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2002/01/14 読売新聞朝刊
[編集委員が読む]ダム建設続行 清流維持に影響、小泉改革にも逆行 鶴岡憲一
 
 政府が昨年末に閣議決定した来年度予算案は財政再建を強く意識した緊縮型となり、公共事業予算も前年度より一割減らされた。当然、新たに認められた事業は数少ないが、その一つに組み込まれたのが「自然再生」と名付けられた事業である。
 以前は淡水魚や昆虫などのすみかとなってきた小川が川床から岸辺までコンクリートで覆われ、湿地特有の植物も含め生物の気配が薄くなったのを寂しく感じる人は多いだろう。
 多様な生物をはぐくんできた河川一帯の湿地は、明治・大正期には全国で約十四万ヘクタールあったのに、治水や農業構造改善工事などの影響で、いまは半分以下の約六万六千ヘクタールにまで減っている。そんな河川湿地や干潟、海岸などを元に近い状態に戻そうというのが自然再生事業だ。国土交通、農水、環境各省が進める。
 代表的な北海道釧路湿原では蛇行を復元させる計画という。治水の目的で蛇行水流を直線化した結果、乾燥が進んで湿原が狭まる恐れがあるためだ。
 多くの動植物が生息する豊かな自然は「環境資源」(原科幸彦・東京工業大学教授)としてやすらぎを与え、生態系のバランスを保ち、地域振興に必要な観光資源としても役立つ。
 水鳥の保護からスタートしたラムサール条約は、九九年の第七回締約国会議を機に、水鳥の生息場所になる干潟や湿地の保全へと目的を広げており、自然再生はこうした国際動向にも沿う。
 それだけに歓迎できる事業なのだが、公共事業全体を見渡してみると素直にうなずけなくなる面がある。来年度予算案には、いずれ自然再生が必要になりかねない事業の予算が依然として盛り込まれているからだ。
 その一つに、欧米でも生態系保全や財政節約などの観点で九〇年代から見直しが目立ってきているダム建設事業がある。
 わが国で問題化している典型例は、熊本県の川辺川ダム計画だ。さる七日には、本体工事着工のため、漁業権の強制収用に向けて縦覧がスタートした。
 しかし、ダム湖に水がよどめば水質悪化は避けにくい。「清流と、そこで取れるアユとも日本一」と自負する流域住民は、環境・観光・産業資源としての川への影響を心配している。
 水産庁と自治体が進める「漁民の森」作りとの調和も気がかりだ。
 雨水を吸収して川から海に送り出し“豊かな水産資源の元”とされる森を植林で育てる事業で、川辺川沿いでも今年度から始まった。だが、途中にできるダムで川の水質が悪化しては意義が薄まりはしないか。
 国交省は、ダム湖に流れ込む湖水表面のきれいな水を採取し下流に流す方式などで清流を維持するという。しかし、ダム湖に滞り続ける水の質は悪化が一層進むことが懸念されよう。
 上流にはまた砂防ダムを、既存の約九十基に加え、高さ数メートルから二十メートル級までの約百四十基を新設する予定で、「川と生態系がズタズタにされる」という不安が広がっている。費用も気になる。
 基本計画を定めた七六年当時に三百五十億円とされていたダム事業費は、今は約二千六百億円まで膨れている。引き続き“金食い虫”になっていく恐れもあり、小泉政権の公共事業費削減方針に逆行しかねない。
 本流の球磨川を含む洪水被害は従来の治水対策の効果もあって、過去の似た規模の洪水時と比べ九三年以降は死者が出ていないなど激減している。「ダム以外でも対応できる」という声が出ているのはそのためだ。
 自然再生事業は、こうしたダム計画のような“環境影響事業”を見直してこそ本物になるのではないだろうか。
 
 
 
 
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