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2001/03/08 毎日新聞朝刊
[社説]全人代報告 全球化は中国をゆるがす
 
 中国共産党が社会主義革命に成功したのはほぼ半世紀前である。米国のジャーナリスト、ジャック・ベルデンは、革命前夜を描いた「中国は世界をゆるがす」の中で、国民党の敗北について、「中国の独裁者(蒋介石)は、敗れるべくして敗れたのだ」(筑摩書房・現代世界ノンフィクション全集)と結論した。「1945年から1949年までの中国人民の決定的な部分の感情に起こった急速かつ集約的な変化のため」である。
 いま中国は、その当時よりさらに激しい変化に直面している。変化の主役は、中国語で「全球化」と呼ぶグローバリズムの波である。
 共産党の一党独裁支配を支えてきた思想や言論の統制は、インターネット、携帯電話のめざましい普及で、すっかり空洞化した。朱鎔基首相もインターネットで国内世論の動きをチェックしている時代だ。
 市場経済の導入によって「破私立公」という中国型の滅私奉公原理は私的な利益追求に道を譲った。目前に迫った世界貿易機関(WTO)への加盟が変化を加速する。「中国の特色ある社会主義だ」と言ってすんだことも、これからは「世界標準」に合わせなければならない。
 それがもたらす変化は、経済分野だけではすまない。情報革命が進展すると、人々は外の世界と同様に人権、思想、政治の分野における価値の多元化を求める。
 「中国には、プロレタリア階級しか存在しない。ゆえにプロレタリア階級を代表する共産党がすべてを指導する」という共産党一党支配は根底まで問われようとしている。中国共産党は、全球化時代に対応する能力を持つかどうかの試練に直面しているのである。
 中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)が始まった。朱首相が今年からの第10次5カ年計画を報告した。核心は、WTO加盟を見通して、痛みの伴う国内の産業構造調整ができるかどうかにある。
 しかし、共産党にはもはや絶対的指導力は期待できない。このため朱首相は、江沢民総書記が提唱した「三つの代表」論を引用し、思想教育を行うと語った。共産党が中国における先進的生産力、先進的文化と広範な人民を代表しているという理論である。
 共産党は「プロレタリア階級の代表」から「全人民の代表」へさりげなく軸足を移す。それによって、私営企業をになう経営者層や、文化芸術を支える知識人層も、共産党が包摂できる。全球化による中国社会の変化に対応しようという試みのひとつと見る。
 だが保守派は「三つの代表」が社民主義への変質だと不満を抱いている。党大会を来年に控え、党内抗争が激化したという香港情報もある。
 全人代開幕の直前に、中国は国際人権A規約(経済、社会、文化的権利)を批准したが、自由労組結成の権利については留保した。市民、政治的権利にかかわるB規約はまだ先の話だ。
 経済改革は政治改革ぬきには進まない。5カ年計画の成否を握るのは、政治改革の構想力の大きさになるだろう。日中関係は日本外交の基軸のひとつだ。中国が激しい変化の中にあることを忘れて中国を見てはならない。
 
 
 
 
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