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2004年10月号 正論
中国が仕掛けてきた沖ノ鳥島問題の重大性
杏林大学教授 平松茂雄
一、沖ノ鳥島海域で中国が違法な活動
 わが国最南端の領土である沖ノ鳥島周辺の排他的経済水域で、中国海軍の測量艦「南調411」が七月六日から二十日まで、ついで十二日から二十日まで海洋調査船「向陽紅9号」が、わが国政府に「事前通報」による「同意」を得ることなく、ワイヤーを曳航し、海中に音波を発しながら航行し、海洋調査と考えられる活動を実施した。「南調411」はわが国政府の「違法」な海洋調査停止の要請を無視して、沖ノ鳥島の南西海域を、「向陽紅9」は同島西方海域を、ジグザグに綿密に調査していた。潜水艦の航行および機雷敷設のための調査と推定される。
 中国の海洋調査船が沖ノ鳥島に出現したのは、これが最初ではない。筆者が初めて知ったのは二〇〇二年二月であり、その後二〇〇三年十月から十一月にかけて「向陽紅9号」、十二月に「科学1号」が沖ノ鳥島周辺のわが国の排他的経済水域内で、わが国政府の「同意」を得ることなく、漂泊しつつ海中に向けて音波を発信して海洋調査を実施した。そして二〇〇四年になってから、わが国の排他的経済水域でわが国政府の「同意」を得ることなく行った中国の海洋調査船が実施した海洋調査海域は七月末日までに二十五件に上ったが、そのうちの八件が沖ノ鳥島周辺海域であった。
 こうした不法な状態が続いているため、わが国政府は四月二十二日北京で開催された定例の日中協議で、中国政府に対し「違法」な海洋調査の停止を強く求めた。国連海洋法条約第二四六条によれば、他国の排他的経済水域で「科学調査」を実施する場合には、相手国への「事前申請」による「同意」が必要である。
 上記協議で中国側は、「条約の手続きについて認識しており、履行するように関係機関に指導する」と条約の尊重を表明したが、沖ノ鳥島について、「日本の領土である」ことを認めているものの、国連海洋法条約が規定する排他的経済水域を設定できない「岩」であるとの認識を示したばかりか、「日本側と見解の相違がある水域」として、尖閣諸島と並んで沖ノ鳥島をあげた。中国政府がこうした主張を行ったことはこれまでになく、初めてであり、同国が実施していた「違法な」海洋調査を正当化する措置と考えられる。
 沖ノ鳥島を「岩」とする中国政府の主張に日本政府は反発したが、「国連海洋法条約」の「島」の規定について日本政府は正しく認識していないようである。同法第一二一条「島の制度」第一項には、「島」とは「自然に形成された陸地であり、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるもの」を指す。この規定から、沖ノ鳥島は満潮時に海面に露出している「岩」であるが「国連海洋法条約」では「島」と規定される。だが同条第三項には、「人間の居住または独自の経済生活を維持できない岩は、排他的経済水域または大陸棚を有しない」という規定がある。この二つの規定から、沖ノ鳥島は「島」として、わが国の領土を構成し、十二カイリの「領海」を主張することはできるが、無人島であり、経済生活を何にも営んでいないから、排他的経済水域および大陸棚を主張することは出来ない。日本政府は「岩」を「高潮時」に水没してしまうものと勘違いし、そこから沖ノ鳥島は満潮時に海面に露出しているから、「岩」でなく「島」だと見ることになる。だが沖ノ鳥島が排他的経済水域および大陸棚を主張できる「島」になるためには、満潮時に海面に露出しているだけの「岩」でなく、「人間が居住する」か、または「独自の経済生活を維持する」か、いずれかの条件を満たす必要がある。
二、沖ノ鳥島の保全工事
 沖ノ鳥島は東京の南方約一八〇〇キロ、北緯二〇度二五分、東経一三六度五分の海上に位置する。地籍は東京都小笠原村で、八九年六月十八日わが国政府は沖ノ鳥島を国家が直轄管理するとした政令を発したことにより、現在は財務省所管の国有地である。東西約四・五キロ、南北約一・七キロ、周囲約一一キロの茄子型をしたサンゴ環礁である。水深は三〜五メートル、そのなかに満潮時に海面に没してしまいそうな小さな二つの岩礁からなっている。幅五メートル足らずの北露岩と三メートル足らずの東露岩である。面積は二つ合わせても一〇平方メートル足らずで、満潮時で海抜約七〇センチである。
 かつては四つの岩礁があったが、現在では二つになってしまった。このままでは波の浸食作用で年々岩が削られて、海面下に没してしまい、わが国の領土でなくなってしまう。小さな岩とはいえ、沖ノ鳥島を円心として半径二〇〇カイリ(約三七〇キロ)の円を描くと、その面積は約四〇万平方キロで、ほぼ日本の陸地総面積に等しい。そしてこの島の海底にはコバルト、マンガンなどの希少金属が埋蔵されているとみられている。小さな島とはいえ貴重な領士である。そこで岩が崩れないようにするために、「排他的経済水域における人工島、設備、構築物は島の地位を有しない」という海洋法条約の規定に基づいて、日本政府は八八年から三年計画で二百八十五億円を投じて岩の周りに波消しブロックを作った。
 工事は二つの岩のそれぞれを中心に、直径五〇メートルの円周状で、海底から約三メートルの高さに、波消しブロックを九千九百個を積み上げる。次いで円周内にコンクリートを流し込んで岩もろとも固めてしまう。打ち寄せる波を食い止めるために円周は段階状に作られ、中心部まで来た海水を排水するための直線の水路も切られてある。わが国は国際法の枠組みの中で可能な領土の保全策を講じたのである。
 右図はわが国が二〇〇カイリ排他的経済水域を適用した地図である。水域面積は四五一万平方キロになり、世界で第六位の海域を有する海洋国家となる。わが国の陸地国土面積は三七万八〇〇〇平方キロであるから、わが国の排他的経済水域面積は陸地国土面積の約十二倍になる。しかもこの地図が示すように、沖ノ鳥島を円心とする経済水域の上にある「公海」部分は事実上わが国の「水域」のようなものであるが、現在わが国政府が進めている海底地質調査によりこの「公海」部分の海底にある大陸棚が「国土と同じ地質構造」であることが証明でき、二〇〇九年五月までに国連に申請して大陸棚の拡張が認可されれば、この「公海」部分はわが国が主権的権利を行使できる大陸棚になる。沖ノ鳥島はそのように極めて重要な位置に所在している。沖ノ鳥島がただの「岩」で、排他的経済水域・大陸棚を設定できなければ、わが国の経済水域・大陸棚は狭められてしまう。わが国政府が三百億円近い資金を投じて、この島が水没しないように保全措置をとったのには、それだけの理由がある。
 だが沖ノ鳥島が排他的経済水域および大陸棚を設定するには、たんに二つの岩礁が水没することを防止するだけでは十分ではない。先に触れたように排他的経済水域・大陸棚を主張できる条件は二つある。第一に、人間が居住していること、第二に、独自の経済生活を営んでいることである。
 そこでわが国の通産省(当時)は、これまでに太陽電池パネルの小規模な耐久試験を実施するなど、「独自の経済生活を営んでいる」実績を作ることを行ってきたが、実績不足の恐れがあるところから、九二年海底石油採掘のプラットフォーム支柱などに利用できる「コンクリートと炭素繊維を混ぜた新素材」の耐久試験を計画し、五年間に約五億円を計上し、九三年度予算で初年度分の一億一千四百万円を要求することにしたとの報道があった。「炭素繊維は高温に弱く、耐熱などの試験には熱帯性気候の沖ノ鳥島がうってつけ」という。但しこの実験が実施されたかどうかについて、筆者は確認していない。
 後述するように、中国は八〇年代後半に南シナ海・南沙諸島を実効支配するために、海中に没するような岩礁を軍事力で占領し、そこに領土標識と岩礁を跨いで「高脚屋」という構築物を建てて、領海ばかりでなく、排他的経済水域および大陸棚の権利を主張した。わが国も中国に倣って、なんらかの人工構築物を作れば、沖ノ鳥島は領海十二カイリしか主張できないただの「岩」ではなく、二〇〇カイリ排他的経済水域および大陸棚の権利を主張できる「島」としての条件を備えることになり、大陸棚拡張の目的も達成できることになる。但し排他的経済水域に人工島、設備及び構築物を作っても、「島の地位を有しない」と国連海洋法条約に規定されている。だが中国は南沙諸島での「岩」に人間の居住施設を巧みに構築している。日本もその先例に倣う必要がある。
三、中国は沖ノ鳥島工事を評価したことがあった
 中国はかつてわが国が行った沖ノ鳥島保全工事を高く評価したことがあった。一九八八年三月十一日付中国軍機関紙『解放軍報』は沖ノ鳥島の工事に関する記事を掲載し、巨額の資金を投じて岩礁を保持する方法は過去には考えもつかないことだったが、(1)科学技術の進歩が人類に海洋に対する認識を深めた。(2)世界人口の急激な増加、工業の迅速な発展、物資の消耗の増大により、陸地資源、エネルギーが激減したことを理由に、「優れた試みである」と評価した。そして中国の海上の島礁や海洋の権益を守り維持することは中国軍の神聖な使命であるにも拘らず、中国周辺海域の島礁が占領される出来事が多数発生しているとして、七〇年代以来南沙諸島の多くの島礁が相次いで外国により占領されていることに注意を喚起させた(蔡文貽『島礁、海洋および民族の未来』)。
 八八年早々から中国は南沙諸島の六カ所のサンゴ環礁のなかの「岩」に、海洋観測所と称して鉄パイプとアンペラを材料とした高床式の掘っ立て小屋(高脚屋)を建設し、ついで組み立て式の建物を建設し、さらに数年後には軍艦島のような永久施設を建設し、さらにそのうちの一カ所を人工島に改造した。上記論文は中国が南沙諸島で実施していた人工施設の建設および人工島改造に関する中国の立場を、わが国政府が実施した沖ノ鳥島工事を先例に正当化したと考えられた。
 だがベトナムの報道によると、それらの岩は「満潮時には海中に一〜二メートル没してしまう」から、それが真実であるならば、中国は国際法を無視して、それらの岩を人工島に改造したり人工構築物を設置したことになる。国連海洋法条約第十三条には、「自然に形成された陸地であって、低潮時には水面上にあるが、高潮時には水中に没する」ものは「低潮高地」と呼ばれ、「その全部が本土または島から領海の幅を越える距離にある場合には、それ自体の領海を有しない」と規定されている。当然のことながら「低潮高地」、すなわち満潮時に海中に没してしまう「岩」は排他的経済水域や大陸棚を主張することは出来ない。それ故中国が南沙諸島で実施した行為は「違法」ということになる。だが当時も、現在にいたるも、ベトナムを除いてどこの国もその点を指摘していない。
 人工島に改造された永暑礁は長さ二六キロ、幅七・五キロの大きなサンゴ環礁であり、そこに面積八〇八〇平方メートルの人工の陸地が作られた。工事は八八年二月に着工され、同年六月上旬人工陸地と船着場が完成し、その上に二階建ての海洋観測所(面積約一〇〇〇平方メートル)が建設され、八月二日完成した。ヘリポートのほかに、畑と豚やダックを飼育しているとみられる小屋があり、畑では全国から訪問する慰問団や慰問品として送られてきた種子や苗により中国各地の名産が栽培されているという。この島は中国の南沙諸島実効支配の中心である。中国は国連のユネスコの要請により、海洋観測所を建設したと説明しているが、ユネスコ駐在ベトナム代表がこの点についてユネスコ事務局に問い合わせたところ、ユネスコは加盟国に科学調査を提案しただけで、いかなる加盟国にも特定の場所に設置するよう依頼したことはないと答えたという。
 では何故そのような劣悪な条件の岩に、中国は海洋観測所とは名ばかりの「高脚屋」を建てたのか。中国は建国当初から南沙諸島の領有権を主張してきたが、これらのなかで人間が生活できる島礁はこれまでに台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシアの各国によって占領されており、中国は領有権を主張しているものの、現実に一つの島礁も占領していなかった。すなわち中国は南沙諸島を実効支配していなかったのである。そのような状況の中で、八七年六月十五日に発せられた中国外交部スポークスマンの声明には、「中国政府は適当な時期にそれらの島を取り返す権利を留保している」という、これまでの声明には見られなかった一つの注目すべき主張があった。これは中国が南沙諸島を「取り返す」意思を明確に表明したものであった。
 人間が居住できる島礁がもはや存在しない状況の中で、どのようにして中国は南沙諸島の領有権を「取り返す権利」を行使するのか。当時筆者は、中国は軍事力で他国が占領している島礁、例えば当時厳しい対立関係にあったベトナムが占領している島礁を占領するのであろうか、その場合には軍事衝突は不可避であろうと予測した。ところが中国は満潮になると海中に没してしまうような岩に、海洋観測所という名目で「高脚屋」を建設した。六カ所の岩には「中華人民共和国」の領土であることを示す領土標識が立てられた。
 こうして中国は将来における排他的経済水域の設定あるいは大陸棚の主権的権利を主張する事態に備えて、上記六カ所の岩に「高脚屋」・観測所を建設し、南沙諸島の支配を固め、軍事基地化を進めた。因みに中国が国連海洋法条約を批准したのは、一九九六年五月十五日、わが国はそれより一カ月後の同年六月二十日である。
四、西太平洋に進出する中国
 冒頭で論じたように、中国は最近になって「人間が居住または独自の経済生活を維持することのできない岩は排他的経済水域や大陸棚を有しない」との海洋法条約の規定を適用して、沖ノ鳥島周辺海域を日本の排他的経済水域・大陸棚と認めず、従って同島周辺海域での調査活動に際して日本政府の許可を得る必要はないとの立場に立つようになっている。
 中国はかつて南沙諸島で実施した施策を正当化するためにわが国政府が実施した沖ノ鳥島工事を高く評価したことを忘れてしまったのか、それとも自国の主張を押し通すためには都合よく忘れてしまうのか。だがそれよりもわが国政府はこれまで筆者が論じてきた事実を知った上で、中国政府と協議しているのであろうか。本稿で書いたことを筆者は当時ある雑誌に掲載した論文の中で論及し(「中国海軍の南シナ海進出 中」『国防』一九九二年一月号)、この論文を九三年に出版した著書に収録した(『中国の海洋戦略』一九九三年、勁草書房)。この十数年来、筆者は折に触れて中国の海洋進出の実態を分析し、引き続き上梓した二冊の著書にまとめてきた(『続中国の海洋戦略』一九九七年、『中国の戦略的海洋進出』二〇〇二年、いずれも勁草書房)。だが残念ながら日本政府や一部のマスコミを除いて、それらに関心を示した形跡はほとんどない。少しでも読んでいただければ、何か役に立ったはずである。
 では何故中国は自国から数千キロも離れた海域に所在する沖ノ鳥島という小さな「岩」にこだわるのか。筆者が本誌二〇〇三年十月号「日本の大陸棚を調べる中国海洋調査船の第一の目的」で書いたように、中国は遠くない将来現実となる台湾の軍事統一の際、米国海軍空母機動部隊が台湾周辺海域に展開することを阻止するために、わが国の太平洋海域に潜水艦を展開し、あるいは機雷を敷設することを意図して、数年前からそのための海洋調査に着手していることがあげられる。
 中国が台湾に軍事侵攻するかどうかについては簡単に答えられない問題であるが、ありえない問題ではない。その場合、中国にとって米国の軍事介入阻止が大前提である。そのために中国は核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル、あるいは原子力潜水艦搭載弾道ミサイルにより、米国の主要都市を攻撃すると、威嚇することにより、米国の軍事介入を抑制することを早くから意図している。また第七艦隊の空母機動部隊がわが国の横須賀基地から出動し、あるいは沖縄の米軍基地から攻撃機が出撃する場合には、核弾頭を搭載した中距離弾道ミサイルでわが国の主要都市や米軍基地を攻撃するとわが国を威嚇するであろう。
 さらに空母機動部隊が横須賀基地から出動し、あるいは米軍のグアム基地から出動することを阻止する目的で、先に述べたように、この数年来中国はわが国の南方および台湾の東方の太平洋海域で、海洋調査船による海洋調査を実施している。この海域はアリューシャン列島、日本列島、台湾、フィリピン群島、マレーシアのボルネオ島に至る「第一列島線」と、わが国の伊豆諸島、小笠原諸島、硫黄島、マリアナ諸島(サイパン島、グアム島)へと南下する「第二列島線」に囲まれた海域である。そのことは中国の海洋活動が、それまでの「第一列島線」内の黄海、東シナ海、南シナ海から、「第二列島線」内の西太平洋海域に拡大してきたことを意味する。
 中国海軍の在来型潜水艦が「第一列島線」を越えて「第二列島線」内の海域にまで出てきたことはこれまでにもあるが、現在、そしてこれから進展する事態は、遠くない将来に現実となるであろう台湾統一のための軍事行動に備えて、わが国および台湾に近い太平洋海域に、潜水艦を展開し、機雷を敷設するための詳細な海域調査に着手したことである。中国は他方でこの海域に在来型攻撃潜水艦を展開し、あるいは機雷を敷設して、近年のアフガニスタン戦争やイラク戦争におけるように、この海域から遂行される米海軍空母機動艦隊による中国の政治・指揮中枢および主要軍事基地への攻撃を阻止することを意図している。
 沖ノ鳥島は米海軍の原子力潜水艦が常時展開態勢にあるグアム島基地まで約六〇〇マイル(約一〇〇〇キロ)の位置にある。台湾侵攻だけでなく、将来における太平洋進出に備える上でも重要な海域である。
五、沖ノ烏島は「不沈母艦」?
 沖ノ鳥島工事に関する記事は『解放軍報』だけでなく、一九八八年七月の『人民日報』にも掲載されたが、この記事は日本の目的が島の水没を防止することに留まらず、この島を人工的に拡張して海洋都市を建設し、経済・貿易・海運などの発展に役立て、さらに軍事的に「太平洋における日本の不沈母艦」にすることを意図しているとまで論じている(陳友誼「日本が小島に大規模土木工事を行う」)。日本政府がそのような人工島の建設は国際法から領土と認められないとの前提に立って、上述した工事を実施したことについてすでに論じたことを考慮するならば、この記事は中国が国際法を無視して南沙諸島の礁盤を改造・拡張して人工の陸地を作ることを「正当化」する意図を有していることを示唆していた。そして現実にその時点で、中国はすでに永暑礁の人工島への改造に着手していたのであり、引き続いて他のいくつかの岩礁でも同様の工事に着手していたのである。
 先に論じたように、沖ノ鳥島はサイパン島(マリアナ諸島、現在はグアム島が中心)、パラオ島を結ぶ三角の頂点に位置し、軍事的に枢要な地点にある。佐藤智之「沖ノ鳥島秘聞」(『港湾』第三十二巻第十一号、一九五五年十一月)によると、その点に注目した旧日本帝国海軍は太平洋戦争が勃発する直前に、沖ノ鳥島に水上航空基地、対空監視施設、および気象観測所、灯台などの建設を企図し、昭和八年から隠密裏に調査計画を進めた。だが間もなく国際情勢が緊張したため、軍事施設の建設は対外的に批判される恐れがあったところから、計画は海軍、陸軍、逓信、農林、文部の五省の協議により公共的文化施設ならびに灯台建設工事として、表向きは文部省が担当することになり、設計施工の主軸となった逓信省灯台局の技術陣は文部省に出向する形とする措置が採られた。
 昭和八年海軍水路部の現地調査に基づき、計画の大綱が決定され、以後数年間各省の緊密な連絡の下にこれの実現に努力が払われ、昭和十三年工事を目的とした詳細な現地調査が実施された。こうして昭和十四年より三カ年計画で工事は開始されたが、昭和十六年太平洋戦争が勃発したことにより、基礎工事が完了したところで工事は放棄されることとなった。鉄筋コンクリート四階建ての気象観測所および灯台の基盤(直径一九・五メートル)の一部、延長六八四メートルの防波堤、水深七メートル、幅二〇メートルの水路、水深七メートル、面積八万平方メートルの船溜が完成した。輸送船の運航費を除いて当時で五百万円の工事費が投入されたというから、本工事の困難さと規模の大きさがうかがわれる。資材、職人は内地で調達されたが、毎回五十人〜七十人に及んだ作業員は気候・風土に慣れたサイパン島民が用いられた。特に素もぐりの卓越した能力と頑強な三人力に等しい労力は工事の推進に不可欠であったと高く評価されたという。
 それから五十年以上もの歳月を経て、わが国は排他的経済水域および大陸棚を確保するために、沖ノ鳥島の保全工事を実施し、さらに近年に至りこの海域の大陸棚を拡張するための海洋調査を実施している。そこでは沖ノ鳥島は重要な位置を占めている。第一列島線と第二列島線に囲まれた西太平洋海域は、第二次世界大戦以来米国海軍が支配してきた。ところがこの数年来中国海軍が進出することを意図としている。中国海軍はいずれ米国および日本と同じこの海域で、軍事訓練・演習を実施することになる。中国の西太平洋進出は好むと好まざるとに関わりなく、米国・日本と中国の海軍力が競い合うことになろう。中国の海洋調査船の活動は、それを前提にしての準備である。
 注目したいことには、二〇〇三年十一月十二日、九州の大隈海峡(国際海峡)を中国海軍の「明級」在来型潜水艦が浮上して通過した。「明級」は時代遅れの潜水艦であり、しかも本来隠密を身上とする潜水艦が浮上して海峡を通過したことなどから、この出来事を過小評価する見方が強かったようである。この潜水艦が赤錆だらけであったことも、過小評価、というよりも中国海軍を「バカにする」理由の一つになったようである。だが筆者に確たる証拠があるわけではないが、この潜水艦は六六頁で述べたように、複数の海洋調査船がこの数年間に実施した太平洋海域の海洋調査の結果を検証したのではないかと推測している。この推論が間違っていなければ、それほど遠くない将来、「明級」よりも数段性能の高い潜水艦、例えばロシアから購入した「キロ級」がやってこないとはいえない。そのようななかで沖ノ鳥島の問題が生起した。そして現在進行中の沖ノ鳥島周辺海域の調査が終われば、中国の海洋調査活動はその南の海域に移ることは間違いない。中国の海洋進出はそこまで進んでいるのである。
平松茂雄(ひらまつ しげお)
1936年生まれ。
慶應義塾大学大学院修了。
防衛研究所研究室長を経て現在、杏林大学社会科学部教授。
 
 
 
 
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