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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004年7月号 改革者
中国現体制の課題は何か─「所得四倍増計画」の意味するもの─
渡辺 利夫
▼拓殖大学国際開発学部教授
緊張の中国経済
 中国は強い緊張に満ちた社会だとつくづく感じる。
 二〇〇二年一一月に開かれた第一六回共産党大会では、二〇二〇年の国内総生産額を二〇〇〇年の四倍にするという「所得四倍増計画」(「翻両番」)が打ち上げられた。この間の年平均の実質経済成長率は実に七・二パーセントである。
 低迷する世界経済、危機後かつての元気を取り戻せない東アジアの中にあって、中国のみがひとり超然として超高成長率を、しかも二〇年にわたって持続しようというのである。日本はもとより多くの西側のジャーナリズムは、「所得四倍増計画」の表明を中国指導部の満々たる自信を示すものだと捉え、そのように報道していた。
 率直にいって、そのような報道の仕方は誤りだといわねばならない。WTO(世界貿易機関)加盟にともなう貿易・投資の自由化により、中国はグローバルなメガコンペティション(大競争)の波に洗われることになる。国際競争力をもつ企業や産業はこれによって競争力を一段と錬磨させていくであろうが、競争力のない企業や産業は市場淘汰を余儀なくされよう。競争力をもたない企業の代表が国有企業であり、産業の代表が農業である。
 自由化がもたらす「優勝劣敗」は、長期的には中国の経済発展にプラスの効果をもつとみることができよう。なぜならば、弱体企業・産業の淘汰はそこで用いられてきた生産要素(労働力、資本、土地)をより高い効率性をもつ企業・産業に移転させ、この「資源再配分」を通じて中国経済全体の生産性を向上させるからである。
 しかし、市場経済へのまだハーフウェイにとどまる中国が資源再配分を完遂するには長期を要するにちがいない。長期的な成長成果を手にするまでの間に必ずや生じるであろう短・中期的な問題の運営にもし中国が失敗するならば、「中国経済大国化」は画餅に終わる危険性がある。中国経済の短・中期的な問題とは何か。一言でいえば失業問題である。
 失業問題に立ち向かうには、最低でも年率七・二パーセントの成長率を長期にわたり維持することが不可欠なのである。是が非でもこの成長率を持続しなければ共産党権力自体が陰ってしまう。中国経済はやはり強い緊張に満ちているのである。
累増する都市失業者群
 国有企業改革のキーワードは「拡大放小」と「株式制導入」である。中央政府ならびに地方政府傘下の無数の国有企業を一挙に改革することなど、人為では不可能に近い。それゆえ改革の手を施せば自律的経営単位となりうる重要産業の「大」企業を選別(「抓」)し、ここで改革を集中的に展開する。改革が困難と判断される「小」企業は市場経済の荒波の中に「放」り投げるというのが、「抓大放小」である。弱体国有企業の「切り捨て」政策だといっても当たらずとも遠からずである。切り捨てられた国有企業は、破産、資産売却、吸収合併なんでもありである。当然ながら相当数の失業者がここで排出される。
 選別されて改革の対象となる重要産業の国有企業には株式制が導入される。しかし株式制の本格的な導入には、プラグマティックな中国指導部といえども逡巡がある。中国がみずからを社会主義国として認ずる以上、その最大の論拠である「公有制」は守らねばならない。したがって株式制を導入しても社会主義は守られる、という「手品」のようなロジックを用意しなければならない。
 その手品が一九九七年の第一五回共産党大会で披露された。株式時価総額の半分以上が国家株(政府ならびに国有企業の所有する株式)であり、しかもその売買を許さなければ株式制の導入も社会主義の範囲内のものであるというのである。少なくともこの原則は現在までのところ守れている。しかし、これでは株価の変動という而場の圧力が国有企業に加えられることは少なく、国有企業がみずからを律する力は弱い。
 とはいえ、プラグマティックな中国のことである。この原則はいずれ忘れ去られて、株式制はじわじわと全土の国有企業の中に定着していくのであろう。実際、貴州省などでは国家株マジョリティ原則を取り外す実験が開始されている。株式制の本格的な導入は「五人の仕事を三人でする」という国有企業から大量の失業者を市場に放出することになろう。事実、中国の都市失業者は現在すでにかなりの規模に達しているとみられる。中国の失業統計は都市戸籍をもつもののみを対象とし、農民つまり農村戸籍をもつものは含まない。中国の公式統計によれば二〇〇一年における都市失業者は、都市就業者二億三九四〇万人のうち六八一万人、すなわち失業率は三パーセント程度だという。これは明らかに過小評価である。中国語で「下崗」といわれる一時帰休者、企業内失業者などをも考慮に入れた日本総合研究所環太平洋研究センターの推計によれば、都市失業者数は同年において三〇〇〇万人を超え、失業率は一二・三パーセントに及ぶ(今井宏「大量失業時代にどう対処する」渡辺利夫編『ジレンマのなかの中国経済』東洋経済新報社、二〇〇三年)。
流動する農村失業者
 もう一つ、より大きな問題は農村に潜在する膨大な失業者群である。中国の農村労働力は二〇〇一年においてほぼ五億人である。このうち一億六〇〇〇万人以上が潜在失業者だというのが、中国の権威あるシンクタンク社会科学院の推計である。既述した日本総合研究所環太平洋研究センターの推計では一億七〇〇万人前後である。WTO加盟により中国は世界のアグリビジネスとのグローバル競争の強い圧力下におかれることになるが、競争力をもつ農産物はほとんどない。五億人の農村労働力のうち一億六〇〇〇万人以上の失業者を抱えるというのは尋常ならざる事態である。失業した農民は就業の場を求めて都市へ、特に沿海部の発展都市に向かって流動していくであろう。
 中国の二〇〇〇年の人口調査によれば、流動人口は一億二〇〇〇万人を超え、そのうちの三五パーセント、すなわち四二四三万人が自省から他省へと流動する省間移動者である。主流は中部諸省から沿海部諸省への流動である。流出人口比率の高いのは安徽省、湖南省、江西省、河南省、湖北省であり、流入人口比率が高いのは広東省、浙江省、上海市、江蘇省、福建省である。現在の中国においては省間の所得格差は著しく大きく、最高の上海市と最低の貴州省との一人当たり所得格差は実に一四倍である。
 中国の弱点は明らかに農業にある。地図帳を開いて中国の国土を眺めてみよう。チベット高原の濃い茶色が薄い茶色に変わり、ゴビ砂漠の黄色へと変じ、これが中西部に広大に広がっている。緑色の可耕地は沿海部に細く長くへばりついているかにみえる。中国の耕地面積比率は全国度の一一・三パーセントしかない。国土の大半は耕作不適地なのである。工場用地と宅地が耕地の中に食い込んで、わずかな耕地も潰廃されつつある。
 一三億人に届こうとする人口を一割程度の耕地面積で養わねばならないのである。中国の農業がいかに困難な課題を背負っているかは想像に余りある。中国の農村貧困は古来から延々とつづいてきた不可避の悲劇である。一戸当たり可耕地面積比率において、中国は人口過剰のアジアにおいても最低であり、最も零細な農業を営んでいる国が中国なのである。
 「南船北馬」という言葉がある。揚子江の北が「馬の世界」つまりは畑作地域、揚子江の南が「船の世界」すなわち水稲耕作地域である。中国の可耕地面積のうち水稲耕作地域はわずかに二六パーセントである。水稲耕作の単位面積当たり収量、すなわち単収は、いずれの国においても畑作物に比較して圧倒的に高い。中国の農業が畑作中心であることの悩みは深い。
「翻両番」の本当の意味
 国有企業改革によって排出される失業者群に加えて、貧困農民が中部農村から膨大な規模で沿海部諸都市に移出されるのである。彼らに就業の場をいかにして与えるか。これが現在の中国指導部の最大の関心事である。失業と所得格差、これに党幹部の腐敗・汚職の問題がかわる。第一六回共産党大会の初日、冒頭の党総書記演説は異例の率直さで次のように語った。
 「われわれの活動にはまだ少なからぬ困難と問題がある。農民と都市の一部住民の所得の伸びは遅い。失業者が増え、大衆の生活はなお苦しい。所得の分配関係が正されていない。市場経済の秩序を引きつづき整頓し、これを規範化する必要がある。一部の地方の治安はよくない。一部の党員指導部の形式主義、ならびに宣僚主義的作風、虚偽を弄し派手に浪費する行為がひどい。一部の腐敗は依然として際立っている。党の指導と政権担当の方法が新しい情勢や任務の要請に完全には即応していない。中には弱腰でばらばらな党組織もある。われわれは存在する問題を大いに重視し、引きつづき強力な措置をとって解決しなければならない」。
 七・二パーセント成長は、この成長率が創出する労働需要によって強い労働供給圧力に抗することを可能ならしむる最下限の数値であろう。これを下回れば社会不安の発生を誘い出し、一党独裁体制の根幹を揺るがせるという意味での政治的「閾値」、これが七・二パーセント成長の本当の意味である。
 再び日本総合研究所環太平洋研究センターの推計を紹介してみよう。この推計は、今後二〇年にわたり七・二パーセントの成長率が持続すると仮定し、それが生み出す新規の労働需要の増加数を算出する。次いで国連による二〇二〇年にいたる中国の人口増加推計を用いて新規の労働供給数を割り出す。後者から前者を差し引いた数値がネットの労働供給増加数である。これがプラスであれば失業者数は増大し、マイナスであれば失業者数は減少する。
 推計結果は、二〇〇一〜〇五年、二〇〇六〜一〇年、二〇一一〜一五年、二〇一六〜二〇年の四つの五年期間の就業者増加数は、それぞれ一九〇八万人、五九七万人、マイナス一一〇万人、マイナス九〇五万人である。二〇一〇年を過ぎてようやく失業者がわずかに減少する。二〇〇一年末現在の都市失業者と農村潜在失業者を合計した失業者総数は二億一三四万人である。
 上述したネットの新規の労働供給者数をこれにプラスして得られる中国の失業者数は、二〇〇五年末で二億二〇四二万人、二〇一〇年末で二億二六三九万人、二〇一五年末で二億二五二九万人、二〇二〇年末でなお二億一六二四万人である。
 七・二パーセントという、現在の世界や東アジアのスタンダードをはるかに上回る超高成長を今後二〇年にわたってつづけたとしても、中国の失業者数は二〇二〇年まで一年たりとも二億人を下回ることはないのである。先に、七・二パーセントが現在の中国が政治的に許容しうる最下限成長率だと記したゆえんである。
党指導部の深刻な危機感
 農村貧困、所得格差拡大、失業・一時帰休者増加といった社会・政治不安に直結しかねない諸問題に党・政府はどう立ち向かうのか。統治能力に陰りはないのか。党総書記の活動報告は次のような危機感を露にしている。
 「腐敗に断固反対し、腐敗を防止することは全党の重要な政治任務である。腐敗を断固処罰しなければ、党と人民大衆の血と肉の結びつきは著しく損なわれ、執権党の地位が失われる危険があり、党は自滅に向かう恐れがある」。
 ここしばらくの党中央文献には、党幹部の「拝金主義」「享楽主義」「個人主義」に警鐘を鳴らす内容のものが繁くみられるが、腐敗が党を「自滅」に導くといった穏やかでない表現に出会したのは初めてである。尋常ならざる実態を映し出したものなのであろう。
 中国は「世界の工場」だといわれる。確かにマクロ指標の動きを眺めれば、上昇に向かう変化が中国ほど激しい国は他に存在しない。しかし中国ブームもひとまず収まり、改めて中国の国内問題に目をやれば、事実がそう明るいものでないことに気づかされるであろう。
渡辺利夫(わたなべ としお)
1939年生まれ。
慶応義塾大学大学院修了。
筑波大学教授、東京工業大学教授を歴任。現在、拓殖大学学長。
 
 
 
 
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