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1999/05/11 毎日新聞朝刊
[社説]中国反米デモ 泥沼化の危険を直視せよ
 
 北大西洋条約機構(NATO)による在ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件に抗議して、中国各地でデモが続いている。
 米国の大使館や領事館が投石されたり、火炎瓶を投げ込まれたほか、広東省広州市ではドイツ領事館にデモ隊が乱入し、建物の一部が焼かれた。中国にある外国公館がデモによる被害を受けたのは1960年代の文化大革命以来のことだ。
 ユーゴ空爆は、コソボ紛争を短期収拾する切り札として始まった。にもかかわらず実際にはコソボからの難民流出は逆に激化し、民間施設への誤爆という悲劇が繰り返され、事態は拡大と悪化の一途をたどっている。そのうえ、今回の中国大使館誤爆によって、中国とNATOとの関係に決定的な亀裂が生じた。一刻も早くこの事態を沈静化しなければならない。
 中国は、世界貿易機関(WTO)への加盟をめぐり米国と交渉を続けている。その中で米国の市場開放要求に譲歩すれば、国際競争力の弱い中国の国有企業は耐えられず倒産する、という不安が都市労働者の間に高まっている。もともと反米の下地があった。
 中国は、今回の誤爆が「米国を頭とするNATOの野蛮な暴行」であるとして、米国の責任を追及している。クリントン米大統領は9日、江沢民国家主席にあてて、誤爆は手違いだったという「釈明」の書簡を送ったが、これでは中国民衆の不満が収まるはずはない。
 空爆の目標設定を米中央情報局(CIA)が誤ったという報道が正しいなら、その責任を率直に認め、空爆停止に踏み切る誠意を見せるべきだろう。
 コソボ紛争解決のためには、主要8カ国(G8)でまとめた調停案を国連安全保障理事会の舞台に上げなくてはならない。それには安保理常任理事国である中国を巻き込むことが大前提だ。G8議長国ドイツのシュレーダー首相が11日に訪中するが、それまでに中国の対米姿勢を変える努力がなされるべきだ。
 中国共産党の幹部である胡錦涛国家副主席は9日、テレビを通じて米国に対する民衆の抗議を支持しながらも、「断固、社会の安定を守ろう」と秩序維持を呼びかけた。
 中国指導部にとって国内の反米デモは米国に対する意思表示であるとともに、ひとつ間違うと中国政府自身に対米軟弱外交という批判の矛先が向かう両刃の剣でもある。
 来月4日、天安門事件10周年を迎える中国では、年明けから愛国主義キャンペーンを続けてきた。
 しかし思いがけない誤爆事件で愛国主義があまり高まると、今後の対米外交を硬直させる。また、大使館への投石を黙認すれば核技術スパイ疑惑などで悪化した米国の反中国感情をさらに刺激する。誤爆に対する中国の抗議は当然だが、抗議デモにも自制が求められる。
 G8のうち西側でユーゴ空爆に参加していないのは日本だけだ。中国との歴史的関係も最も深い。小渕恵三首相は国会答弁でコソボ紛争の国連を通じた解決という方針に変わりないことを繰り返している。それなら在外公館を爆撃された中国の怒りにもっと共感を示してもいい。間接的に中国と米国との関係を和らげることにつながるのではないか。
 
 
 
 
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