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私はこう考える【天皇制について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2004/07/20 産経新聞朝刊
【正論】「半神半人」の仮構でなる天皇制度
評論家、秀明大学学頭 西部邁
■本筋外れた昨今の皇室論に思う
≪女系女子にも皇位認めよ≫
 最近の皇室論議における第一の論点は、皇位継承を「皇統に属する男系の男子」に限っている皇室典範第一条を修正すべきかどうか、ということである。私は、「女系」にも「女子」にも皇位継承が可能なように(皇室典範第二条の)「継承の順位」を変更したほうがよいと思う。
 その最大の理由は、日本国家を統合するための象徴機能は皇室において、つまり「血」統よりも「家」系を重視する方向において、よりよく維持されると思われるからである。血統のことに過度にこだわるなら、古代における皇統の朝鮮半島とのかかわりや南北朝期における皇位継承の混乱などについても論及しなければならなくなる。
 天皇「制」は日本国民の歴史感覚に、いいかえれば「時代」というものに誕生と死滅と変遷があるのだという集合的な潜在意識の制度に根差している。
 国民の時代意識を自然時間ではなく歴史時間で区切るという意味での年号・元号、それこそが天皇制の本質を表す。その本質は、国家つまり「国民とその家制(政府)」を象徴するものとしての、「皇室」の連続によって示されるのである。
 その連続を具体的に表すために皇室は、天皇を中心として、日本の歴史において最も長く持続してきた神道系の儀式をもって国家を宗教的次元へとつなぎとめる。そこで皇室は、いわゆるプリースト・キング・ファミリー(祭祀(さいし)王族)となるのだ。
≪皇室も報道側も限界逸脱≫
 このように皇室は、日本の政治を日本の文化へと、というより日本文化の根底をなす日本人の宗教感覚へと、橋渡しするためのマージナル(境界的)な「機関」である。このことを押さえておくと、今の皇室論議の第二の論点である「皇太子ご夫妻の人格問題」を新たな視角で見ることができる。
 日本国民の歴史意識における「聖と俗」の境界線上に在します(おわします)、と仮構されるのが皇室である。だから、これを俗の側から見れば、皇室関係者の人格を論じることも可能である。しかし、それを聖の側から見るなら、彼の人々に神格が宛がわれ(あてがわれ)ざるをえない。「半神半人」、それが天皇制という文化制度の本質なのである。
 少し具体的にいうと皇室関係者は、その半神としての虚構のゆえに、俗世の規範たる憲法・法律にあって、人権なるものをほとんど剥奪(はくだつ)されている。そういう残酷をなしているがゆえに日本国民は、彼の人々の有する半人としての側面については、プライヴァシー(秘すべき私的情報)を最高度に保証しなければならないのである。
 皇室関係者の人格はプライヴァシーの中に隠されるべきものではないのか。そして彼の人々の神格は、いわば最高位の神主としての、国家儀式の司祭ぶりにおいて表されるべきものであろう。皇室関係者の言動も皇室報道の在り方もこの限界を逸脱している。つまり、「テレビ天皇」の時代がやってきたわけだ。
≪憲法に縛られる皇室外交≫
 皇室論議の第三の論点は、皇太子妃が「皇室外交の拡充」を望んでおられる(らしい)ということである。たしかに皇室は、イントラナショナル(国内的)には、国民統合の象徴という意味で、いわば求心的な存在である。
 しかし同時に、インターナショナル(国際的)には、またしても(国境という)境界線上にあって、外交におけるいわば文化的な元首として遠心的に振る舞うのが皇室である。
 その振る舞い方によって国体が象徴される。しかしデモクラシー(民衆政治)の政体にあっては、その振る舞い方(天皇の国事)を定めるのは、良かれ悪しかれ、憲法によってである。
 明治憲法ならば「国務各大臣の輔弼(ほひつ)」によって、昭和憲法ならば「内閣の助言と承認」によって、皇室外交の在り方が決まってくる。これについても皇室の権利は認めない、という残酷をなすのでなければ民衆政治とはいえない。ついでに申し添えれば、皇室外交においても神道的な体裁を可能な範囲で重んじる、それが皇室外交の本来的な姿と思われる。
 以上の検討からして、現在の皇室論議は(国民と皇室の双方において)本筋を外れていると言わざるをえない。
 それもそのはず、対内的にはデーモス(民衆)がオクロス(衆愚)になるにつれ、そして対外的にはインターナショナリズム(国際主義)がグローバリズム(世界主義)に変質するに伴い、国柄とその象徴たる皇室の家柄が溶解するのは不可抗なのである。
(にしべ すすむ)
◇西部 邁(にしべ すすむ)
1939年生まれ。
東京大学経済学部卒業。
東京大学教授を経て、現在、秀明大学教授。評論家。
 
 
 
 
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