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第3章 日本のNGOの現状
 「国際協力NGO」の活動内容や規模は様々であり、財源や人材確保などの課題についても個々のNGOによってその重要度には違いがある。しかし同時に、社会全体におけるNGOセクターのあり方という、いわば「構造上」の課題があることも事実であり、それら「構造上」の問題の解決が無くては、個々の団体の問題解決や活性化にも限度があると言える。国際協力NGO活性化のためには、個々の団体の努力と同時に、それを可能にし、生かすようなシステム上の変革という両輪が必要である。
 そこで、この章では、全体像把握のために国際協力活動全体の歴史的な流れとNGOセクターの団体数や活動分野を概観し、人材や財源に関する現状について触れたい。
 
3-1. 日本における民間の国際協力活動の歴史的変遷
 日本で国際協力活動を行っている団体の中には、文化交流や人材交流などと共に、それら活動の一環として部分的に協力活動を行っている団体もある。しかし、当研究プロジェクトにおいては、国際協力NGOセンター1(以下、JANIC)編集・発行の「国際協力NGOダイレクトリー2002」掲載基準(d: vii)に見られるように、団体格に関わらず、国際協力を主たる目的として活動しているNGOを対象として活性化の方策を検討をした。それらNGOの事業形態は、主として以下があげられる(d: vii)。
 
1. 開発協力:開発、人権、環境などのいわゆる地球的規模の課題領域の中で、たとえば、基本的生活ニーズの充足、基本的人権の擁護、地球環境の保全などの課題達成に向けて、資金的・技術的・物的あるいは人的な協力や支援を行う。
2. 教育・提言:上記の課題達成のために、情報提供、教育・学習、政策提言・代案提示(アドボカシー)を行う。
3. ネットワーク:1、2の活動を行う団体間の連絡調整やネットワーキングを行う。
 
 日本における民間レベルの国際協力活動の歴史は、昨今始まったものではなく、1938年、日中戦争によって発生した被災者や難民に対する診療活動をするために、京都在住の牧師の呼びかけで医療団が中国へ派遣されたことが始まりと言われている(a: 93-94)。その後、戦後の復興期から1960年代にかけて、労働問題、安保問題、原水爆問題などの社会的課題の解決を目指して、多くの市民団体が結成される(d: xvi)。このように、日本の国際協力NGOは世界情勢と国内情勢の変動に影響を受けながら1960年代に誕生した。
 1972年には、シャプラニール=市民による海外協力の会が結成されたが、国際協力NGOが特に増え始めたのは、インドシナ難民が大量流出し始めた1979年からである。これは、日本に身近な東南アジアで起こった事件について、数多くのマスコミ報道がなされ、それに触発された青年が現地を訪問したり、あるいは支援の活動を行い始めたことによる。79年から82年の3年間で、難民を助ける会、アジア・コミュニティ・トラスト(ACT)を含め、43の新たな団体が設立されている(a: 148)。これ以降、国際協力NGOの活動内容も農村開発や日本国内の定住難民を対象とした支援活動など、多様化していく(d: xvi)。
 1980年代には、国際活動も従来の欧米に加えてアジア諸国を対象としたものが増え始める。また、チェルノブイリ原発事故やバングラデシュ洪水災害など、世界的な関心をよぶ災害が発生したため、その救援を行うNGO活動に対する市民の理解が徐々に進んだ(a: 148)。更に87年には、NGO活動推進センターが設立されるなど、国内NGOの間のネットワークが作られ、80年代末までに200団体近くが稼動し始めた(a: 149)。80年代後半以降になると「持続可能な開発」、「人間開発」等の新しい開発概念が唱えられ、貧困層など本来の受益者に利益が回るような協力活動のために従来からNGOが行ってきた住民参加による開発が必要であることも認識され始めた(c: 41)。
 1990年代に入ると環境問題など地球規模の課題に対する関心は更に高まり、92年の地球サミットを契機にNGOが脚光を浴びるようになる。この時期から、グローバル化による日本と国際社会との相互依存性が高まったことで、国際交流・協力活動の必要性が改めて認識され、活動内容も更に多様化していく。NGO団体数も増加し、90年から93年までの間に143の団体が生まれた。しかし、94年の新設NGO数は92年の新設の半数以下に減っており、新設のピークは92年だったと言える(a: 149)。
 グローバル化や情報通信技術の発達は、世界的なネットワークの一員としての日本のNGOの広報活動や政策提言(アドボカシー)活動にも大きな影響を及ぼした。このことで、1996年には「NGO・外務省定期協議会」が、1998年には「NGO・JAICA協議会」などが始まったように国内の国際協力に携わるセクターを越えた組織間の連携も促進される(d: xvi)。
 一方、地域社会においては在住外国人が増加するとともにその在留資格も多様化し、国内各地域で「多文化共生」と呼ばれる日本人と在住外国人との共住が大きなテーマとなった。これに対し、市民団体や自治体の設置した国際交流協会が活発な活動を始めるようになった(a: 149)。また、海外での協力活動の経験を活かして国内での広報や支援活動も多様化してきている。一方、海外、途上国むけに活動を続けていたNGOも国内の市民団体や自治体との協力に目を向けるようになり、「国際交流」と「国際協力」との垣根が次第に低くなり、一体的な活動も行われるようになった。90年代以降は、交流活動と協力活動、国内と国際の区別が一層薄れ、国際交流・協力を通じて日本社会の変革を視野に入れた活動をする団体が増えた(a: 150)。
 
3-2. NGOとは
 国際協力活動が多様であることは、先述の通りである。そして、それらに従事する団体の活動内容や方向性の多様化に伴い、NGOという言葉自体の解釈も近年多様化してきている。例えばNPO(=Non Profit Organization)との混同や、1998年12月の「特定非営利活動促進法(NPO法)」の施行以来は、「NPO法人」との違いについて混乱をきたす場合もある。
 しかし、基本的に、NGOとNPO(=Non Profit Organizatio)の間に大きな違いはない。非政府性を強調して「Non Govermental=非政府」を自称するか、非営利性を強調して「Non Profit=非営利」を自称するかという方向性やニュアンスの違いはあるが、独立した意思決定を持って活動をするという点においては、いずれも「非政府」であり「非営利」な組織だと言える(d: xv、xvi)。従って、当プロジェクトにおいては、NPO法人の様に法人格を取得している団体も任意団体も含めて、非営利・非政府の立場で国際協力活動を主な事業として行っている民間団体を対象としている。
 JANICでは、国際協力NGOの定義として以下の4点をあげている(d: viii)。
 
1. 市民主導による国際協力活動:一般市民の発意や主導により設立され、市民活動としての理念や立場を基礎にして運営が行われていること。
2. 意思決定・責任体制:理事会や運営委員会などの民主的な意思決定機構があり、代表者や事務局責任者などの責任の所在が明確であること。常に会員や一般からの問い合わせに対応できる事務局体制を有していること。
3. 市民参加・支援:組織の意思決定や事業の運営が、一般市民の主体的な参加に基づいてなされていること。会員制度もしくは個人寄付金などによって運営が支えられていること。
4. 情報公開:事業内容や財政状況が広く公開されており、外部からの求めに応じて資料や情報の提供力が可能であること。
 
 以上の条件を共通して持っていても、活動内容は開発協力、緊急救援、開発教育、政策提言、連携構築など、団体によって多岐にわたっているため、課題も多様である。後にふれるが、理解を得やすくアピール度の高い緊急援助の方が、開発教育や政策提言などよりも募金が集まりやすいという現状がある等、NGOの活動内容は直接的・間接的にその組織基盤に影響をおよぼしている。(c: 3-18)
 
3-3. 人材
 NGOの運営体制は団体の規模や財政によって差はあるものの、活動を担っている人々の立場は大きく分けて三つある。一つは無報酬で意思決定機構を構成する「役員」、二つ目は日常業務にあたる有給の「スタッフ」、そして三つ目は専従・非専従に関わらず無報酬で仕事をしている「ボランティア」である。また、学生などのインターンも短期間ではあるが、活動を担っている場合がある。
 しかし、これらの区別や権限の範囲は、多くの場合判然とせず、また、すべての団体においてこれら三タイプの活動従事者がいるとは限らない。さらに、「意思決定機構」ではないボランティア達の会議で事業計画が策定されることもあれば、有給スタッフでも、報酬額が少ないため、むしろ携わった動機から「ボランティア」と自称するスタッフもいる。
 次に、スタッフの人数についてみると、『国際協力NGOダイレクトリー2000』(JANIC)によると、有給スタッフがいるのは238団体中172団体で、その総数は1447名である。そのうち、有給専従で国内勤務のスタッフは782名、海外駐在スタッフは219名、残りは非専従である(c: 28)。例えば、「自己資金率が25%以上、年間国際協力事業費が300万円以上」などの比較的規模の大きいNGO217団体が同NGOダイレクトリーの第一部に掲げられているが、それら団体の総スタッフ数は6195人で、日本人はそのうち約4900人である。53団体が無給スタッフだけで運営されており、専従スタッフのいない団体は45団体に上る。国内事務所の専従スタッフ数は増加傾向にあるが、専従者数1079人に対して、非専従者数は3188人と、やはり無給・非専従スタッフの割合は高い。ちなみに、海外事務所では、専従者が1347人で非専従者が581人である(e: 153)。
 このように、NGOは、スタッフの量的な確保に苦慮しているが、その原因の一つとしてこれに加えて彼らスタッフの定着率は高くないことがある。
 1999年から2000年にかけてJANICが行った調査によると、1992年に比べて、専従ボランティアは減少しているが、有給専従スタッフは増加している。人材を有給で採用するためのNGOの財源も豊かになってきているわけで、社会的認知度が高まったとも言える(c: 34)。
 しかし、有給専従スタッフの勤続年数は、2年以下がおよそ3割、4年以下が5割強である。これは、経験や人脈も重要とされる国際協力活動において好ましい状況とは言い難い。勤続年数の統計は、1992年の調査の時よりは伸びているが、このように勤続年数が短い理由としては、以下の点があげられる(c: 35)。
−設立されて年数がたっていないNGOが多い。
−厳しい待遇のもとでは長い年限にわたる活動が困難。
−収入の割に仕事量が多く、自由な時間をもっと持てるような仕事に転職してしまう。
−能力向上と機会を求めて留学や進学する。
−考え方の違いで同僚とうまくいかなくなる。
 
 以上の点全てがNGO特有とは言えないが、二つ目、三つ目のポイントについては、NGOセクター全体を取り巻く現状を如実にあらわしていると言えるだろう。
 また、これらスタッフのバックグラウンドは多様である。役員の場合、非営利団体・企業・大学関係者・主婦が多く、有給スタッフの場合は、民間企業での勤務経験者、公益法人、福祉団体やJAICA、他のNGO経験者も多いが、教員経験者、政府機関・地方自治体在職経験者もいる。また、宗教的背景も活動に携わる要因となっている(c: 35)。所属団体でのボランティア経験のある有給スタッフは、全体のおよそ3割、他団体でのボランティア経験者をあわせると4割以上がボランティア経験者である(c: 36)。
 スタッフの待遇について触れると、有給スタッフの就業規則や給与規定を設けている団体は全体のおよそ4割である。見直し中、移行期間中という団体もいくつかある。また、有給スタッフとの間に労働契約あるいは雇用契約を結んでいる団体は、有給スタッフを抱える団体全体の6割ほどである。さらに、手当を支給している団体の割合は、通勤手当支給については約3分の2、賞与は4割、退職金、扶養家族手当、住宅手当は2割?3割、超過勤務手当は1割である。また、「有給スタッフ」と言いながら、基本給を支給していない団体もある。その多くは非専従有給スタッフをかかえる団体であり、専従有給スタッフにも基本給を制度として設けていない団体もある。
 年収については、有給専従スタッフの場合150万〜400万円の者が半分以上を占め、150万円以下も4分の1ある。(有給専従とは言え、事務所を他団体や自宅においたりするなど、人件費を含む管理費を抑える場合がある。)有給スタッフの平均年収は250万円前後と考えられるが、実際は多数の低賃金の団体と、ごく少数の潤沢な団体という二重構造がある。
 以上から、国際協力NGOの課題の一つは、財源難のための人材確保の難しさであるといえる。根本的な財政基盤の脆弱さに加えて、多くの場合、寄付金や補助金を人件費や管理費に充当することを認めておらず、各団体とも充分な人件費を確保できていない。寄付金や補助金を人件費や管理費に充当できない一因として、社会一般に「自発的に特定の活動に取り組んでいながら何故報酬を得るのか」、というような抵抗感の存在があげられる。しかし、多くのNGO専従従事者にとって、主たる動機が報酬目的でないことは、低賃金で長時間の労働にもかかわらず、NGO活動に熱心に従事していることからも明らかである。同時に、定着率が低いという点が物語るのは、強い意思を持って取り組んでいても、安定した生活基盤がないまま国際協力活動に取り組むには限界があるということである。NGO専従従事者の待遇が改善されないことは、報酬を得ていないことが責任感の薄さにつながる場合がありうることや、団体にとって能力を持った人材を安定した状態で確保できないという問題を生みだしている(c: 39-40)。
 

1 2001年2月まで「NGO活動推進センター」という名称だったが、特定非営利活動法人の認証を受けたことに伴って、2001年3月から「国際協力NGOセンター(JANIC)」に改称。







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