日本財団 図書館


[フランス:地方分権改革・EU統合と地方税財政]
神奈川大学 青木 宗明
1. 1960年代後半〜
○1960年代後半より、従来の中央集権型国家から分権化への舵取りを始める。その背景としては、以下の2点が挙げられる。
(1)「集権の必然性の低下」と「集権の弊害の認識」
 中央集権が必要とされる戦後復興期が終了し、その必然性が低下するとともに、公共事業も中央で行うよりも、地方に委ねた方が効率的・合理的に行えるようになった。
(2)「ヨーロッパ統合への展望」
 統合後のヨーロッパの中で生き残るために、地方が地域間競争(特に企業誘致等、経済施策面での競争)に耐え得る力をつける必要があった。
 
○1970年代からの1980年代にかけての「地方分権改革」では、例えば、以下のような改革が進められた。
(1)地方税制の近代化・抜本改革
 1970年代初頭に税目を改め、地方税収の大半を占める4種類の地方直接税(職業税、住宅税、既建築地税及び未建築地税)を創設(図1参照)。現在、これら4直税で、全税収の約4分の3(基礎的自治体においては410億ユーロのうち310億ユーロ、全体でも640億ユーロのうち480億ユーロ)余りを占めている(図2参照)。
 なお、近年は地方税の廃止や社会保障税へのシフトの影響で地方税収の減少が見られるものの、基本的には、1970年代以降、地方税収の対GDP比は、分権改革の推進を背景に、一貫して上昇してきた(図3参照)。
(2)地方税の税率決定における自主性強化
 1980年の法律改正で、地方の税率決定を自由化。
 ただし、(1)家計に対する税と企業に対する税の税率を結びつけること、(2)各税目の税率の上限は、職業税については全国の平均税率の2倍、その他の税については全国の平均税率の2.5倍までとすることとされている。
(3)国の補助金の「一般交付金」化による地方財源の強化
 現在、特定補助金は、国から地方へ交付される金のうち4〜5%程度に過ぎない(図4及び図5参照。なお、特定補助金の内訳については、図6参照。)。一方、一般交付金は増加。
(4)地方債の起債自由化
 現在は完全自由化され、民間企業並みの起債を行っている。
(5)補助金と地方債を介した国による地方公共事業のコントロールの完全撤廃。
(6)地方行財政に対する国の事前許可・承認制度の廃止
 地方の官選知事が地方の事務・議決執行を事前にチェックする仕組みを完全に撤廃。
(7)地方への行政事務委譲とそれに対応する国税移譲・財源保障
 
○地方分権改革を進める中でも、次のように、全国的な平等と地方財源の安定を損なうことはタブーとされた。
* 地方税の課税標準(動産・不動産の評価)は変えない
 地方税の課税標準は、毎年増額係数を掛けるのみで、30年間変えられていない。
* 国の政策による地方財政の減収は全額を完全に保障
 国の政策により、地方税が減収になったり、地方の歳出が増える場合には、これらの額を法律により全額保障しなければならない(2003年3月の憲法改正(3.で後述)でも、憲法及び法律に明記)。
* 地方制度は一切変更しない。
 地方制度は一切変更しようとせず、合併も促進しない。
 これには、全国的平等論のほかにも、国会議員の大半がコミューンの首長を務めており(特に上院はほとんど地方代表化)、政治的な意味でのコミューンの位置づけが非常に大きく、コミューン合併推進論は国会でことごとく潰されてしまうという背景がある。
* 地方税財政の改革は、財源を安定させつつ漸進的に行う
* 地方税の徴税権は国が有する
 地方税の徴収は、国が徴税費を上乗せして行い、毎月地方に税収を分配している。また、地方が分配された税収を使わない場合は、その分は全額国家に預託することが義務付けられている。
 
2. 1990年代〜現在
○1990年代になると、通貨統合を含むEU統合の進展に伴い、分権の必然性がますます増大した。
 地方制度を一切変えないまま分権を進めている中で、コミューンの小規模性(人口5000人未満のものが全体の約95%を占める(図7参照))という弊害を解消するため、コミューンの連合化が進み、人口比で7割〜8割をカバーするに至った。
 なお、コミューン数のベースで見ると、3万6000のコミューンのうち、2万9740が連合を結成している。また、コミューン連合の大部分は独自の課税権を有している(図8、図9及び図10参照)。
 
<コミューンの小規模化の弊害例>
・都市交通整備が困難。
・税率格差の拡大(農地に係る税の場合で100倍以上、職業税でも10倍以上)(図11及び図12参照)。
<コミューン連合>
・大部分が独自の課税権を有し、連合内では職業税の税率を統一(なお、課税権のないコミューン連合は、それぞれの団体に課税権を残し、税収を拠出する形をとっている。)。
 
○EU統合の中で企業誘致を進めるため、また、経済活力を高めて失業問題に対処するために、以下のように、地方税の一部を廃止することにより、税負担をできる限り引き下げようとする試みがなされた。
・職業税の課税ベース(事業用不動産、事業用償却資産、支払給与及び収入金額)のうち、3割以上(特に大都市では4割〜5割以上)を占めていた支払給与部分を、1999年から2002年までにかけて廃止(図13、図14及び図15参照
・自動車税の個人分の課税を廃止
・住宅税のレジオン分の課税を廃止
 
○EUの通貨統合に伴い、財政赤字を対GDP比3%以内に抑える必要上、財政赤字を減らすために、国から地方への交付金のコントロールが図られた。
 そこで、1996年から「財政安定協定」に基づき、インフレ率を指標として交付総額をスライドさせることとし、また、1999年の「経済成長・連帯契約」に基づき、指標に国内総生産増加率を加え、総交付額の上積みが行われた(種々ある交付金はそれぞれの指標で動いているため、職業税の減税補償である職業税補償交付金を増減させることにより、交付総額との不一致分を調整。2003年度における交付総額の増加率は1.9%)。
 ただし、コミューン連合に対する交付金が特別増額されるため、毎年総額抑制の枠を突破している。
 
3. 2003年憲法改正と「地方分権改革法案」
○2003年3月に憲法が改正され、第1条において「フランス共和国は地方分権化された構造である」と明記されたほか、以下の内容が規定された。
(1)補完性の原則
(2)地方政府としてのレジオン
(3)地方の税財政自主権
・各地方団体は、法律の範囲内で自ら地方税の税率と課税標準を定め、税収を得ることができる。
・地方税収入に加えて、国税収入の移転を受けることができる。
・地方団体は、自由に獲得できる財源を持つことができる。
・地方歳入において、地方税収とその他自主財源収入の合計が、歳入総額の一定割合(part déterminante)を占めなければならない。
・国から地方へのあらゆる事務権限委譲は、国が実施していたとき(委譲前)の歳出額に等しい税財源配分(国から地方への税財源補償)を伴わなければならない。
・地方に新たな負担となる事務権限の新設は、法律による財源規定を伴わなければならない。
・法律によって、地方団体間の格差を是正するための地方財政調整の仕組みが定められねばならない。
(4)地方行財政に関する法律案についての国民投票、合併など地方団体組織に関する住民投票、地方議会に対する住民の審議請願権
(5)権限が国に属する事務のうち、特定事務を一定期間(数年)、実験として地方が遂行する権利
(6)地方行財政に関する審議事項の上院先議権
 
○上記の憲法改正を受けて、以下の2法案が2003年10月に閣議決定又は閣議提出された。
・「地方の責任」法案(2003年10月1閣議決定)
 2005年1月1日に、社会福祉・国道・観光・文化財/歴史的建造物、職業訓練・教育機関職員などの事務権限を地方へ委譲し、この事務権限委譲の財源保障として、石油製品内国消費税及び保険契約税を税源移譲すること等を規定。
・「地方財政自主権に関する法案」法案(2003年10月22日閣議提出)
 上記(3)の歳入総額の一定割合(part déterminante)について、地方団体の種類別に、毎年度「自主財源比率」を算定し、同比率が低下した場合は、3年以内に国が責任をもって回復措置を行う。
 失業対策等のための地方税廃止(職業税における支払給与ベース廃止等)等による地方の自主性の阻害に歯止めをかけ、地方の自主財源(地方税、譲与税、手数料等)が一定比率を下回らないようにする。
 
4. フランス地方税はどこへゆくのか?
○フランス地方税制度については、今後以下のような課題に対処していく必要がある。
* 過去数年間に進んだ地方税の縮小・交付金への代替をどうするか?
 フランスにおいては、「全国的な平等」の観点から、交付金そのものはさほど悪いものではなく、むしろ重要なものであると考えられているが、一方で、自主財源たる地方税の重要性も認められているところであり、近年の地方税の廃止等によって低下した地方税の比率をいかに上げていくか。いかに新しい税源を見出していくか。
* 地方団体種類別の税源分離
 所得課税については国・社会保障基金でほぼ実施され、消費課税についてはEU域内での新たな課税の創設が不可能とされている現状では、地方税を少しでも充実させる手段としては、現行の資産課税等の課税ベースの再配分程度しかないが、これについてもレジオン、デパルトマン、コミューン連合、コミューンに別々に配分するほどの課税ベースが見出せない(図16参照)。
* 現行の動産・不動産ベースをどうするか?
 あくまでも安定重視で、評価替えや課税標準への売買価格の採用は困難。農地については1969年、住宅については1974年以降評価替えは行われていない。1980年代と1990年代に一度ずつ大規模な評価替えが試みられたものの、納税者への負担や地方団体の税収への影響を理由に、最終的に実行は見送られた。
* 住宅税の36%を国が補償している状況をどうするか?
 地方税の課税標準改革が進まず、種々の問題に対して、国の減税、負担により対処。根本的な地方税改革なくして、国の補償分、負担分は解消できない。
* 家計と企業の税負担変動をどうするか?
 職業税の支払給与部分が廃止されたことにより、家計に対する課税と企業に対する課税の連動が解除されつつある。この連動を今後どうするか。
* 職業税を動産・不動産課税にしておくことは適切か?
 EU統合の流れの中における企業誘致のインセンティブとして、企業の収益を反映する地方企業課税的なものを加えていくのも1つの方法との意見もある。
* 都市の税源をどうするか?
 従来のバカンス税的な性格を有していた滞在税(ホテル税)が、都市型のものへとシフトしつつある。また、車を排除して公共交通機関を整備することにより、当該地域内の企業が負担する公共交通機関税を中心に据えていくという動きもある(公共交通機関税は2004年から税率制限が撤廃される予定。)(図17参照)。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION