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1996/05/22 毎日新聞朝刊
[社説]米中貿易交渉 日本は傍観者でよいのか
 
 クリントン米大統領が正式に中国に対する最恵国(MFN)待遇の更新を決めた。一方で両国は知的所有権問題をめぐり、制裁措置と報復措置を発表し合っている。主張すべきことは主張し、相手の弱点は徹底的に突く。しかし、やるべきことはしっかりと実行していく。そうした環境の中で妥協点を見つけていく本格的な通商交渉のやり方といえよう。将来、両国が世界2大国となった時の経済摩擦をほうふつとさせる状況だ。
 交渉の背景は、経済的側面だけではない。一つの中国をめぐる台湾の去就と武器輸出問題。米国内に依然強い人権外交派との兼ね合い。急成長のアジアでの長期的主導権の展望。中国という異質な世界をいかにして米国流の世界観に組み込むかの戦略的な問題から、目先の中国への進出企業の利害に対する実際的な配慮まで、広範囲にわたる。両国の交渉は全面的な文明論争でもある。
 そうした全面的な利害関係を交渉の過程で、いつ、なんどき持ち出してくるか分からない不気味さが常に漂っている。本来、外交関係、通商交渉とはそういうものだ。今後21世紀中続くであろうそうした米中交渉のはしりの一場面として、今回のMFN待遇更新を見るべきだろう。
 両国は当面、政経分離の方向で合意しているが、それは方便。利害が一致しなくなれば状況は一変する危険性もある。14億以上の民の運命と、人類史の中で自由と市場を掲げる文明をどこまで維持できるかの戦いが始まったのだから、両国と深い関係にある日本は傍観はできない。むしろ積極的に関与すべきだ。
 日米交渉の現状は、いまや一企業あるいは数企業の利害に過ぎない。例えばフィルム、保険などの問題を、無理に一般的な問題に仕立て上げ、政府間交渉に格上げして問題をこじらせている。米中交渉との質的な差はあまりにも歴然としている。比較して情けない感じもある。
 日米交渉は長い歴史があり、過去において世界経済発展に尽くした功績は計り知れないものがある。だがそれも今では、微に入り細をうがちすぎ迷路に迷い込んでいる。
 日米交渉はいわば、政治家ではなく、権限が限られた官僚が築きあげてきた関係だからだ。危なげはないが決着に魅力もない。だらだらと実務的になって関係者しか関心を示さなくなってきている。このままでは世界のメーンルートから確実にはずれてしまう。米中交渉にかかわることを通じて再構築する時だろう。
 米国が、MFN待遇を更新したのは、クリントン大統領が言うように「未来に後ろ向きに入っていくわけにはいかない」からであり、「米国が中国と隔絶していくわけにもいかない」からである。「これで中国のやり方をすべて認めたわけではない」し「このほうが米国の利益にかなうからだ」。非常にプラグマティックな選択だ。
 日本も時にはそうした選択が必要だろう。中国の急激な経済成長が、日本にとってよいことばかりではない。中国が米国の言うように知的所有権を十分保護しないことも事実だし、製品のコスト概念が我々のものとは全く異なるのも事実だ。それらのことは、そのまま日本にとっても不利益となる。
 外交交渉は、国民の生活を守るのが原点になければいけない。
 
 
 
 
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