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2001/11/30 読売新聞朝刊
[社説]川辺川ダム 計画の見直し迫る補償案否決
 
 国土交通省が熊本県の川辺川に計画しているダム建設をめぐって地元の球磨川漁協に提示していた漁業補償案が、漁協の総会で否決された。
 国交省は事業を土地収用法の対象事業としている。このため、同法に基づいて漁業権を強制収用する道が残されているが、補償案否決を無視する形で事業を強行するのは避けるべきだ。
 川辺川ダムは洪水防止、農業用水の確保、さらに発電を行う多目的ダムとして計画された。ダム建設によって水没する五木、相良村の対象世帯の約九割はすでに移転ないし移転に合意している。
 事業の再評価作業を進めていた国交省の第三者による委員会も今年十月「事業の継続」を答申した。
 だが、事業は計画発表からすでに三十五年が経過し、その意義や環境は今日、大きく変わっている。
 農業用水の確保では、減反の強化などの環境変化で流域の農家の間に「水はいらない」という声が強い。
 ダム建設計画と並行して河川整備による治水対策が進められており、「ダムを建設しなくても堤防のかさ上げなどによって洪水被害は防げる」との指摘が民間の研究者グループから出ている。
 漁協による補償案否決は今年二月の総代会に続いて、二度目になる。
 補償案の否決は、漁業への影響を懸念する声がなお消えていないことを意味するだけでない。「ダムは本当に必要か」という根本的な疑問が地元に根強くあることを示すものだろう。
 地元漁協はもともとダム建設反対の立場をとっていた。しかし、国交省が本体工事の着工を目指して補償交渉を申し入れて以来、賛成派と反対派の対立が深まった。約十六億五千万円の補償案をめぐる今回の総会も紛糾した。
 国交省は「今後、いろいろな面から議論して、どうするか検討したい」としている。住民の亀裂をこれ以上深める事態を招かないよう、地元の意向も十分に踏まえ、原点に立ち戻って再検討を進める必要がある。
 わが国の河川行政はダム建設を中心に展開されてきた。だが、河川審議会が昨年、環境面への配慮を重視し、ダムに頼らない治水対策への取り組みを答申したように、転換期を迎えている。
 公共事業の見直しが進む中、昨年には中海干拓事業の中止が決まり、長崎県の諌早干拓事業も先月、規模縮小方針が打ち出された。
 国交省は、これまでの経緯やメンツにこだわることなく、事業の意義をいま一度、直視すべき時だ。
 
 
 
 
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