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1992/02/04 読売新聞朝刊
[論点]新時代の国連への対応
田中明彦(寄稿)
たなか・あきひこ 東京大学助教授
 
 冷戦後の時代といわれて、すでにかなりの時がすぎた。依然として新しい時代の姿は、はっきりとはしていない。しかし、新しい枠組みを模索する大きな動きは確実に生まれている。
 このほど開催された国連の安保理サミットもそのような動きの一つである。議長国イギリスのメージャー首相の選挙対策にすぎないとか、首脳同士の記念撮影の機会だ、などという酷評もあるが、やはり、国連の中枢機関である安保理の首脳が初めて一堂に会し今後の世界の枠組みと国連の役割について語りあった意義は大きい。
 湾岸戦争で国連の役割がクローズアップされたのは事実だが、湾岸戦争が仮に発生しなくても国連の役割は冷戦の終わりとともに着実に上昇していた。世界各地の紛争に、大国が単独で介入し解決を図ろうとする傾向は減り、国連が関与する割合が増えてきているのである。
 国連創設以来、二十三のPKOが設立されたが、そのうちの十事例は、一九八八年以降に設立されたものである。さらに今年に入って、カンボジアやユーゴスラビアへのPKOが動きだそうとしている。
 数が増えているだけでなく、その活動範囲も、これまでよりもはるかに広範になっている。カンボジアに作られる国連カンボジア暫定機構(UNTAC)にいたっては、停戦監視というような従来のPKO活動に加えて、選挙実現までの間、内外政の実質的肩代わりまで行うことになっている。
 このような傾向は今後もさらに強くなるであろう。国連はよみがえりつつある。しかし、どうよみがえらせるかは、今後の課題だ。安保理サミットは、新任のガリ事務総長に対し、七月までに国連の今後の活動および機構改革についての報告を出すように要求した。新しい時代の国連をどうするかの構想が今、作られつつあるといってよいだろう。
 最大の課題は、国際の平和と安全保障のために国連が、今後何に重点をおくかということである。サミットの議長報告は、「予防外交、平和創設、そして平和維持」を強調した。従来の平和維持活動は、紛争が起こってしまってから対応するという意味で、受動的なものだった。今後の焦点は、これに加え、より積極的に紛争が軍事化しないようにするにはどうしたらよいか(予防外交)、紛争の根源を解決するにはどうしたらよいか(平和創設)に、あてられていくと思われる。
 具体的には、事務総長の活動がより機動的に行われるための情報収集・分析能力の向上がまず必要であろう。各国がこれにどのように協力していくかが、今後の課題である。
 事務総長の活動力向上と関連して今後浮上するであろうテーマは、国連安保理における軍事参謀委員会の活性化と国連常設軍の設置の問題であろう。言うまでもなく、軍事参謀委員会も、国連常設軍もともに、国連憲章に規定された組織である。しかし、冷戦時代には、これらの活用あるいは実現の可能性は全く無視されてきた。冷戦が終わり、湾岸戦争の経験を経た今、これらの組織の可能性について、真剣な議論が始まろうとしている。すでに、国連常設軍については、小規模の緊急展開部隊的なアイデアがいくつか提出されており、意外に早い時期に、これの具体化は日程にのぼるかもしれない。
 以上とならんで、緊急の課題は、国連財政の問題である。国連の役割が向上し、PKO活動が各地で展開するにつれて、費用が増大するばかりである。これをどう分担するかが、実は、安保理の改組の問題ともからんでくるのである。
 日本外交にとって、このように変化しつつある国連にいかにかかわるのかは、重大な課題となってくる。新しい組織なり枠組みの創設時にどのような貢献をしたかが、その後の活動を有利にしたり不利にしたりするのは、何も国際政治においてだけではない。今、国連が新しい国際的枠組みの一つの柱としてよみがえろうとしている時、またしても、日本は受動的立場にたつのであろうか。
 今後二年間、日本は、安保理の非常任理事国である。拒否権がないことと、集団安保に対する特別の責任がないことを除けば、日本の立場は、常任理事国と同じである。事務総長の機構改革にどのように協力するのか、軍事参謀委員会の再活性化・国連常設軍の設立については、日本はいかなる立場をとるのか。従来より量的にも質的にも増大しつつあるPKO活動には、日本はどのように協力するのか。これらの問題について真剣に対処する必要がある。
 もし、非常任理事国である間に、これら諸問題について具体的な措置なり提案ができないのであれば、より大きな義務と権限を伴う常任理事国になろうなどと考えるのは無責任であるといわざるをえない。
(国際政治)
◇田中明彦(たなか あきひこ)
1954年生まれ。
東京大学教養学部卒業。米マサチューセッツ工科大学大学院修了。
東京大学助教授を経て、東京大学教授。東京大学東洋文化研究所所長。
 
 
 
 
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