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2003/10/21 読売新聞朝刊
[論陣・論客]国連と武力行使
横田洋三氏VS佐藤行雄氏=見開き
 
 国連安保理は十六日、多国籍軍派遣などを含むイラク復興決議をようやく採択、米欧対立は一応、修復の方向に向かったかに見える。しかし、安保理内の対立が国連に投げかけた影が消えたわけではない。国連は今後、時代の要請に応える機能を発揮できるのか。
(聞き手・解説部 波津博明)
 
◇横田洋三さん
◆長期平和維持、なお貢献
 ――フランスは安保理を経ないイラク戦争は国連憲章違反との米批判を変えていない。
横田 国連憲章は武力行使を禁じており、例外は自衛と安保理が認めた時だけ、という見方が強かった。しかし憲章二条四項は、禁じるべき武力行使を「(他国の)領土保全又は政治的独立に対する」もの、あるいは「国連の目的と両立しない」ものとしている。イラク攻撃は「テロとの戦い」の一環で、領土的野心はなく、憲章には抵触しないと米国は考えている。また同時テロ直後、安保理は「(テロとの戦いに)あらゆる手段を取る用意がある」との決議を採択している。イラク攻撃を単純に違法とは決めつけられない。
 ――テロとイラクの結合の可能性に対処する戦争だった、と。
横田 同時テロ以来、米国民は未曽有の恐怖を感じてきたが、フセイン大統領は、その同時テロを歓迎した。テロ組織と、イラクが持っているかもしれない大量破壊兵器が結び付いたら、という不安は米国では極めてリアルで、自衛論は説得力をもった。しかし安保理審議は米国民の不安に応えるものではなかった。国連は国際テロに有効な答えを出していない。
 ――米国は国連決議違反や自衛を前面に出した。
横田 大規模テロは国連発足時には想定されておらず、米国はテロへの対処を従来の枠組みで説明しようとした。しかし武力行使を許した決議六七八は「(中東)地域の平和と安全」を目的としているから無理があるし、自衛権も同時テロから一年半もたっていて急迫性に欠け、うまく説明できない。法的根拠は憲章二条四項の柔軟解釈に求めるべきだ。それにしても米国は、欧州も自らの安全を国連に依存する気はないのに、なぜあれほど米国に国連尊重を求めたのかと不信を感じたと思う。実際、大国は武力行使で国連に判断を仰ぐことはまずなかった。フォークランド戦争もスエズ、ベトナム、アフガンも国連の枠外だった。
 ――国連は集団安全保障機構として時代に対応できるか。
横田 国連は経済や環境、人権といった分野は得意だが、安全保障では、日米安保やNATOに頼る状態が当面続くだろう。だからといって、軍事行動をとった国が、軍事・政治以外の占領地管理を国連に任せるやり方はうまく行かない。イラクでもそうだ。軍事行動は自国の安全や利益のために行われるが、国連の人道・開発援助は国際公益が目的だ。最初から両者で方針を調整するならともかく、そうでなければ、後から国連が行っても限界がある。
 ――国連の出番は減るか。
横田 そうとはいえない。イラク問題で、長期的な平和のためには、国連の枠がいいということに大国も気づいたのではないか。今後は旧来の国連の枠組みだけでなく、新たな事態に対応できるよう、憲章解釈も含め国連を発展させていくことが必要だ。
 
◇佐藤行雄さん
◆安保理に限界、改革必要
 ――イラク問題を契機に改めて国連をめぐる論議が起きている。
佐藤 米仏対立は、冷戦後の協調の中ではかなり際立つものだったが、これも五大国が拒否権を持つ安保理の仕組みから生じている。困った事態だが、国連改革の必要性を改めて示したのも事実だ。
 ――フランスはイラク戦争を、国際法違反と批判している。
佐藤 イラクはかつて化学兵器を使い、査察を妨害し続けた。イラクが国連決議に違反して大量破壊兵器を隠しているとの判断は不当ではなかった。アメリカのやり方は強引だったが、第二の安保理決議がないから違法とはいえない。フランスも九九年、NATO(北大西洋条約機構)のユーゴ爆撃で米英と共に安保理を回避した。
 ――NATOは人道的介入の論理でユーゴ爆撃を正当化した。イラク戦争はどうか。
佐藤 フセイン政権の非人道性がイラク攻撃の動機の一つだったことは間違いない。国民を守る機能を失った国家に介入すべきか、という議論は以前からあった。問題はだれが介入の当否を決めるかだ。欧米には自ら規範を作って行こうという自負があるが、日本にはそこまでの自負はない。一般論として人道的介入を論じるのではなく、ケースごとに判断すべきだろう。ただイラク戦争は、大量破壊兵器の廃棄を証明しなかったことが問題だったのであり、今になって人道的介入の論理だけで説明しようとしても無理がある。
 ――安保理が行使できる権限に限界はあるか。
佐藤 安保理は何か事態が起きたときに対処する。刑法のようにあらかじめ犯罪を想定して罰則を設けるのではなく、決議の積み重ねからルールが出来、それが平和の破壊を抑える力になっていく。
 ――イラク問題で国連の限界が露呈したという見方もあるが。
佐藤 国連とひとくくりにはできない。安保理も総会も事務局も国連だが、活動の性格が違う。安保理が機能不全の時も、国連職員はイラクで動いていたし、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、周辺国で難民流出に備えていた。総会は環境、貧困など多くの問題について、国際社会の合意を作り上げている。これだけの機能を代替できる機関はほかに考えられない。主要国首脳会議(G8サミット)は政治的結び付きでしかない。国連は条約上の根拠に基づいており、だからこそ安保理決議は武力行使に正当性を付与する。
 ――国連改革の展望は。
佐藤 集団安全保障機構なのに、肝心の国連軍は実現せず、大戦が終わって五十年もたつのに、常任理事国は当時の戦勝国ばかり。国連は未成熟というべきだ。経済大国であり、同時にアジアの民主主義国、非核国である日本が常任理事国になれば安保理に新風を吹き込むと期待する国は多い。二年後の国連創設六十年を機に、イラク戦争が提起した問題も踏まえ、首脳会議を開いて改革論議を深めてほしい。
 
《寸言》
◆有効活用は加盟国次第
 イラク問題は、国連と加盟国の武力行使のかかわりを鋭く問いかけた。イラク攻撃には正当性があったという見方では二人とも共通するが、佐藤氏は根拠として、米英が主張する「イラクによる国連決議違反」を、横田氏は憲章二条四項をあげる。戦争の法的位置づけが単純でないことを示していよう。「違法」論も根強いゆえんだ。国連には限界もあるが存在意義はある、しかし改革が必要、という点でも一致した。国連はある意味で、生かすも殺すも加盟国つまりは加盟国の国民次第だ。二十一世紀に国連をどう生かすか、我々自身が考えていきたい。
◇横田洋三(よこた ようぞう)
1940年生まれ。
国際基督教大学卒業。東京大学大学院修了。
国際基督教大学教授、東京大学教授を歴任。
現在、中央大学法科大学院教授、国連大学学長特別顧問。
◇佐藤行雄(さとう ゆきお)
1939年生まれ。
東京大学法学部中退。
外務省入省。情報調査局長、北米局長、駐オランダ大使、駐オーストラリア大使、国連日本政府代表部大使を歴任。
現在、日本国際問題研究所理事長。
 
 
 
 
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