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1989/05/03 毎日新聞朝刊
憲法全体が問われた1年 リ事件政界汚染、皇位継承の儀式
 
 日本国憲法は三日、一九四七年(昭和二十二年)に施行されてから四十二回目の記念日を迎える。これまで憲法はとかく第九条(戦争の放棄、戦力の不保持)を中心とした与野党間の防衛論議が中心だったが、昨年夏に発覚以来、底しれぬリクルート事件の拡大、政治不信の嵐(あらし)は議院内閣制、国権の最高機関である国会の役割など、戦後わが国に定着したはずの憲法の諸原則を揺るがし、与野党そろって「民主主義の危機」を指摘したことは近年なかった。一方、昭和天皇のご逝去、それに伴う新憲法下初の皇位継承の儀式を契機に、「象徴天皇制」と「政教分離」に関する論議も盛んになったが、この面の論議は来年秋に予定されている即位の礼と大嘗祭(だいじょうさい)のあり方をめぐって、さらに活発化することが予想される。
(政治部・榊 直樹)
◇政治不信◇
 リクルート事件は、憲法の前文が「国政は、国民の厳粛な信託によるもので、権威は国民に由来し、その権力は国の代表者が行使し・・・」と高らかにうたった政治と国民民の信頼関係を覆しかねない事態になっている。値上がり確実な未公開株譲渡と引き換えに、政府税調特別委員などのポスト入手、就職情報誌の法規制の中止など、国政が一営利企業の金銭工作でいともたやすく左右されていた疑いを、国民はまざまざと見せつけられた。
 職務権限との関係こそ不明確だが、竹下首相周辺に約二億五千万円、中曽根前首相周辺に約六千万円(未公開株計二万九千株)、原衆院議長に千五百万円(パーティー券五百枚)など三権の長にある政治家がリ社という特定の企業から巨額の政治献金などを得ていたことは、憲法十五条の「すべて公務員は、全体の奉仕者であり、一部の奉仕者ではない」という当然の原則を、著しく疑わせる行為だと非難されよう。
 近年、実質審議抜きの「国対政治」の弊害がしばしば指摘されていた国会は、リ事件の究明と解散・総選挙をめぐる与野党の激しい駆け引きが絡み合ったことなどから、形がい化をさらに進めたといえよう。昨年夏から暮れまで五カ月間も開かれた臨時国会は昭和六十三年減税とリ疑惑追及に大半の時間を費やし、消費税導入を柱とした税制改革六法の質疑は実質的に棚上げ。肝心の修正問題は自公民各党による院外折衝で決まる異例の決着をみた。衆参両院の税特委で採決は乱闘の中で行われた。さらに一九八九年度(平成元年度)予算も衆院本会議で憲政史上初という与党単独採決の事態となった。
 この間、竹下内閣は日を追うごとに支持率を下げ、三月の毎日新聞社の世論調査では九%にまで落ち込んだ。しかし、国民の信を失った内閣が総辞職も解散も行わないまま政権の座に居座り続ける状態が続いた。
 単独採決の責任を取って辞表を提出した山口衆院議運委員長は「国対政治が幅をきかせ過ぎ、常任委員会による審議があまりにもないがしろにされている」と反省し、伊藤社会党政審会長は「信をなくした内閣を辞職させるための新しいルールが必要ではないか」と語る。
◇天 皇 制◇
 憲法を取り巻くもう一つの動きは「象徴天皇制」と「政教分離」をめぐる論議だ。
 昨年九月十九日の昭和天皇の大量吐血から全国に広まった「自粛」ムードに乗って、各地に記帳所を設け、地方議会で「ご回癒決議」を行うよう働きかける動きがあった一方、共産党や市民団体は「天皇制強化への動きだ」と反発、天皇の戦争責任を追及する構えをとったことから、憲法一条に規定した「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」の意味が、問われた。
 政府は、今年一月七日のご逝去に伴い、一連の葬儀を国の公式行事と、宮内庁の行う「大喪儀」とに分けて実施したが、本葬に当たる新宿御苑での儀式(二月二十四日)は鳥居を建立した宗教色が濃厚な「葬場殿の儀」と、国の行事「大喪の礼」が一体の形で行われたため、国による宗教的活動を禁じた憲法二十条の「政教分離」問題がクローズアップされた。政府・自民党は皇室伝統護持派の声を受けた形で「合憲」の見解をとったが、社共両党は違憲性を指摘した。
 この論議は、来年秋に新天皇が即位したことを公式に示す即位の礼と大嘗祭に関してそのまま持ち込まれることになりそうだ。とりわけ天皇が現人神(あらひとがみ)となるための秘儀である大嘗祭は、極めて宗教色の濃いものだが、竹下首相は「委員会であり方を検討する」と述べて、国の公式の関与がありうることを示唆している。
 こうした論議の中で、新天皇は皇位継承直後の「即位後朝見の儀」で「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い・・・」と憲法順守の姿勢を明らかにされている。
 
 
 
 
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