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1992/04/08 毎日新聞朝刊
[社説]日中が越えるべきハードル−−江沢民総書記来日
 
 天安門事件のあと中国首脳として初めて来日した江沢民総書記が、宮沢首相をはじめ与野党の党首らと会談した。日中国交正常化二十周年にあたって、日中関係をさらに発展させるうえで有意義な対話だったと思う。
 この中で江沢民、宮沢両氏は良好な日中関係が両国にとってはもちろん、アジア・太平洋地域ひいては世界の平和と繁栄のためにも、欠かせないことを確認し合った。
 正常化二十年の時の流れと冷戦後の新しい国際環境の変化は、いまや両国に「世界の中の日中関係」を求めている。両首脳が未来を展望する日中関係を築いていくことで一致したことは大きな意味がある。
 世界の国民総生産の一五%を占める経済大国の日本と、十二億の人口を擁して巨大な潜在力をもつ中国の安定した関係を抜きにして、アジア・太平洋地域の平和も、安定もあり得ない。
 それは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国連加盟や、核査察の受け入れ、カンボジア和平などをめぐる中国の政治的な影響力をみてもはっきりしている。
 しかし、日中両国が国際平和のために共に手を携えていくには、中国が現在の改革・開放路線を継続し、国際協調の対外政策をとることが前提にならざるを得ない。
 江沢民総書記は宮沢首相との会談や講演を通じて、改革・開放路線への強い自信を示している。最高実力者のトウ小平氏の指導の下で、改革路線が定着しつつあることをうかがわせる。日中関係にとって好ましい姿勢であり、日本の経済支援にもはずみがつくことになるだろう。
 日本は天安門事件のあと、先進国首脳会議(サミット)で対中制裁解除のイニシアチブをとり、第三次円借款を再開したのをはじめ、昨年は西側先進国首脳として初めて当時の海部首相が訪中するなど他の国々より柔軟な態度をとってきた。中国の改革路線を支持し、国際的に孤立させないためには妥当な判断だったといえる。
 だが、今度の首脳会談が総論では一致しても、具体論になると双方に認識のずれがあることを改めて明白にしたのも事実だ。
 中国側が七度にわたって要請した天皇訪中問題で進展がなかったのは、中国側を失望させたかもしれない。「引き続き真剣に検討する」という首相の答えは、一月に訪中した渡辺外相の発言から後退した印象を与える。
 訪中によって「天皇の戦争責任」の問題が出ることや、開放政策をめぐる中国内の権力抗争などを警戒して、自民党内の親台湾派を中心に慎重論が強まっているためだ。そのことはとりもなおさず、宮沢政権の政治基盤が弱体であることをも示している。
 憲法上、天皇が政治にかかわることは許されない。その一方で、日本の歴史の過ちを清算し、未来を志向する友好親善関係を築くうえで、天皇訪中を区切りとしたいという中国側の気持ちも理解できる。
 その意味では、「国交正常化二十年の今年が一番望ましい」(外務省幹部)ということにもなろう。このタイミングを生かして、日中両国民が素直に歓迎できる天皇訪中が実現するよう日中両国政府の努力を促したい。
 日中両首脳は、人権問題や武器輸出の規制などの軍備管理・軍縮問題をめぐっても意見が一致しなかった。
 国際社会への仲間入りや近代化のためには、中国はこれらの問題に積極的に応えなければならない。巨額の経済支援を行っているわが国としても、その実現のための努力を重ねることが国際的な責務でもあろう。
 新時代の日中関係を築くには互いに越えなければならない多くのハードルが横たわっている。
 
 
 
 
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