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1999/07/01 毎日新聞朝刊
[社説]国旗・国歌法案 君が代には無理がある−−日の丸の法制化は分離して
 
 日の丸を国旗、君が代を国歌とする法案の審議が先月29日の衆院本会議を皮切りにスタートした。
 質疑の中で小渕恵三首相は、国旗・国歌の法制化について「日本は成文法の国であり、外国にも国旗・国歌を法制化している国がある。慣習として定着してきた国旗・国歌を成文法で明確に規定することが必要と考えた」と説明した。
 政府としては、委員会審議を経て7月下旬には衆院を通過させる考えだ。
 国会ではいま自・自両党に公明党を加えた自自公3党連立に向けての調整作業が進んでいる。3党で衆院通過・参院成立に持ち込もうというのが政府の計算のようだ。
 しかし、代表質問に対する首相らの答弁を聞いても、なぜいま法制化が必要なのか、その立法目的さえ明確にならなかった。
 首相は今年2月の時点では「日の丸・君が代の法制化については考えていない」と明言していた。その後、政府の姿勢は二転三転し、最終的に国旗・国歌法案を国会に提出した。
 代表質問で野党は「延長国会で軽々に処理すべき性格のものではない」(民主党)と批判しつつ、法案提出の理由を追及した。これに対して首相は「よくよく考え、21世紀を迎えることを一つの契機とした」と繰り返した。世紀替わりが法制化の理由というわけだが、これでは根拠としてはなはだ薄弱である。
 政府が法制化に踏み切った背景に、広島県の県立高校長の自殺事件があったことは明らかだ。日の丸掲揚、君が代斉唱について法的な根拠を与えることにより、教組などから文句をつけられないようにしようというのが政府の本音といっていい。
 答弁で政府側は、そうした点にはまったく触れなかったどころか、国旗掲揚の義務付けを行うことはない、教育現場での学習指導要領に関する取り扱いを変えるものではない、などと繰り返した。
 何も変わらないというわけだ。そうだとすれば無理して法制化する必要はないのでは、と思った国民も多いのではないだろうか。
◇違和感は解消されず
 日の丸・君が代について私たちは、国民的コンセンサスのないまま法制化を急ぐ必要はない。法制化するにしても、日の丸と君が代を切り離して考えたらどうか、と主張してきた。
 各種世論調査を見れば分かることだが、日の丸の法制化については支持する意見が多い半面、君が代の法制化については、歌詞を中心に国民の間に違和感や抵抗感が根強く残ったままだからだ。もともと国旗と国歌は性格が違うものだ。それをワンセットにして法制化しようというところにまず無理がある。
 日の丸は1870(明治3)年の太政官布告による商船規則以来、船舶に掲げる国旗として、すでに使われている。船舶法で国旗の掲揚が義務付けられているからだ。先の大戦も、日の丸そのものに責任があるわけではない。こうして見れば、日の丸の法制化には理由がある。
 しかし、君が代の方は問題が多過ぎる。答弁の中で首相は半月前にまとめた見解をあっさりと変えてしまい、結果として君が代の解釈に関する政府の自信のなさを露呈した。違和感は解消されず、矛盾の方が広がった。
 首相は、君が代の「君」について、日本国および日本国民統合の象徴であり、主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指すと述べた。そのうえで「君が代の歌詞は、わが国の平和と繁栄を祈念したものだ」と説明した。
◇軌道修正を図ったものの
 政府は6月11日、公明党議員の質問主意書に対し「君は象徴天皇と解釈するのが適当」との答弁書をいったんは公表した。これだと「君」個人の繁栄を願った歌ということになりかねない。当然ながら、国民から批判意見が噴出し、公明党も「君は象徴天皇を含むわが国全体と解釈すべきだ」と主張した。
 答弁で示された首相の新見解は、象徴天皇制や主権在民を組み入れながら軌道修正を図ったものといっていいだろう。
 答弁書を閣議決定した際、閣僚による議論もないまま、首相だけが署名する簡略手続きをとったといわれている。
 こうした手続きの不透明さと合わせ、解釈をさみだれ式に変えていく手法は「ご都合主義」と批判されても弁解できない。
 君が代について国民は、戦中までは「天皇陛下のお治めになる御代がいつまでも続いてお栄えになるようにという意味」と教えられた。それが戦後は「君とは『あなた』や『わが国』を指す」に変わった。これ自体、その場しのぎの解釈変更ではあったが、今度は「象徴天皇であり、わが国の平和と繁栄を願ったもの」となった。どれが正しいのか国民も迷わざるを得ない。
 代表質問で社民党議員が「政治による文学への介入だ」と追及、野中広務官房長官は「文学作品としての君が代の解釈に立ち入るものではない」と応酬する場面があったが、どう見ても政府の解釈にも無理があるといわざるを得ない。
 君が代については、国歌として法制化することが本当にいいのかどうか。無理をすれば将来に禍根を残しかねない。決着を急いだ結果、学校が混乱し、国民の間にしらけだけが残ったという事態は避けなければならない。
 
 
 
 
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