の脅威は放射性物質をテロリストに売却することです」
 ロシアの専門家たちは北朝鮮の核兵器保有宣言などは無視していた。しかし、次のように警告するのだった。
 「核保有していなくても、チェルノブイリのような核汚染を引き起こすレベルの低い原爆〔ダーティボム〕をもっている可能性は否定できません」(ボゴリュボフ副局長)
 「原爆を作れなくても、プルトニウムを使った『ダーティボム』を作ることは可能で、それを弾頭にしたミサイルを発射すれば、日本の脅威になるでしょう」(ガガーリンスキイ副所長)
 北朝鮮は核武装していなくとも、放射能汚染というテロ攻撃は常に可能だというロシア人専門家たちの指摘を、私たちは常に肝に銘じておく必要がある。
 
 ※上記報告の取材内容の詳細については、第3部「ロシア取材報告」参照







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