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2003/10/26 読売新聞朝刊
[国連・幻想と現実](2)「5大国体制」に限界(連載)
 
 ニューヨーク・マンハッタンの国連本部に近い超高層ビル。その数階を借り切る英国の国連代表部は、待合室にセピア色の写真パネルを数多く飾っている。いずれも、特に米、英両国が第二次大戦の最中から、国連憲章原案起草(一九四四年)など黎明(れいめい)期の作業に、いかに深くかかわってきたかを示す歴史的な資料だ。
 「国連があるのは我々のお陰」(英外務省高官)という生みの親としてのプライドは、米英両国に際立っている。
 安保理決議案の多くは、まずこの両国が事前に調整したうえ、仏露中三国に声をかけ決議案がまとめられる。非常任理事国にそれが諮られるのはその後だ。国連で最も重要な決定である安保理決議を何度となく策定することにより、これら安保理常任理事国五か国は国際社会の「ルール・メーカー」としての実績を積み重ねてきた。
 だが、第二次大戦の戦勝五国が事実上牛耳っている現在の安保理が、世界の現状を反映していないことはだれが見ても明らかだ。
 創設当時、わずかに五十一か国だった国連加盟国は、現在、百九十一か国にも増えた。世界情勢の複雑化に伴い、安保理が対処する事態の範囲は広がるばかりだ。紛争調停や難民帰還ばかりでなく経済復興、暫定統治を経た一国の民主化にまで踏み込むようになった。日本など国際的な実力を蓄えてきた国が、常任理事国として国際平和に貢献してほしいとの要望は、多くの国に共有されている。
 しかし、「国連は時代遅れの組織」(ブッシュ米大統領)との認識が多いにもかかわらず、具体的な改革となると、一向に進んでいないのも現実だ。
 一つの原因は、国連の制度自体にある。
 安保理改革の実現には国連憲章の改正が必要で、これには加盟国の三分の二の賛成と批准に加えて、常任理事国すべての賛成と批准が必要となる。常任理事国が持つ特権である「拒否権」は、「手続き事項」についても審議を拒否することを可能とする。常任理事国の中には特権を失うことを恐れる国も存在する。このため、改革問題はいまだ安保理の議題にすらなっていないのだ。
 それに加え、主要国の国益をかけた激烈な駆け引きも大きな障害だ。例えばドイツが常任理事国入りすることにはイタリア、スペインが反対。インドの議席にはパキスタンが反対する。結局、改革機運が盛り上がっても当落すれすれの諸国が反対に回る、という構図が繰り返されてきた。
◆改革も最後は米次第
 一九九四年九月、日本の河野外相(当時)が国連総会で安保理常任理事国への立候補宣言を公式に行ってから十年になろうとしている。二〇〇〇年のミレニアム・サミットなど節目の年を目標に、加盟各国への働きかけを続けてきた日本外交だが、「悲願」とする常任理事国入りは実現していない。
 国連も安保理改革の努力を怠ってきたわけではない。九二年の国連総会で、「安保理議席の公平配分と拡大」が決議された。九四年一月、安保理改革作業部会が設置された。九七年にはラザリ国連総会議長(当時)が、安保理メンバーを現行の十五か国から二十四か国(うち常任理事国十か国)に拡大する改革案を同部会に提示、メンバー国間で本格的な駆け引きが行われた。しかし、イタリアなどが改革先送り案を出し、改革は頓挫した。
 イラク戦争での安保理の「機能不全」に直面し、十月中旬、国連総会では「安保理問題」が取り上げられた。アナン事務総長が「国連の危機」を訴えたことから、いま加盟国の間では安保理改革の機運が再び高まりを見せている。
 シンガポールのキショーレ・マブバーニ国連大使は「国連は創設時に失敗を犯している。常任理事国に拒否権という特権を与えておきながら、その使用に関しての明確な責任を設けなかった」と演説し、拒否権の見直しにまで言及した。シラク仏大統領も総会の一般演説で日本とドイツを名指して常任理事国の拡大の必要性を明言した。
 イラク復興の遅れで、国連との協力関係にも言及するに至ったブッシュ米政権が、国連軽視の姿勢を転じ、安保理改革を一気に進めるという期待も生じている。圧倒的な国力を持つ米国を前に、安保理改革も米国次第という面は否めない。常任理事国入り候補国の足を引っ張りがちな中進国の動きを抑え込むなど、指導力を発揮できるのは、現実には米国だけだ。
 山本一太・参院外交防衛委員長は、これまでも安保理改革を訴える手紙を全加盟国の国連大使に送るなどの外交活動を行ってきた。再び盛り上がってきた機運をとらえ、重視しているのは、もちろん米国との提携だ。
 「今回の総選挙が終わったら渡米し、リチャード・ルーガー米上院外交委員長(共和党)と会談する方向で調整中だ」と山本委員長。「米国と日本が共に国連を離れ『第二国連』を作る(と表明して圧力をかける)くらいのことがあってもいい」とさえ言う。
 ただ日本の常任理事国入りに限って言えば、最大の問題は、むしろ日本国内にある、と指摘する国連関係者は多い。
 「国際社会の平和と安全に対し、日本が具体的に何が出来るのか、独自の構想、哲学を出さなくてはならない」
 明石康・元国連事務次長はこう指摘したうえで「平和のために国際社会が注目するような活動をしているとの評価が、まず確立されることだ」と、国連平和維持活動(PKO)などで日本が実績を積むことの重要性を強調する。
(ニューヨーク 勝田誠)
〈中進国〉
 開発途上国の中でも、工業化が進み、比較的高い所得水準を有する国々のこと。世界銀行による所得分類(2002年の1人当たり国民所得で2936ドル以上)などが目安とされ、マレーシア、ブラジルなどが該当する。
 
 
 
 
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