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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2002 No.6 RIM
中国経済脅威論を乗り超えよう
顧問 渡辺利夫
 
 中国経済を躍進させている原動力は外資系企業である。工業生産額の3割、製造業品輸出額の5割が外資系企業に発している。中国の花形産業である情報通信機器産業において同比率はそれぞれ5割、7割に達する。大国にはみられない異例の依存度の高さであり、中国は強度の外資依存型経済だということができる。中国は周辺の東アジアや日欧米の企業、とりわけ前者の企業を大規模に導入して躍進をつづけている。
 東アジアはなぜ対中投資を拡大させているのか。中国を自企業の国際分業の中に組み込むことが、自らの収益極大化に資すると考えるからに他ならない。無数のミクロ企業のそうした意思決定の積み上げの帰結が、対中投資の累増的な拡大である。そうであれば、中国の生産と輸出、あるいは中国内での調達が大規模化したとして、これを中国経済の脅威だと見立てるのは、そもそもが論理的な矛盾である。
 WTO加盟を通じて中国はいよいよ強く外国企業への依存を恒常化させていくにちがいない。外資依存により中国の経済規模が大きくなるのであれば、これは東アジアの分業体制の強化・拡充をもたらすものだと考えねばならない。
 ところで、中国経済の巨大化をもたらした中心的な勢力が外国企業であるとすれば、問うべきは、今日の中国が外国企業を積極的に受け入れるような有利なポジションにいるのはどうしてなのか。外国企業の立場からいえば、なぜ中国を最適の投資地として選択しここに投資を集中させているのか、ということになる。
 実は、この問に対する答の論理は、すでにかなりの程度用意されており、それらはいずれも説得的なものだと思われる。グランドセオリーともいうべきものがガーシェンクロンの「後発性利益論」であり、次いでプロダクトサイクル論であり、最後がバリューチェーン・マネージメント論だと私は考える。
 「後発性利益論」は周知のものである。要するに、先発国はまさに定義によって自らの成長のための技術と資本は自ら開発し蓄積しなければならないが、先発国につづくフォロワーは先発国からの技術導入と資本輸入の機会に恵まれ、第3のフォロワーには第1、第2の先発国双方からの技術・資本の利用可能性が開かれる。したがって、ひとたび開始された後発国の工業成長は加速的な様相を示し、私の用語法をもってすれば、後発国ほどその工業化は「圧縮」されたものとなる。
 現在の中国の情報通信機器産業の発展がまさにそうである。中国は、アメリカや日本というこの産業のトップランナーからのみならず、近隣の香港や台湾というセカンドランナーからの技術導入・資本輸入の利益を受けるポジションに位置している。
 プロダクトサイクル論もまたよく知られたセオリーであるが、一言でいえば、製造業の技術には、生成・成長・成熟・衰退というライフサイクルがあって、成熟段階にいたる(技術が標準化段階に達する)とその技術を後発国に移転させ、標準品についてはこれを輸入に依存するようになり、自らはより高度の技術の生成・成長を求める、という多国籍企業の行動様式をモデル化したものである。
 中国の情報通信機器産業の発展をプロダクトサイクル論との関連で捉える時、きわめて特徴的なことは、この産業においては先発の香港、最近ではとくに台湾の企業が華南、次いで華東に集中し、この2地域に世界でも有数の産業集積を創出したという事実であろう。中国における情報通信機器産業の生産額は台湾本島の生産規模にほぼ匹敵する。中国の情報通信機器生産の約7割を占めるのが台湾企業だという。
 第3に注目されるのが、最近の多国籍企業のビジネスモデルの変化である。日系企業を例に指摘してみよう。日系企業は、1985年のプラザ合意以降の円高期に東アジアに大量に進出し、現地生産の拡大と現地からの輸入(いわゆる逆輸入)を一般化させた。さらに1997年夏のアジア通貨危機によって各国の通貨が暴落して以来、東アジアの日系企業は日本からの部品・中間製品の調達が価格面で不利となり、その結果、進出先国やその周辺の東アジア諸国からの調達比率を上昇させるという動きを活発化させた。
 これは当初は危機への対応策であったが、直近にいたると単に危機への対応策であることを超えて、東アジアを自企業のグローバル・ロジスティックスの中に包摂するための、より積極的な戦略へとこれを転じさせつつある。
 1産業の活動には、研究開発・企画設計から、部品・中間製品の生産・調達ならびに組立加工を経て、最終的にはマーケティングにいたる、すなわち川上部門から川中部門を経て、川下部門にいたるバリューチェーン(付加価値連鎖過程)が存在する。この過程において最も付加価値の高い部門が川上部門と川下部門であり、川中部門においてこれが最も低い。技術進歩において最も速く、したがってプロダクトサイクルの短縮化が著しい情報通信機器産業において、こうした価値連鎖過程が明瞭に観察される。
 メガコンペテイションの東アジアにおいて日系企業もついに、バリューチェーンの機能ごとに分社化を図ったり、系列下請け関係を打ち切って、その生産と調達の拠点を東アジアの各国に移転するといった、従来の日本型経営では馴染みの薄かった試みを本格化させようとしている。海外生産と調達の最有力の拠点として浮上してきたのが、華南、華東の2地域なのである。
 部品・中間製品の生産・調達ならびに組立加工、すなわち付加価値連鎖過程の川中部門を中国に集中させるというのは、今日の東アジア経済を眺望してなされた企業の自然な経営意思決定の帰結であり、ここに形成された産業集積を脅威とみなすことには無理がある。
 中国脅威論は論理において破綻している。第1に、中国の情報通信機器の産業集積は確かに大きい。しかしいかに大きいとはいえ、その内実は日欧米や周辺東アジア企業のオフショア生産の帰結である。冒頭で指摘したように、収益極大化を求める合理的な意思決定のもとで、中国を自企業の国際分業の1分肢として位置づけようという行動の帰結が、中国脅威論だというのは奇妙な論理である。
 第2に、プロダクトサイクル論にしてもバリューマネージメント論にしても、情報通信機器産業という比較的明瞭なプロダクトサイクルがあり、またバリューチェーンの一部を切り離して他国に移転させることのできるような産業を対象としており、他の産業にこのモデルがどの程度うまく適用できるものかどうか、まだ解明されていない。
 情報通信機器産業のみならず、輸送機械、一般機械をも含めた機械産業の全体を考えた場合には、自ずとストーリーは異なってくるであろう。部品数が万を優に超える輸送機械、不断の技能練磨を要する一般機械の中国国内でのフルセット生産は、不可能ではないまでも相当の高コストを余儀なくされよう。加えて輸送機械にしても一般機械にしても、情報通信機器産業のそれとは異なった固有のバリューチェーンを有していよう。これらのバリューチェーンの全過程を中国が担いうるとは考えにくい。
 そして最後の第3に、外資系企業の導入によって活性化をつづける情報通信産業という花形産業の背後には、リストラクチャーを要する巨大な国有企業群が控えている。国有企業のプレゼンスと支配力は現在の中国においてなお決定的に大きい。工業部門固定資産投資において国有企業はなお過半であり、都市就業者に占める国有企業就業者の比率は4割を上回る。
 国有企業のリストラなくして中国経済の大国化はない、と私はみる。仮に中国が国有企業のリストラに最終的に成功するにしても、そこにいたる過程で輩出される失業者や一時帰休者に就業の機会を提供できるか否かは現段階では不透明である。農村から都市に移出してくる労働力がこれに加わって形成される巨大な労働供給圧力に、中国が耐えられるかどうか。このテーマが国有企業のリストラ完成までの間に横たわっている。
 もし中国が短・中期的なこの課題の解決に応えられないとした場合に発生するであろう社会不安や政治不安は、中国の経済大国化を「未完の夢」に終わらせてしまうであろう。中国が本当の脅威となるとすれば、それはこの社会不安、政治不安からかも知れない。
渡辺利夫(わたなべ としお)
1939年生まれ。
慶応義塾大学大学院修了。
筑波大学教授、東京工業大学教授を歴任。現在、拓殖大学学長。
 
 
 
 
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