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翻訳連載
後編
 
 
Breaking Bad News
悪い知らせを伝える
〜10ステップアプローチ〜
 
Peter Kaye
訳:柿川房子, 佐藤英俊
 
STEP1: 準備
Preparation
 “物事を説明する時間を作るのがよい. 「誰かに, そばにいてほしいですか」”
 悪い知らせは計画的に伝えることが理想的です. そしてそのためには準備が必要です.
 
準備
 
1. すべての事実を知る(内容については話し合わないようにする)
 このようなデリケートな内容を説明するさい, たとえそれが小さな間違いであっても信頼を失う可能性があります(「ほかの医者は左側だといいましたけど」). 事実やほかの対処法を知り, 患者に関わったほかの専門医ともできるかぎり話をするようにします.
2. 誰を出席させるべきか?
 医師と看護婦両方, および患者家族が一緒にいる状態で話し合いをするのがもっとも望ましいようです. 同僚がいることにより, 反応の観察がよくできます. そして患者と家族へ同時に話をすることにより, 難事や疑惑を避けることができます. 患者が一人でいる場合(このようなことは避けるべきですが), 患者はショック状態かもしれません. 家にどうやって帰ったらいいのだろう? 家に誰がいてくれるのだろう?
3. 時間をつくる(毎日)
 妨害が入らないようにする(ポケットベルや携帯電話は禁止). 患者が話し合いのできる状態であるかチェックする. いつも座っているようにする(立ったまま悪い知らせを伝えるのはよくありません). 話し合いの準備をすることにより, 患者に心の準備をする時間が与えられ, それが警告ともなります. そり時点で, 家族の方がいたら, 自分と同僚を紹介します(名前と職務). 重要な瞬間に誰かが泣き出したときティッシュを渡すことは恥ずかしさを和らげるし, ふれあいという治療効果もあります. しかし, 涙によって会話を妨害させてはいけません(例「どう思いますか?」).
 
悪い知らせを伝えるためのチェックリスト
 
・すべての事実を自分は知っているか?
・誰に一緒にいてもらうべきか?
・いつ?(日誌)
・静かなプライバシーの保てる場所(電話はダメ)
・リラックスできる椅子
・ティッシュ
・境界を作る(「時間は30分ありますが, もしそれで十分でなければまたお会いすることができます」)
 
key point
 
 電話で悪い知らせを伝えることを避ける.
話し合いの場をもつ.
 
STEP2: 何を知っているか
What is known?
 
 “あなたがご自分の病気について理解していることを私におっしゃっていただくと助かリます. どのように病気は始まったのですか?”
 
出来事について患者からの話
 
 患者は自分の状況について多くの知識や予見をもつことをよく拒否します. 通常, 理解力のある患者にかぎって最初は何も知らないと言いますので, 説明を始める前にできるかぎり患者が知っている内容を話すように求めるようにします. そのためにもっともよい方法は, 起きたことについて聞き始めるのがよいです. 「どのようにして病気は始まったのですか?」と聞いて, 患者が話を続けやすいように促す(「それからどうなったんですか?」)のです. 話をするにつれて, 患者がどの程度医療について理解しているかということだけでなく, さらに重要な患者側からみた経験内容を理解できるようになります. よい質問例として「何があなたにとってもっともつらかったですか?」があります. 患者の使う言葉を聞くことにより, 患者がすでに何を理解しているのかがわかるようになります. 同じ出来事は100万もの違った形で表現することが可能です. そして患者が選んだ表現方法が心配事についてたいへん役立つ情報をあなたに与え, どの程度の情報を与えることが効果的であるのかがわかるようになります.
 
患者の話からの情報
・理解度
・言葉と言葉づかい
・おもな心配事
・未来への期待
 
 患者が使う言葉を注意深く聞きます. 説明や治療の対話をするには日常使われている言葉を使う必要があります.
 たとえばいままで施された医療の説明などについて, 患者は話の一部を飛ばすことがあります. なぜなら, その内容について話したり思い出したりすることがあまりにも痛々しいからです. なるべく多くの情報を異なった情報源から得ることが重要です. そして患者がいままで自分に施された内容や知っている事実を話すことができるようにやさしく求めます.
 
key point
 
 医師は患者がすでに知っている内容を少なめに見積もる傾向があります.
 
STEP3: さらに情報をほしがっているか
Is more information wanted?
 
 “あなたの病気について何かほかに知りたいことがありますか?”
 この段階は「程度を探る」段階と呼ぶことができ, とても重要な段階です. なぜなら, ほとんどの患者はさらに多くの情報を知ることを怖れています. ここに不確実さに対する不快感(情報により軽減される)と, 怖れに対する不快感(現実逃避者であることにより軽減される)が存在し葛藤があります.
 
 
1. 患者がもっと情報を知りたがる場合
 ステップ5“警告を発する”にすすむ
2. 患者がどうしたらよいかわからない場合
 患者はヒントとなるような質問をする場合があります(例「先生, 次はどうなるんですか?」). さらに情報を得ることにより有益になったり害になったりする内容について話し合いをする希望があるかどうかを患者に聞きます. 例「あなたはすべてを知りたがる人間ですか. それとも他人にまかせるタイプの人ですか. または, その中間ですか?」
3. 患者がさらなる情報を辞退した場合(「質問するのがこわい」)
 さらに情報を得ることに対して感じている患者の恐怖感を認めてあげます(情報を押しつけない), そして患者が不確実なことに対して感じている不快感も認めてあげます(そして後日また質問することができるということを患者に伝えます). 例「質問しにくいことはわかります. もし, もやもやを晴らすために私とお話をする気持ちになりましたら, いつでもお会いしますよ」
 
key point
 
 患者はいつもいま以上の情報を受け取ることを怖れている.
 
STEP4: 否認することを許す
Allow denial
 
医師:あなたの病気について何か説明してほしいことがありますか?
患者:以前より食べることができるようになりました・・・
医師:現在の状況をどう受けとられていますか?
患者:治るものと確信しています.
医師:それはよかった. 何かほかに質問はありますか?
 
 否認は恐怖に対処する方法の1つです. 恐怖の対処方法として尊重されるべきものです. とくに患者が対処している場合はそうです. 患者が話の内容を変えるのは, 現時点ではいま以上の情報をほしくないというハッキリした意思表示です. 求められていない情報を決して与えてはいけません. 心配事や憤りの原因となります.
 ずっと否定的な立場をとりつづける患者はほとんどいません. ほとんどの患者は安全を確認するにしたがって, 質問しはじめます. 患者は自分の恐怖について話し合うことができると安心します.
 ある人に対しては自分の病気を否定する患者が, 他の人にも同様に否定するとかぎりません. 80人のがん末期患者の研究をしたJohn Hiltonは, 35%の患者がスタッフと病気について話をし, 69%が配偶者と話をし, 85%がトレーニングされた質問者と話をしたことがわかりました.
 
否認の感情にチャレンジ
 
 患者が自分の恐怖に打ち勝つ機会がほしいと思っているのか, もしくは否定的な態度が会話を難しくしているのか, または「不安がしみでてくること」が否定的感情の原因になっているのかを知る必要があります. このような場合はその否定感情にチャレンジします. チャレンジとは「反対」することではありません. それは誰も質問しないような内容の質間をするということです. 信頼関係が出来上がっていれば, 共感を促す内容の質問が患者の恐怖を増加させたりすることはありません. たとえば,
・いまの状況をどう感じられていますか?
・病気についてどんなことを考えていましたか?
・深刻だと思ったことはありますか?
 
key point
 
 否認の感情は、恐怖と自信のなさから.
 
STEP5: 警告を発する
The warning shot
 
医師:あなたの病気について説明しましょうか?
患者:はい, すべてについて是非とも知りたいです.
医師:うーん, 残念ながら, あなたの言われたように, 私たちが最初に思ったよりも深刻な状況のようです.
患者:深刻とはどういうことですか.
医師:障害はこぶからきているのではないかと最初にあなたは言いましたよね.
患者:こぶだったんですか?
医師:はい.
患者:何が原因ですか?
医師:腫瘍によるもののようです.
 
 警告を発することにより患者が自分の反応について考える時間を与え, 患者がさらに情報を求めることができるかどうかを考えさせます.
 患者の言葉(こぶ)から開始して下さい. そしてその言葉により彼の理解度を見出して下さい(例「こぶとあなたが言ったとき, その言葉はあなたにとってどんな意味があったのでしょうか?」). それから新しい情報が1つずつ提供されていきます. 求めに応じて, 婉曲話法(問題, かげ, こぶ, 腫瘍, がん)を使い, 新しい言葉を説明していきます. 新しい情報を与えたあとは少し間をおき, 否認させる時間を与えてくたさい.
 
 
 たとえ患者がすべてを知りたがっていても, 柔らかに進むのが最良です. なぜなら, 患者は自分が精神的に受け入れられる新しい情報量をおおめに見積もってしまうかもしれないからです.
 
key point
 
 患者が使っている言葉を何度も使いながら開始する.
 
STEP6: 説明(求められた場合)
Explain (if requested)
 
 “何かほかにもう一度説明してほしいことはありますか?”
 このステップの目的は情報のすき間を埋めることにあります. この技術は, 多すぎる情報を与えて恐怖をいだかせることなく不確実さを軽減する, すなわち情報の最適量を見つけ出す方法です.
・はっきりと簡潔に(詳細の説明はあとで)
・丁寧な言葉を使う. きつい言い方を避ける.
・患者がさきに話した内容に沿って経過を話す.
・医療専門用語の使用(引き離し戦術)を避ける.
・理解度のチェック(「理解できましたか? あなたがお話しになりたかった内容をすべてカバーしましたか?」)
 
情報のすき間
 
・なるべく楽観的でいる.
 「人の運命を判断することのできる人間などいない」(Norman Cousins)
・詳細を説明する前に心配事に対処する.
 注意:話をいつやめたらよいかを知る(患者が話の内容を変えたり, 窓の外を見たり, 手をいじくったりしはじめたら, 十分な情報が与えられたとみなす).
 
key point
 
 患者は事実は覚えていないが、事実が伝えられた雰囲気はよく覚えている.







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