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私はこう考える【中国について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2005/05/30 PRESIDENT
中国「メッキ工業団地」にみる先進的な環境対策
一橋大学大学院商学研究科教授
関満博
メッキ産地に形成された環境保全型の団地
 二〇〇五年三月末、中国の長江デルタの中心の一つである無錫(むしやく)を訪問した。無錫といえば歌謡曲の「無錫旅情」で知られる観光都市である。だが、私たちのような産業、企業問題に従事している身からすると、無錫は中国の都市の中でも最も注目すべき都市でもある。中国の都市別工業生産額で見ると、無錫は一九九〇年頃から飛躍的に発展し、現在では上海、広州、蘇州に次ぐ第四位の位置にある。また、急速に工業発展したことから、琵琶湖の四倍もあるとされる観光の看板の太湖の水質に懸念が生じ、ここにきて無錫は積極的に環境改善に取り組み始めていることも興味深い。
 また、無錫はかつて「中国農村の希望の星」とまで言われた「郷鎮企業の故郷」であったのだが、現在では外資企業、特に日本企業の大集積地としても注目されている。松下電器、ソニー、シャープ、村田製作所、東芝、日立、住友金属などの有力企業をはじめ日系企業は約一〇〇〇社も進出し、現在では大連に次ぐ日本企業の進出拠点となってきた。中国が「世界の市場」として登場しつつある現在、長江デルタの中心に位置する無錫は、日本企業の注目の的とされているのである。
 その無錫に「メッキ工業団地」が展開していた。メッキはハイテク産業には不可欠なのだが、環境への不安も大きく、なかなか受け入れてくれる地域がない。長江デルタがノートパソコンや半導体といったIT産業、また自動車産業の拠点となってきた現在、原材料の供給から完成品まで至るサプライチェーンからしても、「メッキ」が大きなネックとして問題視されていたのであった。
 このメッキ工業団地(無錫金属表面処理科技工業園)は、無錫市恵山区洛社鎮の西側(旧・楊市鎮)に展開していた。計画面積は一四五ヘクタール、第一期分の約三三ヘクタールに〇三年一〇月から入居が始まっていた。もともと楊市鎮は「メッキの里」といわれ、小規模なメッキ工場が最盛期にあは一三〇社も数えていたとされる。だが、その後、環境問題が深刻になり、集中管理型の「メッキ工業団地」が構想されていく。先行ケースを全国から台湾にまで求め、具体的な計画に結びつけてきた。鎮が各自に計画してきたものだが、環境問題の高まりの中で、近年、全国的に新たな開発区の建設が規制されているにもかかわらず、この計画は〇三年二月に江蘇省環境庁によって認可されている。中国最大かつインフラの整ったメッキ工業団地が構想されている。
 すでに第一期分はほぼ埋まっている。このメッキ工業団地の注目すべき点は、以下のようなものであろう。
 第一に、廃水の集中処理はシアン系、ニッケル系、総合の三種類に分けられ一括管理されている。さらに、この廃水処理センターを中心に七つのサービスセンターを設置されている。表面研磨、劇薬供給、スチーム供給、研究開発、居住、食堂、その他(警備等)である。生産以外の負担の多くをセンターに任せられることから、入居企業は生産に専念することができる。
 さらに、この団地は地方政府が主導するものであり、将来にわたって、対政府、地元との折衝等に伴う苦労は相当に軽減されることがうたい文句になっていた。
 第二に、工場棟はすべて平屋の標準工場(一七六六平方メートル)であり、第一期分は四二棟建設されている。分譲、賃貸いずれにも対応する。〇五年三月末現在、二七社(複数棟契約も多い)と契約済みであり、すでに一七社が操業開始していた。二七社の中の外資は一一社であり、台湾が六社、その他は香港、韓国、アメリア、そして日本は神戸製鋼の半導体部品メッキが一社である。
 入居審査はかなり厳しく、特に長江デルタの産業とのサプライチェーンの一環を担うことが基本条件とされている。工場棟の買い取りは一五〇〇元(約二万円)/m2、賃貸では年一五〇〜二〇〇元(約二〇〇〇〜二六〇〇円)/m2である。かなり低価格ではないかと思う。管理部門には日本担当も置かれており、パンフレット類は中国語、日本語、韓国語が併記されていた。これまでに三回日本で説明会を行っていた。それだけ日本への関心と期待は大きい。
日本語人材が増えている無錫の産業集積地
 長らく中国各地の産業、企業と付き合ってきた身からすると、中国にもようやく「メッキ産業」が発展していく環境ができつつあることに深い感慨を覚える。これまで「中国とメッキ産業」というテーマには、以下のようないくつかの障害が横たわっていた。
 まず、国有企業の場合は独自製品を保有するメーカー自身がメッキ部門を内部に抱えており、専業のメーカーはほとんど見られなかった。このような場合、外資系企業が国有企業にメッキを依頼することは難しかった。また、最近まで、メッキ工場の設備のレベルは低く、環境対策も十分にとられていなかった。かつて、上海郊外で廃水処理後のスラッジが野積みされ、雨で流されているのを見たことがある。
 また、日本のメッキ企業が進出するにも大きな障害があった。一つは外資のメッキ企業に対する規制は非常に厳しく、さらに多くの都市では進出が規制されていた。例えば、ノートパソコン産業が大規模に集積している隣の蘇州の場合、世界遺産指定との関係というが、事実上、メッキ工場の進出は難しい。
 さらに、メッキの場合、生産設備の投資規模が大きいことに加え、廃水処理施設投資を加えると投資金額は巨大なものとなり、中小企業ではそれに耐えることは難しい。
 こうしたことから、長江デルタはハイテク産業の大集積地とされながらも、そのサプライチェーンの一環を構成するメッキの進出は非常に難しいものであった。特に、日本のメッキ企業の大半は中小零細であり、巨大市場がみえながらも進出できずに、今日に至っている。
 私自身、無錫には九三年からほぼ毎年、訪れている。一橋大学のゼミの合宿も〇一年に実施した。今回は「中国民営中小企業研究」というテーマで、無錫の中小企業約二五社の「現場」を訪問した。そして、この十数年を振り返って痛感することがある。
 まず第一に、日本企業が一〇〇〇社も進出していることによるであろうが、訪れるたびに日本語人材が増えていることである。もうすでに大連並みになってきたのではないか。政府の各ポジションに日本語スタッフがいる。和食屋、日本式のスナックもかなりの数になりつつあり、日本人が生活していくための基本的な環境はできている。
 第二に、地元の環境に対する意識が非常に高いものになっていることも注目される。例えば、市内を走るバイクのほぼ半数はガソリン車でなく、電動バイクになっている。電動バイクなどみることもない日本に比べて、この点は意外な思いがする。
 そして第三に、メッキのような部門に過度に反応するのではなく、サプライチェーンの不可欠な要素と受け止め、集中管理による環境対策を取ろうとしていることも興味深い。この点、中国の都市の中でも無錫の柔軟性は注目される。
 もちろん、これからの時代、環境対策が最優先であることはいうまでもないが、これまでのように、ただ外資が来ればよいということではなく、産業集積の中身にまで踏み込んだあり方を模索しようとする段階に無錫は到達しつつあるということであろう。このような認識を抱き、一つ踏み込んだ取り組みをみせている都市は、中国の中でも少ない。発展する長江デルタの中で、無錫は独特な輝くをみせていくことが期待される。
メッキ工場の誘致に成功した岩手県北上市
 日本の場合、昭和四〇年前後、工場が引き起こす公害が問題視され、特にメッキ工場がやり玉に挙げられていく。その結果、メッキの新規創業は極めて難しいものになり、都市部での廃業も相次いだ。メッキは、この四〇年ほどの間に日本で最も減少した工業部門の一つではないかと思う。
 他方、半導体産業などのハイテク部門において、メッキは不可欠なものとなっていく。残されたメッキ企業は大きな環境対策投資を行って対応してきた。それでもメッキ工場は地域から拒否される場合が少なくない。この点、十分な環境対策の下に果敢にメッキ工場を誘致したとされる岩手県北上市が、その後「この街の企業誘致は本物」との評価を受け、この三〇年ほどの間に一八〇社もの企業誘致に成功したことは興味深い。沈んでいる日本の中でも、北上はほどんど唯一、活力ある産業集積を形成することに成功しているのである。
 以上のような点からすると、現在、世界レベルでのハイテク産業集積を形成しつつある中国の中でも、無錫の取り組みは特別の意味を帯びてくることが予想される。「無錫は本気」という評価を得ていくのではないか。それは、中国に進出することを考えている日本の中小のメッキ工場にとっても、さらにはメッキを必要とするハイテク企業にとっても重要性を帯びていくことは間違いない。
 中国が改革、開放に踏み出してからすでに四半世紀。中国は多くの試行錯誤を重ねながら、力のある「産業集積の形成とは何か」ということをかなり理解してきたのではないかと思う。日本の研究者の間でも、最近「産業集積」という概念が注目されている。その場合、特に基幹となる機械金属工業においては、環境負荷の大きい「メッキ」「熱処理」あたりが最大の焦点になっていくことになる。地域産業発展の戦略を構想していく場合、このあたりの事業分野をどのように受け入れていくのかがポイントになっていくことが指摘されるであろう。
関満博(せき みつひろ)
1948年生まれ。
成城大学大学院修了。
専修大学助教授を経て現在、一橋大学大学院商学研究科教授。
 
 
 
 
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