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東京財団研究報告書2004-6 日本の近未来ビジョンと初等教育改革

 事業名 相互交流による国際ネットワークの形成及び政策課題研究等
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


5. 新しい初等教育の基本方針
 前述の問題点を踏まえると、新しい地域主権社会に求められる初等教育の基本方針は、次の五つに集約される。
 
(1)子供を甘やかさず、徹底的に基礎能力を鍛えあげること
 前掲の山下史路さんによれば、イタリアでは小学校から落第させるらしい。こと、勉強となれば徹底的にやらせるとのことだ。だからといって、落第者を軽蔑したり、冷たくすることはないそうだ。学校の勉強ができるというのは、人間のもつほんの一部の能力だという認識が社会にいきわたっているからである。
 とことん努力しても、自分は勉強に向かないと分かったら早い段階で別の進路を探すことになる。それが本人のためだと考えているのである。しかし、どんな職業をめざそうと「自分で考え、決断し、実行する方、すなわち人間として生きる力=学力」(九州女子短大平田トシ子教授)を身につけることは、21世紀を生きる市民にとって必要不可欠なものである。基礎能力の獲得に関しては手抜きせず、徹底的に鍛え上げなければならないのである。
 
(2)頭と心と体をトータルで鍛えること
 日本の学校の現場から文武両道という言葉が消えて久しい。勉強のできる子は、頭でっかちのひ弱な似非エリートになり、運動のできる子は考える力をもたない勉強音痴となるのが現状である。人間は身心相関的な存在であるから、一方に偏った教育はバランスを欠いた人間を誕生させることになる。
 例えば、プロ野球の世界に入ってくるようなエリート・アスリートも、勉強をまったくしなかった野球一筋の人々で占められている。そのため選手生活を終えた後、一般社会に溶け込むことが困難になっており、肉体労働に携わるか水商売を始めるか、いずれにせよ選択肢が限られてくる。
 一方、運良くコーチになってプロ野球の世界にとどまれた人も、考える力を身につけていないために、自分の経験を押しつけるだけで、科学的、合理的なコーチができない半端な指導者になってしまう。教わる側の選手も教条的に指導を受け入れるから、せっかくの才能を開花させることができなくなる。
 エスタブリッシュメントの世界に進んだひ弱な似非エリートは、利権ビジネスの世界に安住できる国内では何とか辻褄をあわせていられるが、したたかなパワーエリートが跋扈するグローバルな世界に行くと、途端に当事者能力を失い、してやられる羽目になる。このような悲劇を繰り返さないためには、頭と心と体をトータルで鍛える子育てと教育が必要となる。
 
(3)子供たちの個性を生かすことを最重視すること
 日本に住み、日本が大好きな野球評論家マーティー・キーナート氏は、自分の子供を日本の学校に通わせず、インターナショナル・スクールに行かせた。日本の学校は、子供たちのもつマルチな才能が開花する可能性を摘み取ってしまうと考えたからである。
 あるとき、寿司屋で若い親父さんから聞いた話が印象深い。彼は小学校から勉強ができなかったのだが、それに対し先生からまるで極悪人のようになじられ扱われたそうだ。大学に行ってサラリーマンになるつもりのなかった彼は、何で自分はこんな仕打ちを受けなければならないのかと悩んだそうだ。
 勉強のできる子もできない子もいっしょに教室に閉じ込めて同じ教科を教えるいまの同質的な偏差値教育は、できる子のやる気を阻害し、できない子を不登校生や不良に育てるシステムに堕している。
 もちろん、小学校4年生ぐらいまでは、徹底的に生きる力を身につけさせる基礎的な勉強を強制してでも体得させるべきである。しかしそれ以降は本人の適正を見極め、多様な進路が歩めるような仕組みを創るべきだろう。例えば、大工志望の子供は、小学校5年生頃から修行に通いながら勉強も継続できる仕組みが必要となる。
 精神分析学の岸田秀氏は、義務教育は読み書きの基礎ができる小学校4年生まででいいとラディカルな問題提起をしているが、一考に値する。
 
(4)自律した市民として生きることを学ばせること
 日本のサラリーマン、とりわけ大多数の男性は会社人間として生きており、市民として生きていない。そのため、市民が何を求められているかを先鋭に感じとる能力を欠き、企業人として生きていくことも難しくなるという逆説が生じている。
 彼らは、企業に入って急に市民であることを止めたわけではない。幼い頃から地域社会の一員、自律した市民として生きてこなかっただけなのである。学校と塾に通い、それ以外は家の中に閉じこもって受験勉強やゲームに明け暮れる毎日では、とても、自律した市民意識など涵養されることはない。
 この間、必要なものは全て親がかりであり、勉強に関しても親が敷いたレールの上を走ってきただけである。求めるものは何でも与えられるという条件のもとで成長した人間が、自前で目標を定め、主体的に行動する気概をもつことなどありえない。21世紀のわが国にとって最大の政策課題は、自律した市民づくりなのである。
 
(5)自然の中で生かされていることを体得させること
 田舎で育って都会にやってきた団塊世代までは、自分たちが自然の中で生かされていることを知っている。しかし、彼らの子供である団塊ジュニアは田舎を知らず、とくに自然が好きなわけではない。その子供たちが、彼らの手でまったく田舎を知らない都会っ子として育っことを考えると慄然とする。
 水源上流地域である田舎(=里山地域)が荒廃すれば、自然災害が多発し、都市の存立も危ぶまれる事態となる。もはや、強制的でも、子供たちが田舎と自然に触れ合う仕組みを作り、生き物として自然の中で生かされていることを教えなければならない。
 例えば、4月から9月までの農繁期は祖父母(団塊世代)の住む里山に定住し、農作業を手伝いながら里山で生きる知恵について学習させ、残りの半年、農閑期には、両親(団塊ジュニア)の住む都市に定住し、とことん考える力を身につけさせるのである。これぐらい極端なシステムを導入しなければ、日本人の生きる力は急速に枯渇していくことになるだろう。
 
6. 具体的方策その1「基礎能力」
 脳力を鍛える基礎能力として、初等教育で重視するのは「読み、書き、算盤=計算能力」である。福沢諭吉が『学問のすすめ』の中で、その重要性を説いたのも、こうした実学が身分に関係なく個々人が独立するために必要不可欠な能力だと考えたからである。
 しかし、この分野は、71年の指導要領の改訂以後一貫して削られてきており、それが近年の学力低下の要因にもなっていると考えられる。いずれにせよ、この領域は、知の基本骨格を鍛えるものであり、時代を超えて初等教育の根幹をなす部分だと考えられる。
 ただし、これまで、この領域でなおざりにされてきた部分がある。それは、「話す」ことである。自分の主張を論理的に表現し、話すという側面は、この国では極めて弱かったといえる。読み、書きの蓄積が話すことの基礎だという位置づけがあったからだ。
 しかし、自分の主張を明確に掲げ、第三者を説得するという話す技術の習得が、この国の国語教育の領域でなおざりにされてきたのも事実であろう。そこで、21世紀の初等教育の基礎能力は、「読み、書き、話す、算盤」とした。
 さらに、基礎能力として心と体の鍛錬と、お金との付き合い方を含めた生活の科学の二つを付け加えた。
 
(1)読み
 かって、柳田国男は、国民が選挙権を大切に用いるためには「国語」の力をつけるしかないといったそうだ。これは、国語が考える力をつけるもっとも大切な学習だという認識にもとづいているものと考えられる。
 また、「私たちは、ある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは国語だ。それ以上の何ものでもない」というシオランの言葉もある。いずれにせよ、日本語を大事にして、読み、書き、話す訓練を徹底していくことが初等教育の根幹である。
 読むことに関しては、「自分で本を読ませる」、「読んで聞かせる」、「声を出して読ませる」の三つの方法があるが、順序としては、読んで聞かせる、声を出して読ませる、読書の習慣をつけさせるということになるだろう。
 二松学舎大学の緑川祐介教授によれば、子供は3歳で平均1千語の言葉を覚えるそうだ。3歳から5歳で自我を確立し、中学生から高校生にかけては、約2万語の言葉を駆使できるようになるという。
 だとすれば、7歳から始まる初等教育以前に、国語教育をスタートさせる必要がある。家庭と保育園・幼稚園の役割が重要であり、その延長線上にある小学校教育との有機的連動が求められる。幼児期につくられた基本回路の上に初等教育が積み重ねられていくからである。
 国語学者の金田一春彦氏も次のように幼児期の家庭における国語教育の重要性を指摘している。「言葉を覚えるのは何といってもまず家庭です。敬語も、親が使っているのを聞いて自然に覚えていく。相手を思いやる表現を沢山聞いて育つ子は、思いやりをもった子になる」
 このような前提に立つと、とりわけ重要なのは、育児中の母親の役割だ。子供に絵本を読んで聞かせるなど良い習慣をつけることが大事になる。それによって、子供の想像力がかきたてられ、彼らの心と世界も広がることになる。
 子供と良書との出会いのきっかけも、この読み聞かせである。世界から質の高い民話や童話を選び、美しい日本語で母親が朗読し、読み聞かせる習慣のもとで育った幼児の未来ほど楽しみなものはない。
 小学校における「読み」の授業としては、教育学者の斉藤孝教授(明治大学)が唱えるように、名作を声に出して読ませることを重視すべきである。
 声に出して読むことの先ず第一の効用は、記憶力が高まることである。2002年8月都内の民間研究所で小学生10人に童話を2分間声に出して読ませ、その後で記憶力テストを実施したところ本を読んだ後では、何もしなかったときに比べテストの成績が一〜二割アップしたという。
 学習院大学の田島義博教授も、素読によって内容をそらんじる努力をすることが、勉強の導入部として有効だと、次のように指摘する。すなわち、「名文(この場合、論語)の意味を理解する段階になって、体にしみ込ませたリズムと視覚があいまって、覚えるスピードも量も、素読をやっていない人とは格段に違ってくる」というのである。
 読ませることは、単に記憶力の向上に役立つだけではない。斉藤教授によれば、朗読暗唱することで名文の言葉のリズムが身体にしみ込み、深い理解と感性が養われ、心も身体も筋の通ったものになるという。
 どんな名作を読ませるべきかについては、斉藤教授は、「すごみ」があり、「あこがれ」を喚起し、読み手の顎を鍛える硬くて滋養のあるものを読ませるべきだとし、漱石や鴎外、シェークスピア、トルストイなどを挙げる。これらの名作は一見小学生には難しそうだが、すべて理解できなくても面白く、迫力のある文章は子供の心身に深くしみ込んでいくという。
 いまのように、子供の理解力にあわせ、やさしい熟語や言葉を使って歯ごたえのない文章ばかり読ませると、子供の読解力や感性が育たず、子供は世の中をなめてしまう。大学生の読書量が減っているのも、これが原因であると彼は指摘する。「読み」に関しては、斉藤流を徹底して実行してみるべきだろう。







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