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平成15年度 海事講演会 海・船セミナー2003 ?ペリー来航150周年記念?「黒船来航、その時日本は」

 事業名 海事科学知識の普及啓蒙活動
 団体名 日本海事科学振興財団 注目度注目度5


 通常「ハーバード流」と言われているフィッシャーの議論は「準備するのには七つの側面を押さえろ」と言っています。まずこちらは何が欲しいか。それから相手は何が欲しいか。2番目としては具体的な案で、値段でもどういう値段がいいかという政策です。
 3番目はこれとは別に代替案はないかということで、最近のはやり言葉にBATNA(Best Alternatives to a Negotiated Agreement)というのがあります。4番目は妥当性、合法性です。5番はコミュニケーション、6番は人間関係です。7番は約束したものは実行してもらわなければならないので、実行性の確保です。
 こういう七つの側面を準備するときにやっておく。AとBが交渉してテーブルに座っているときに、もしこれがうまくいかないときにCはどういう案を出しているか。C案の一番いいものをBATNAと言います。これがあれば、こちらと非常に強い交渉になります。
 とにかくこの交渉が重要です。いまの交渉学は、たとえばここにミカンが1個あるとき、お姉さんと妹が1個のミカンを分かち合うために、どう分けたらいいかということです。普通はこれを真二つに割る。ちょうど2分の1ずつです。「あんたが多い、私が小さい」と喧嘩になる。そういう分け方ですが、これを「分配型交渉」と言っています。
 これに対して妹とお姉さんが話し合った結果、どういうことがわかったかというと、お姉さんは皮だけでマーマレードをつくるということで実は要らない。妹は半分にした皮をもらっても皮は捨てるので、実が欲しいということです。そうすると分け方がガラッと変わってきます。これは自分だけではなくて、両方のことを統合して考えるので、「統合型交渉」と言います。最近は「あんたのほうが多い、少ない」という「競争型交渉」に対して、協力してクリエイティブな「協創型交渉」と呼んでいて、いまのわれわれの交渉は「協創型交渉」を求めています。
 石原慎太郎さんが、銀行に税金をばんとかけた。意味はあると思いますが、しかし銀行にも言わない。都庁の中でも知っているのはほんの一部で、まさに分配型でがーんとやりましたが、どうも裁判で調子が悪い。それでいまは都も苦しい。公的に道路など使って、税金を払わないのがいる。
 森ビルなどはひどいです。たとえば琵琶湖の堅田というところに立派なホテルがあります。岸から島まで道路をつくった。みんな国の費用でつくって、ビルというのは税金を払っていないのです。それを税理士や会計士を使って税金を払わないよう、利益を上げないように操作している。それでは仕方ないので、売上高でどんとかけられればいいのですが・・・。しかしあれを全部の企業にやったらおかしいですね。それもお互い話し合いながらやって、両方立つ瀬はどこかが協創型で、これがわれわれのねらいでもあるし、ペリーの本を読んでみるとこれを考えているわけです。何もアメリカばかり得しようということを言っているのではない。
 いよいよペリーの出発になります。1852年11月24日。彼らは日本に向けて出発した。そして次の年の1853年7月8日江戸湾に錨を投じた。毎年7月8日前後、今年は8日ですが、横須賀のペリー記念公園内でアメリカ海兵隊が来てお祭りを毎年やっています。私も1回か2回ぐらいしか行ったことがないのですが、行ってみたらおもしろいです。
 なぜ日本に遠征したか。彼は書物から知り得るあらゆることを精査し、日本の鎖国制度は同国民の特性によるものではなく、過去における特殊事情によるものであり、実際それは日本民族の性格や気風とは反していることを発見した。要するに日本人が特殊に閉鎖的なのではないという自信をもって日本の改革に進むわけです。
 その原因は何かというと、有名な話ですが鯨です。アメリカは鯨の油を取ります。鯨の関係で日本近海が漁場になって、その難破船を救うために日本を開港するというのが大きな理由です。アメリカは鯨を捕っても油しか使わないですが、日本の場合は鯨を骨まで捨てるところなく使っています。これが最近では鯨を捕ってはいけないという話になりました。
 1971年でしたかストックホルムで環境問題が起きて、そのときアメリカはベトナムで枯葉剤戦略という特殊な農薬を撒いて、木の葉を枯らす。これが奇形児を生むという大問題になっていました。アメリカ大統領が環境財団の理事長に、これからストックホルムに乗り込んで行って、何とか枯葉剤の問題が問題にならないように目をそらせという命令で、金とデモ隊を連れて行ってデモを起こすわけです。日本があの利口な鯨を捕って、絶滅させそうだということでやった。鯨を食べたことのない人たちが「それは大変だ」と、みんなで捕鯨反対ということになりました。
 終わってその理事長は、アメリカ大統領に「われわれの戦略は完全に成功した。枯葉剤のかの字も問題にならなかった」と報告したということで、それがいまでも続いています。こちらの学芸部長のこの方面の専門家ですが、ミンク鯨がどんどん増えて、そのため食環境を乱しているというわけです。これを是正しなければならないし、現状を打破するには交渉、交渉学が必要です。
 その点で小泉総理はいいことを言いました。去年9月17日に平壌に行って、金体制と交渉しました。それで拉致問題の話になって、終わって記者会見をした。彼がどのようなことを言うかと思って、僕はテレビの前にかじりついてじっと観ていたら、彼は「交渉なしに改善なし」と言いました。彼はなかなか言葉が上手です。「交渉なしに改善なし」という言葉は交渉を研究する者にとって永遠に使われていい言葉であると僕は感動しました。いまの鯨の問題も交渉なしに改善しない。
 今年、ハーバードの交渉学のワトキンズという人が、『現状打破ビジネス交渉学』という本を出しました。現状は不景気だが、これを直すために現状を打破する強い交渉力が不可欠である。どうもその点、日本人はおとなしくなりすぎているのではないかということを痛感します。
 そういうことで日本遠征に向かうのですが、ペリーというのはいまでいうとハイテク将軍です。海軍の将軍としてメキシコ戦争に参加し戦果を上げる。彼は「蒸気船海軍の父」とまで言われています。日本に来たときも蒸気船に乗って日本に乗り込んでくるのですが、蒸気船海軍、ハイテクの父なわけです。
 日本の海軍の有名な将軍というと東郷元帥です。これは世界にも冠たる将軍のようです。彼も最新の軍艦をイギリスで勉強しています。いまでいうハイテクの将軍と言われました。特に彼は“疾風”に乗って、アメリカがハワイを植民地支配しようとしたとき、日本人がたくさん行っていますから日本人を救うために東郷が行くわけです。
 東郷は海軍技術だけではなくて法律に詳しいのです。彼はイギリスに留学しましたが、兵学校ではなく商船学校です。そのために法律を学んでいます。だから彼の戦いにはいつも法律をバックにしています。日清戦争のときも、清国がイギリスの船だったと思いますが、チャーターして兵員を輸送した。東郷が“疾風”で捕まえてストップの命令を出しましたが、ストップしなかったので攻撃し撃沈するわけです。
 そうするとイギリス、ロンドンでジャップ、日本人が生意気だということで、大変な反日運動が展開する。日本もびびってしまい「東郷、お前変なことをやったな」となりましたが、東郷は「俺のほうが正しいんだ」と言った。まもなくイギリスで有名な二人の国際法学者が、「日本のやった処置に間違いがない。日本のほうが正しい」ということを言って、一件落着しました。そういうことで、東郷というのはすばらしい将軍だったと思っています。
 ペリーの艦隊はアメリカのノーフォーク港から大西洋を渡り、アフリカ西海岸をずっと下りていきます。特にナポレオンが島流しになったセントヘレナ島に寄ります。当時これは難攻不落の島と言われていました。簡単に落ちるのでは、ナポレンをそこの牢屋にぶち込んでいても、いつ逃げられるかわからないから、難航不落の島にナポレオンを閉じ込めたわけです。パリに行くとナポレオンの遺体を飾っている建物がありますが、ペリーが行ったときにはナポレオンそのものの遺体はなかったわけです。
 ペリーはケープタウンで、「俺ならばこの島は、こちらからこう攻める」と書いてあって、なかなか彼は戦闘意欲満々です。沖縄に5回も訪問していますが、いざというときは戦争も辞さないぞというのがあるのでしょう。
 それからずっと下りて、アフリカ南端のケープタウンに寄りますが、ケープタウンでは黒人が白人から迫害を受けている。南ア独立の闘士マンデラがいますが、マンデラの部族の前に先住民がいましたが、全部殺戮され滅亡しています。滅亡するの状況を見て、ペリーはひどいことをやると思いました。しかし考えてみると、わが祖国アメリカでも同じようなことをやっていて、彼らを責めるわけにはいかないというようなことを言っています。ケープタウンの人種迫害です。
 私はたまたま何年か前に、ニューヨークからロンドンに行くとき隣に黒人が座りました。
 マンデラがまだ政権を取る前ですが、マンデラの子分である国連代表部の副議長にお会いしました。「お前らは、この解放を暴力革命でやろうとしているんじゃないのか」と言うと、「先生が先ほど言った、われわれはネゴシエーションで解決しようとしています」ということを言っていました。それでヨハネスブルク、アフリカに来たことがあるのかと聞かれたので、ないと言うと、ぜひおいでくださいということで行きました。
 マンデラと一緒に解放運動をやってきたオリバン・タンボという爺さんとお会いしました。タンボの秘書は白人の女性です。長年、黒人の革命運動を支えてきました。彼は言っていました。長年牢屋にぶち込まれて、真っ暗でただ食事を取るために、床の下に穴が開いている。そういうところにいて、願うのはキリスト教の神です。彼はクリスチャンで、神に念じて戦いをしてきた。支配するほうもキリスト教で、支配されるほうもキリスト教の戦いでした。お会いして、昔の日本の古武士というか、武士道で鍛えられた老人のような感じで感動しましたが、そういう戦いでオランダ、イギリスの子孫から政権を引き継いでいくわけです。ケープタウンでペリーも人種差別に対して非常に悲しい思いをしていたのです。
 それから彼らはセイロン島に行きました。セイロン島はかつて非常に豊かな国でした。それがイギリスの植民地になって、非常に荒廃しているということを嘆いています。それからどんどん北上して上海に行きます。上海でアメリカの商事会社などがあって、いろいろ歓待されるわけです。あるとき「ペリー閣下、サイダーか何か持ってまいりましょうか」と言ったら、ペリーは「サイダーはいらない。できればニューヨーク近郊のコングレスという泉のミネラルウオーターを飲みたい」と言うのです。そうしたら次の朝にボトル1本のミネラルウオーターが置かれていました。それだけアメリカの経済力が上海まできているということで、すごいなと思ったわけです。
 それから琉球に行きます。琉球には総計5回も行き、軍隊を三つの手に分けて徹底調査しています。琉球政府の役人がそっちに行ってはだめだと言っても全然無視し、「この島は天然のもので、あんたが神様に与えられたように、われわれにも神様は平等にこれを与えている。われわれが従うのはアメリカの法律で、あんたらは沖縄の法律」ということを言って、どんどん泥靴で神聖なる領土を荒らし回りました。
 結局何を探していたかというと石炭です。石炭があったら、ここを拠点にするということです。少し石炭がありましたが、埋蔵量はたいしたことがない。その後沖縄でも石炭が発見されたと思いますが、それがだめだということで占領しなかった。もし石炭が出ていたら占領していました。







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更新日: 2019年11月9日

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