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(2)交通バリアフリー化の方向性と推進方策
(1)船舶の代替やターミナルビルの新設を契機とした交通バリアフリー化の推進
 交通バリアフリー化に関する問題点を抜本的に解決するには、船舶や車両の代替時、港湾施設の大改良時にバリアフリー化対応とすることが第一である。この場合、交通バリアフリー法の施行により移動円滑化基準に適合することが求められているため、法律に定める必要最小限の対応は義務として行われることとなる。
 このような代替・新設時に重要なことは、設計の初期段階から高齢者・障害者等の意見を把握・反映し、実際に利用しやすい船舶や施設等とすることである。法律に定められた条件を満たすのはもちろんのこと、経路全体として動線が適切であるか、案内表示がわかりやすいか等、基本構想や基本設計の段階から案を公表し、利用者ニーズを反映させていくことが求められる。
 北部九州の離島関係では、壱岐(印通寺港)〜呼子航路(フェリー)や大島〜神湊航路(旅客船)の新船導入、対馬の比田勝港のターミナル移転、壱岐の芦辺港のターミナルビル建て替え、印通寺港のターミナルビル増改築等が予定されており、これらが当面の対象となる。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)設計の初期段階から利用者ニーズを収集・反映する取り組み
 船舶の代替や旅客船ターミナルの新設等を行う場合には、高齢者・障害者等の利用者の意見を設計の初期段階から収集し、利用者ニーズを反映させるための取り組みが必要である。
 この場合、具体的な方法については、個別に意見を聞く方法や、各関係主体からなる協議会等の検討組織を設置する方法など、地域や航路の実情に応じた対応が求められるが、壱岐市においては、精神障害、身体障害、知的障害といった障害ごとに組織されている家族会が、障害者の要求やニーズを行政に伝える役割をうまく果たしているとされている。
 いずれにしても、基本構想・基本設計の段階から案を提示し、利用者側が積極的に意見・要望を表明するとともに、行政や事業者はこれを的確に把握した上で、模型を用いて利用者によるシミュレーションを行うなどできるだけ具体的な形で検討を行い、利用者ニーズをできる限り反映させていくというプロセスを形成することが肝要である。その際、利用者の率直なニーズを収集し、ニーズを踏まえて実現できることと、予算上の制約や技術上の問題などから実現が難しいことを明らかにしていくという形で、両者が納得した上で施設整備等を進めていくことが望ましい。
 
2)継続的に利用者ニーズを収集・反映する取り組み
 利用者からみた交通バリアフリー化に対するニーズは、船舶や旅客船ターミナル等を利用したその場で感じることであり、上記のような検討組織だけでなく、利用者が随時気付いた点を事業者等に還元できる継続的な仕組みが必要である。例えば、クルーズ船等では利用者アンケートが船室に備え付けてあるが、離島航路の船内や旅客船ターミナルにもこうしたアンケート用紙を常備することが想定される。なお、このアンケート用紙は、交通バリアフリー化だけでなく、利用者からみたさまざまな意見を表明する機会として活用することができる。
 なお、具体的な施設・設備の設計にあたっては、以下の資料が参考となる。
 
<海上旅客輸送全般>
*「高齢者・障害者の海上移動に関する調査研究報告書」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
<船舶>
*「旅客船バリアフリー 〜設計マニュアル」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「内航旅客船における移動制約者のための設備の整備に関する調査研究報告書」
(運輸施設整備事業団(現 鉄道建設・運輸施設整備支援機構))
<旅客船ターミナル>
*「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン 追補版」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「交通拠点のサインシステム計画ガイドブック」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
 
(2)既存設備・施設の簡易な改良の推進
 先に述べたように、交通バリアフリー法では、既存の船舶・旅客施設等のバリアフリー化は努力義務とされるが、事業者の採算状況や行政の財政状況が厳しい中、船舶の代替やターミナルビルの新設の実現には長期間を要する場合も多いことから、利用者ニーズからみて優先度・緊急性の高い事項のうち、投資額が比較的小さい簡易な改良については、積極的に進める必要がある。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)段差解消や手すり・屋根の設置など移動経路のバリアフリー化の推進
 ターミナルビル内、乗船経路、船内など移動経路全般の段差解消や手すりの設置については、利用者から改善要望が多くあげられ、船舶や港湾の規模にかかわらず、共通して対応が必要な事項である。
 例えば、ビル内や船内のドア等の段差は、簡易なスロープの設置により解消できる場合も多く、また、乗船経路への屋根の設置についても、荷役車両等の走行する岸壁そばのエプロン部分は難しいが、それ以外の陸側の部分については、比較的簡易な施設として設置できる場合も多いと考えられる。
 
2)利用しやすいトイレの設置推進
 船内やターミナルビル内のトイレについても、問題点として多くあげられたが、空間的余裕のない小型船をはじめ、北部九州では未対応のものが多い。新船建造時には身障者用トイレの設置が義務となるが、既存船舶についても、努力義務としてできるだけ同じ水準に近づけることが期待される。小型船の場合、身障者用トイレの設置スペースを確保することが難しいが、少なくとも、和式トイレから洋式トイレへの改造と手すりの設置等を行うことで、空間をほとんど拡大しなくても、高齢者等にとって一定の利便性向上の効果が期待される。
 また、船舶の乗下船口と同一フロアに何らかの客室が設置されている場合には、高齢者や障害者はその客室を利用することで、高齢者や障害者等が船内で階段による上下移動をしないで済むようになる。このように、可能な限り乗下船口や身障者用トイレ・洋式トイレと同一フロアに客室スペースを確保し、なるべく上下移動をしないで済むような構造としていくことが望まれる。その際、優先室・専用室という形をとらず、誰もが利用可能なスペースとした上で、利用客がお互いに譲り合うことで高齢者や障害者の利用が優先されるようにしていくことが望ましい。
 
(3)人的な対応による交通バリアフリー化の推進
 船員・係員等による人的な案内・介助等のソフト面での対応は、ハード面での対応が困難なものについて、その不足を補うという意味だけでなく、ハードが十分に整備されている場合でも、船員や係員等が温かい心を持って接するという心構えの意味でも重要な要素であることから、すべての船舶・航路において、積極的に取り組んでいく必要がある。
 特に、小規模な離島や集落では、住民と船員等が顔見知りであるということを最大限活用し、きめ細かなサービスを提供していくことが可能である。さらに、バリアフリー化に関する専門的な教育・研修を充実させることで、より適切なサービスが提供できるようになる。
 また、介助に必要な係員が不足するような場合に一般利用者にも積極的に協力してもらえるよう、事業者や国・地方自治体においては、一般利用者の理解を深めるような呼びかけ・働きかけを行っていく必要がある。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)案内・介助に関する研修・指導の推進
 一般に船舶への乗降は、他の交通機関、特に陸上交通機関と比較して、波浪や干満などの自然条件に対応する必要があることや、安全性確保のため船内には段差や勾配が設けられていることなどから、高齢者や障害者にとって移動の制約となりやすい。このため、船員や陸上係員は、従来から利用客の乗降を手伝うなどの意識が比較的高い。
 交通バリアフリー化の人的な対応についても、その重要性を認識し、困っている人に対して誠意をもって応対するという心構えがまず重要であり、仮に専門的な知識がなくても、「何かお手伝いすることはありませんか」と声を掛けることなどして、何を必要としているのかを聞くことで、最低限の対応は行うことができる。
 さらに、離島航路事業者の職員(船員・陸上係員等)や旅客船ターミナルの職員が、身体の障害の種類・程度に応じた適切な対応方法についての知識など、交通バリアフリー化に関する知識や技術を習得することで、ソフト面での交通バリアフリー化が一層進むことになる。
 こうしたことから、船員法に基づく船員の非常時に備えた操作訓練や通常業務のミーティング、船舶運航管理者に対して実施される船舶運航管理者研修会等の機会を通じて、交通バリアフリー化の研修・指導を推進することが適当である。行政において、交通バリアフリー化に向けた研修会を開催することも期待される。
 なお、交通バリアフリー化に関する人的な対応については、以下の資料が参考となる。
 
*「交通バリアフリー介助マニュアル」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「接客と障害者の対応要領に関するビデオ」
(社団法人日本旅客船協会)
 
2)バリアフリー化情報の共有化
 交通バリアフリー化の実現状況は、高齢者や障害者等の利用者がその情報を得て実際の外出行動に活用される必要がある。このためには、事業者や行政が交通バリアフリー化に関する情報を積極的に発信することも必要であるが、同時に利用者の視点から交通バリアフリー化の実現状況を把握し、評価することも有効である。
 例えば、壱岐市のバス事業者は、ワンステップバスの導入にあたり、その利用方法等について、実際に車いすを使用して、病院職員を中心に介助などを行う団体や、車いす利用者の家族会などを対象とする講習会も行った。
 このように各関係主体が連携し、交通バリアフリー化に関する情報を共有化するとともに、高齢者や障害者等、一人ひとりに対してわかりやすく発信していく必要がある。
 
(4)交通サービスの維持・拡充やまちづくりの観点も踏まえた総合的な取り組み
 バリアフリー化は利用者の視点に立ち、移動経路に即して移動の障壁(バリア)を取り除いていく必要があるが、その実現のためには、海運事業者、港湾管理者、バス事業者といった交通関係者だけでなく、広域的な人の動きに合わせて、道路、病院等の施設をはじめ、まちづくりの観点から面的なバリアフリー化への取り組みが必要となる。
 また、自家用車を運転できない高齢者や障害者等にとって、港までのアクセス手段となる路線バス等が維持され、その利便性が向上すること自体が交通バリアフリー化の手段である。一方で、バス事業単独では採算性を確保することが難しく、今後は行政の責任でバスの運行を維持するか、もしくは廃止するという選択が迫られるようになってくることから、路線バスの維持方策、もしくは新たな交通システムの導入を交通バリアフリー化の観点からも検討していく必要がある。
 このように、交通バリアフリー化は、まちづくりや交通政策全体の中で、総合的に取り組んでいく必要がある。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)「コンパクト・シティ」を意識した長期的なまちづくりの取り組み
 博多港においては、離島航路の旅客船ターミナルと一体的に、もしくは近接して、集客施設が立地していることが、路線バスのサービス水準を高める要因となっている。離島においては都市規模や立地条件が全く異なるものの、長期的には、港湾施設やさまざまな集客施設、公共施設等の立地誘導によりコンパクトなまちづくりをめざしていくことで、港湾周辺地区における集中的なバリアフリー化の推進や、路線バス等の交通サービスの維持・拡充が行いやすくなる。
 
2)離島航路や路線バスの多機能化、新たな交通システムの導入
 毎日定期的に運行されるバスは、単なる輸送手段としてだけでなく、買い物の代行、高齢者の見回りなどの福祉サービスの代替、道路など公的施設の巡回管理、気象観測や災害情報の収集、スクールバスをはじめ他の交通サービスの提供など、住民生活を支える多様なサービスを併せ持つことが可能である。
 こうしたことから、交通サービスの維持方策として、このような多機能化・複合化を推進し、それぞれの機能を本来提供すべき地方自治体等が機能ごとに応分の負担を行うという考え方を採り入れることが有効と考えられる。
 また、交通サービスの維持方策として、路線バスに代わる新たな交通サービスの導入も考えられる。具体的には、バスとタクシーの中間的なサービスとして、輸送需要に応じて柔軟にダイヤやルートを設定するデマンド交通システムや、高齢者や障害者などのために低床バスやリフト付き車両等により移送サービスを提供するスペシャルトランスポート(STS)等の導入が望まれる。







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