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2001/12/22 読売新聞朝刊
川辺川ダム漁業権、強制収用を申請 地元、頼みは公共事業(解説)
◆利点の治水“逆効果”の例も
 子守唄の里・熊本県五木村などが水没する川辺川ダム建設事業で、国土交通省は漁業権の強制収用を申請した。
(西部本社編集委員・板橋旺爾)
 ダム本体工事の着工には、ダムサイトの漁業権消滅が前提となる。しかし水系の漁業権を持つ球磨川漁協が先月末の総会で国が提示した漁業補償案を否決、漁民側からの漁業権放棄は望めなくなった。このため国は、県収用委員会への漁業権強制収用の裁決申請という「強権発動」の道に踏み切った。
 過去、漁業権の強制収用申請は、高知県・坂折川ダムの一例だけだ。実体的には収用と同じ「永久使用」である熊本県・市房ダムでの強制使用申請も含めると二例となる。坂折川ダムでは申請後の和解成立(一九八二年)により解決、市房ダムでは強制使用裁決(六〇年)が出ている。
 漁業権ではないが、「強権発動」は今年も例がある。計画発表から四十年がたつ水資源公団の木曽川水系・徳山ダム(岐阜県)。住民や環境保護団体から治水効果や利水事業に疑問の声が起こって反対訴訟が提起され、水没地の一部地権者が土地の譲渡を拒否した。公団は、この土地の強制収用を岐阜県収用委員会に申請、今年五月に収用裁決が出、本体工事が進行中だ。
 計画発表から三十五年がたった川辺川ダムでも、治水、利水事業に対する住民や専門家の批判は強い。熊本県主催で今月開かれた三千人参加の住民討論集会では、「堤防のかさ上げなどで洪水は防げ、ダムはいらない」との専門家グループからの提案が出た。これに対し国交省側は、八十年に一度の確率の豪雨を想定しての河川流量予測で「増水量を貯留して洪水を防ぐためダムは必要」として議論は平行線をたどった。
 国交省は今回の強制収用申請を、「住民の生命・財産を守るため」とし、流域の市町村でつくる「ダム建設促進協議会」の首長らからの事業促進要請を理由の一つにあげた。
 しかし、吉野川上流にある早明浦(さめうら)ダム(高知県)では七四年の完成後、水害が相次いだ。ダム下流にある本山町では「今でも少し雨が降っただけで計画放流量以上の濁流を流し、避難騒ぎとなる。町民は恐怖のダムと呼んでいる」(沢田勇・前町長)状態だ。治水面で“逆効果”も出ている実例と言える。
 また、住民集会で「建設業従事者の生活を守れ」という賛成派のプラカードが見られたように、地元の事業促進要請の背景には、農林業の不振と過疎に悩む地方の実情があるだろう。
 ダム建設と利水事業の対象七市町村のうち五町村が自主財源比率が20%以下。水没する五木村は、山村にもかかわらず農林業の第一次産業従事者数より、土木建設の第二次産業従事者の数が上回っている。これらの市町村にとって公共事業は大きな「糧」だ。地元の促進意見には、自治体のダム景気=公共事業依存体質が反映されているとも見られる。
 昨年末、河川審議会が「ダムや堤防に頼らない治水」を答申、新年度政府予算で公共事業の10%削減を打ち出している時代だ。審議会答申に見られるようにダム見直しが提言されている中、計画発表以来三十五年がたつ川辺川ダム計画が本当に有効なのか、また、公共事業頼みではない地域づくりなど、様々な角度から再検討してみる必要があるだろう。
 
 
 
 
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