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1989/01/14 読売新聞朝刊
[天皇をみつめる世界](7)ドイツ 「責任論」控えめに(連載)
◆底流に敗戦の共通心情◆
 昭和天皇崩御を伝えるオランダのニュースを、西ドイツのケーブル・テレビを通じて見た。画面には、第二次大戦当時、東南アジア戦線で捕虜の首を切り落とす日本兵の姿が映った。天皇の戦争責任を問題にしているのだ。
 これに対し、西ドイツの報道は対照的だった。崩御翌日の八日夜、西独公営第一テレビ(ARD)が、昭和天皇の特集を放映した。「戦前、天皇が絶対的権力を持っていたといっても、それは紙の上のものに過ぎなかった。戦前の天皇制は、西欧の帝国主義国家を日本につくるために、利用されたものだ。昭和天皇は、自らの意思とこの現実の板ばさみになった。最後には、その意思を押し通し、戦争を終わらせた。戦後は、数多くの国内行幸で国民を励まし、日本の経済発展に貢献した」。これがコメントだった。そして、「米軍が天皇に手をかけなかったのは賢明だった」とARD東京特派員は結んだ。
 このARDは、昭和天皇のご病状が急変した昨年九月、回復を皇居前で祈る人々の姿、記帳の長い列を伝えながら、「ドイツは自虐的といえるほど、第二次大戦の責任を感じているのに、日本には全くそれがない」と報じた。敗戦国として同じ立場にある日本と西ドイツだが、ことあるたびに自らの非を悔い、反省していることを国際社会に向けて強調し続ける西ドイツは、当時の日本の国あげての自粛騒ぎに“忌まわしい民族主義”の復活をかぎ取った。だが、崩御までの間に、日本国内でも自粛への反省が生まれ、また、西ドイツ国民がより理解する時間も与えた。批判は深刻なものにならず、在西独日本大使館が「予想しなかった」というほど、好意的な報道もされた。
 だが、西ドイツで天皇批判が大きくならなかったのは、やはり同じ敗戦国という要素が大きい。八七年十一月八日、西ベルリンに浩宮さまを迎えて、「ベルリン日独センター」の開所式が行われた。建物は、旧日本帝国駐独大使館。戦後、荒れ果てたまま放置されていたのを、コール西独首相と中曽根首相が、日本と欧州全体の文化交流の場として再建することを決めたものだ。再建は日本の手で行われ、その正面玄関上に、戦前そのままに「菊の御紋」が掲げられた。もちろん異論はあったが、中止させる力にはならなかった。かつてナチスのゲッベルス宣伝相がしばしば訪れた建物は、そのまま復活し、日独間で戦争当時の「日独枢軸」を物語る唯一の“記念物”ともなった。オランダを持ち出すまでもなく、もし他の国だったならば、同じことが起こったか、疑問だ。
 東ドイツでも、西と同じ心情を感じ取ることができる。同国の支配政党、ドイツ社会主義統一党の機関紙「ノイエス・ドイッチュラント」は、九日付紙面一面で、天皇崩御を伝えた。さらに五ページに昭和天皇の生涯を簡潔にまとめて記し「カイザー・アキヒト」を写真入りで紹介した。どこにも天皇の戦争責任に触れる個所は見当たらなかった。
 西欧諸国の中で、西ドイツの民主主義国家の歴史は浅い。戦争に負けて、ようやく始まったに過ぎない。同時にこの間、西欧一の経済的繁栄を築きあげた。敗戦国としてだけではなく、西ドイツはその後の歩みにも日本に共通したものを感じ取っている。ワイツゼッカー西独大統領は弔電で「亡き陛下は闇(やみ)の時にあって、歴史的な先見と行動力を示し、国民に新しい未来への道を開かれた」と悼み、コール首相は「明治に始まった日本の開国政策は、亡き陛下の時代に完成をみた。陛下は国民、国家の統一、偉大な精神的文化的国家遺産に根ざす近代日本を体現している」と書いた。その行間には、両国が似た道を歩みながらも、日本がドイツとは違って、戦前と戦後をつなぐ支柱を失わなかったことへのうらやましさもあるといえるかもしれない。
 西独高級日刊紙「フランクフルター・アルゲマイネ」のペーター・オトリッヒ記者は天皇崩御に関連した論評記事で、日本が昭和天皇の下、経済大国になった事実を「日本は戦争に勝ったのではないか」と表現した。そして、日本が経済力をもとに政治的にも大国化しつつあり、今後の大きな変化に注目している。だが、忘れてはならないのは、ドイツ人にも天皇制の戦前への逆戻りは許容できないことだ。同記者はこの記事で日本人が過去を忘れやすい民族との批判に触れ、昭和天皇ご闘病中に長崎市長が行った天皇戦争責任発言を挙げ、「忘れやすいとの批判はあたらない」と弁護してくれている。日本は、この弁護をドイツからの好意ある忠告として耳を傾けることが必要だろう。
(ボン・原野特派員)
 
 
 
 
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