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1999/09/18 読売新聞朝刊
[社説]法輪功事件は何を物語るか
 
 中国政府が新興気功集団「法輪功」を非合法化し、その代表である李洪志氏を指名手配してから二か月近くが経過した。
 この間、集団の一部中心メンバーが拘束され、李氏の著書や講演ビデオは大量に没収、焼却された。米国在住の李氏は逮捕を免れているが、集団としての活動は中国国内では封じ込められた。
 当局による糾弾キャンペーンと取り締まりは一段落し、事態は表面的には沈静化したかに見える。だが、根本的な解決にはほど遠いと言わざるを得ない。当局が「人を惑わす邪説」と見なす法輪功が、なぜ数年の間に膨大な人々をひきつけたか。その点を考えてみる必要があろう。
 気功は中国古来の健康法の一つだが、李氏が九二年に創設した法輪功では、健康維持にとどまらず、「真、善、忍」の実践を通じての悟りなど、仏教的色彩の濃い世界観・人生観が説かれている。
 まず指摘すべきは、中国の過去二十年間の改革・開放時代は、「信仰の危機」の叫ばれた時代でもあるということだ。
 改革・開放は、毛沢東時代の見直しを起点としており、中国の人々はそのとき、価値観の転換を体験した。共産党への信頼、共産主義への信念は失われ、思想的、精神的混乱あるいは空白が生まれた。
 毛沢東思想に代わって改革・開放を導いたのは、トウ小平理論だった。だが、それは物質的豊かさを実現するための実用主義で、国民の精神世界を満たすことはできなかった。私益追求、拝金主義が幅を利かすようになり、市場経済化の進んだ九〇年代、その傾向はますます顕著になった。
 市場経済化は、経済の発展、国民生活の向上をもたらしたが、生活保障の場だった職場共同体は崩壊し、失業者が大量に生まれ、貧富の差が増大した。党員、幹部の不正、腐敗は深刻化した。
 法輪功メンバーは、当局発表では二百万だが、六千百万の共産党員より多いとも言われる。その多くは、共同体崩壊の中で職を失ったり、病を抱えたり、年老いたりして、不安な日々を過ごしている人々である。金銭優先の風潮に反発を覚えている人々であり、共産党と共産主義に失望している人々である。
 李氏は法輪功の教典的著書で、市場経済への移行に伴い、中国社会から礼儀や道徳が失われ、金銭第一主義になってしまっていることを嘆いてもいる。
 法輪功はまさに、カネ以外に信じられるもののなくなった九〇年代中国を象徴する現象である。
 しかも中国流の市場経済である「社会主義市場経済」は、経済における自由化、多元化は認めているが、政治や思想における自由化、多元化は認めていない。この体制矛盾こそ、当局が「封建的迷信とえせ科学の寄せ集め」と非難する法輪功のまん延を招いた一因でもある。
 強権による抑え込みが一時的に成功したとしても、法輪功を生み出した中国社会が変わらない限り、第二、第三の法輪功の出現も何ら不思議ではない。
 
 
 
 
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