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1993/03/19 毎日新聞朝刊
<新時代の国連>/8 「人権」軸に平和探る エルサルバドル
 
 国連の平和維持活動が各国で困難に直面している中、国連の仲介、監視により平和が実現した貴重な成功例がある。中米のエルサルバドルだ。日本の四国ほどの小国で国民の七十人に一人が殺された流血の時代は終わった。左翼ゲリラ「ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)」は武装解除され合法政党に転換、政府軍は半減され軍首脳の人権弾圧責任が追及される。平和がよみがえり、独立以来の大改革が進行中だ。和解と再建を支えているのは軍事・警察・人権の三部門からなる国連エルサルバドル監視団(ONUSAL)である。
 昨年二月の停戦発効までゲリラ支配区だったエルパイスナル村。シグフレド・メドラノさん(31)は今月、この村の裏山のプレハブ小屋に詰めている。国連が育成する文民警官の見習いである。昨年末まで大学でコンピューターを専攻していたが、新設の文民警察学校を志願した。
 「このあたりはゲリラが支配し、この十年間、法執行当局の権限が及ばなかった。人々は警察を信用していなかった。人権弾圧に加わっていたからだ。しかし、われわれ文民警察は違う。国民が必要とする警察なんです」と気負いをみせた。
 山をさらに登ると、FMLNの「警察予備校」まであった。銃を捨てた元ゲリラ約百人が警察学校の入学試験を受けるため、テントで合宿して勉強する。最年長のダニエルさん(38)は「過去は忘れて、昔の敵と友達となり、新しい社会をつくるんです」と話した。
 サンサルバドルの本部で警察部門を率いるオメロ・バス警察将軍(50)=ウルグアイ=は太い声で言った。「この国に警察なんてなかった。警官は軍隊の一部で兵隊。和平協定で軍から切り離した文民警察を新設することになった。国連が主権国家の警察解体と再編成を監視するのは初めてだ」
 警察だけではない。人権保護活動も国連監視団の歴史で初体験だった。二月二十一日、元ゲリラ指揮官の一人が首都近郊で射殺された。家族からの訴えで人権部門サンサルバドル地域事務所長、レイラ・リマさん(50)=ブラジル=は独自調査を行い、警察官の犯行と推定、司法当局に捜査を求めた。「暴力がはびこるこの国では人権事件捜査が行われない。独立した人権監視機関を制度として作らなければ」と力説する。
 軍事部門司令官でONUSAL団長も兼ねるビクトル・スアンセス将軍(55)=スペイン=の任期もあと二カ月。「和平プロセスは成功している。武装衝突はなく、和平協定違反もない。なぜ成功したか、だって?みんな戦争に疲れたんだよ。分極化と暴力があまりにも長く続いてきた」
 順調にみえた和平だが、昨年十月末の協定完了期限が同十二月十五日に延期される場面もあった。当時の情勢についてFMLN指導部のフアン・メドラノ宣伝担当書記(42)は「人権弾圧に関与した将校の処分を阻止するため軍部がクーデターを準備した」と「十一月危機」を説明した。「和平協定の実行が政府側は遅れていた。国連は政府に協定実施の圧力をかけた。国連は公平で熱心な判事役だった」と評価する。「国連がいなければ、和平は不可能だった」とも言い切った。
 五月末で国連安保理が認めた任期は切れる。しかし、来年三月の大統領選挙の監視という大仕事があり、軍事部門を縮小して、任期は延長される見込みだ。
 「ハポン(日本)も選挙監視なら、人を出してくれるんだろうね。三十五カ国から七百人が集まっているけれど、ハポンだけがいないんだ」とホルヘ・ウラテ報道官=コスタリカ=が注文をつけた。
(サンサルバドル・中井良則)=つづく
◇メモ
【国連総会】
 国連の主要審議機関。全加盟国が1票ずつの投票権を持つ。毎年9―12月が通常会期。必要に応じて特別総会、緊急特別総会を開く。総会の議題は毎年150件以上に上るため、大半は分野別の7つの委員会に付託され、委員会審議の後に本会議で採択される(新規加盟国の承認、安全保障問題など重要事項は3分の2、その他は過半数)。ただし総会決議には拘束力がない。
 
 
 
 
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