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第6章
大学でのカリキュラムの事例的検討
 本章では、今回の大学対象の調査の結果、今後、他大学が教職科目の中に障害児教育関連科目を設定する際、参考となると思われた2大学の事例を取り上げ、検討することにする。2大学共に教員養成系の国立大学であり、最初の事例はすでに実施されているものである。2つ目の事例は、平成16年度より実施することが決定しているカリキュラムである。
 
1. X大学における教職必修科目「障害児の発達と教育」の事例
 X大学教育学部の一学年の学生定員は、教育系590名、教養系475名の計1025名である。実際の在籍学生数は、平成15年度現在、1年生が教育系631名、教養系536名の計1167名である。そのうち、教員免許状取得志望者は、毎年の卒業時の教員免許申請者数が約1000名であることからみて、ほぼ同数にのぼるものと推測される。このうち、障害児教育教員養成課程の学生を除く学生数が、必修化された授業科目「障害児の発達と教育」を履修することになっている。以下、その経緯と具体的内容をみてみることにする。
 X大学では、第1章で述べた教育職員免許法の改正受けて、平成11年に学部改組委員会・カリキュラム検討ワーキンググループがカリキュラムの再編成に着手した。我が国における障害児教育への関心の高まりと、従来の特殊教育であつかわれてきた障害児・障害児教育という枠が、小中学校の通常学級において教育されている児童生徒への現実的な拡がりを示していることから、障害児の理解と教育方法等がすべての教師に求められる意義を見いだした。一方、X大学の障害児教育講座と特殊教育研究施設の教官(以下、障害児教育関連教官とする)より、かねてからすべての教師を目指す学生に対する「障害児教育の授業科目必修化」を求める趣旨のものが、大学側に提案されてきた。しかし、これまでは障害児教育関連教官数の少なさと教員免許申請をおこなう学生数に隔たりがあり困難さがあった。平成12年度の障害児教育教官数は25名、一学年あたりの免許取得予定学生数が約1000名であることを受け、授業科目の開設ならびに必修化を実現させることが可能となった。そこで、学部改組委員会・カリキュラム検討ワーキンググループでX大学におけるすべての免許取得希望者(教育系学生は卒業要件、教養系学生は免許取得希望者のみ)への「障害児教育関連」の授業科目の必修化と開設が検討され、その必要性の高さから平成12年度のカリキュラムにおいて実現された。授業内容・シラバスについては、障害児教育講座ならびに特殊教育研究施設における「授業開設準備委員会」により検討された。学部改組委員会・カリキュラム検討ワーキンググループより、カリキュラム編制手続きのなかで、他の授業とのかねあいから、2単位による前・後期あわせて8枠(各期4枠)の授業の開講、対象学年を1年生とすることが要請され、授業のねらい・目標、授業形態、内容、スケジュールなどを検討し、ほぼ同一の内容と授業形態を担当教官がおこなうことを確認した。そして、シラバスつくりの過程のなかで、受講学生に基本的な障害児の理解と対応を習得させるために、障害児教育における教育学(教育の歴史、制度など)、教育心理学(理解、指導法など)に加え、生理学、福祉学などの学問領域から教育現場の現代的なニーズに応じた内容が構成された。また、障害種別については従来の特殊教育のなかで分類されていた視覚、聴覚、言語、知的、情緒、肢体不自由、病弱及び身体虚弱の障害に加え、重症心身障害(重度・重複障害)、LD、ADHD、アスペルガー症、高機能自閉症などの軽度発達障害を含めることとした。特に、受講対象の学生は、通常教育における教師志望の学生が多いことが推測され、通常学級に在籍する軽度発達障害について、その理解と対応を具体的に指導することを申し合わせた。また、授業をすすめる上で、1年生が主に履修すること、半期2単位の授業であることから、基本的・初歩的な内容を精選し、幅広く障害児教育について講義することに力点がおかれた。表6-1は、「障害児の発達と教育」のシラバスの内容を示したものである。多くの障害種について、多角的に重要な事項を取り上げていることが伺われる。
 また、受講学生の障害児やその教育への理解をすすめるために、ビデオ教材などの使用により実際の障害児の様子や対応の方法などの学習、白杖やアイマスク、車椅子などの用具を用いて疑似体験をする学習の機会などを豊富に提供することに留意した。
 なお、上述の通り、「障害児の発達と教育」は年間で8枠設けられているため、同一の教官が8枠のすべてを担当することは負担上困難であった。そこで複数の教官が担当することとなった。そのため、担当教官により内容が異なることが懸念された。しかし、本科目用の教科書を担当教官が中心となって作成し、それに基づいて授業を行い、内容の統一化を図っている。現在、平成16年度用に第3版を作成中である。
 以上のような形態を採っているX大学のカリキュラムの事例は参考にすべき点が多いといえよう。
 
表6-1 X大学における教職必修科目「障害児の発達と教育」のシラバス
■授業科目名: 障害児の発達と教育(2単位)
■学年: 1年 ■開設学期: 前期 ■授業形態: 通常 ■教室: ○室
■ねらいと目標: 近年、学校教育においてインクルージョン(共学・共生)という理念が注目され、浸透しはじめている。そのような流れの中で、すべての教師は健常児ばかりでなく、障害児、特別な教育的ニーズをもった子どもたちについても理解することが求められるようになった。本講義は、様々な障害について幅広く、かつ正しく理解することを目的とする。
■内容: 各障害について、教育、心理・生理、福祉の観点から問題を整理し、解説する。
■テキスト: 『障害者の発達と教育・支援−特別支援教育/生涯発達支援への対応とシステム構築−』(山海堂)その他、授業中に紹介・指示する。
■参考文献: テーマに応じて紹介する。
■成績・評価: 試験と出席状況によって評価する。
■授業スケジュールまたは教育項目:
1. オリエンテーション
2. 障害児教育の歴史
3. 統合教育と特別ニーズ教育
4. 視覚障害の教育、生理・心理、福祉
5. 聴覚障害の教育、生理・心理、福祉
6. 知的障害の教育、生理・心理、福祉
7. 自閉症の教育、生理・心理、福祉
8. 肢体不自由の教育、生理・心理、福祉
9. 言語障害の教育、生理・心理、福祉
10. 重症心身障害の教育、生理・心理、福祉
11. 情緒障害の教育、生理・心理、福祉
12. 軽度発達障害の教育、生理・心理、福祉
13. 病弱・身体虚弱の教育、生理・心理、福祉
14. まとめ
15. 試験
 
2. Y大学における教職科目「障害児教育概論I」の事例
 Y大学では、平成3年度より、「幼児、児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」の中に「幼児障害児教育原理」という科目を2年次対象として設定している。時間配分は幼児教育と障害児教育が7コマずつであった。しかし、選択科目であるため、平成15年度の受講者は11名であり、全2年次生160名の1割に満たない状況であった。また、11名の内、10名は幼児教育専攻の学生であり、障害児教育を学びたいというよりも、自分の専門である幼児教育に関連する授業であるので受講したのではないかと推察された。
 しかし、第1章で指摘したような障害児教育の流れを考えると、今後は、すべての教員が障害児教育に関する知識、技能を修得することが不可欠であると考え、Y大学の障害児教育担当教官が、平成16年度より「障害児教育概論I、II、III」という3科目を「幼児、児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」に設定することを教務委員会に提起した。そこでは、Iを1年次必修、IIを2年次選択、IIIを3年次選択として設定し、1年次ではすべての学生が障害児教育についての最低限の知識・技能を習得することを目的とし、障害児教育について関心のある学生はII、IIIで段階的・発展的に学習できるように配慮しようとするものであった。1年次で必修としようとしたのは、Y大学では1年次で介護等体験を実施しているため、その事前・事後もその中に含めようとするねらいがあったためである。
 障害児教育担当教官の原案は以上の通りであったが、「障害児教育概論I」を必修とするのは他の科目との関連上難しい点があるとの指摘を受け、選択として設定することになった。しかし、「障害児教育概論I」に関する上述の趣旨の重要性は大学全体として十分に認識してもらうことができ、「選択」というかたちではあるが、シラバスに「介護等体験を行う者は履修することが望ましい」と明記することになった。また、時間割上も特別な事情がない限り授業を開講しないことになっている(大学の会議の日に充てられている)水曜日の午後の時間帯に設定し、他の科目と重複しないようにした。このような形式を採れば、「必修」ではないが、実質的にすべての学生が「障害児教育概論I」を履修することが期待される。
 ただし、この形式を採っても、「選択」である以上、第3章で指摘した法令違反であることには変わりがないので、カリキュラム上「必修」として位置づけることがY大学の課題である。
 しかしながら、介護等体験と連結させ、「障害児教育概論I」をすべての1年次生が受講できるようなシステムを構築した点は他の大学の参考になると思われる。Y大学では、この点を踏まえて、実際の授業では、現場の学校教員等を外部講師として招くことを計画し、大学側が平成16年度の非常勤講師の枠をすでに認めている。これを受けて、来年度のカリキュラムが出来上がりつつあり、表6-2に示すのはその原案である。実際の内容は、学校現場の教員が講師となるため、人事異動が終わった新年度の4月以降となるが、基本的枠組みは変わることはないようである。全14コマ(1コマは試験日)の内、6コマを大学の教官が担当し、残りの8コマを現場の関係者が担当するかたちを採り、理論と実践のバランスを図ろうとしているところに特徴が見られる。
 また、「障害児教育概論I」に加えて「障害児教育概論II、III」を選択ではあるが2、3年次生を対象として設定しているのも特徴的である。第4章の受講生の調査からもわかるように約3分の1の学生がさらに障害児教育を学習したいと感じており、障害児教育に対する意欲・関心がある学生が、より専門的な学習ができるようなカリキュラムになっている。
 平成16年度以降の成果が注目される実践例であるといえよう。
 
表6-2 Y大学における教職科目「障害児教育概論I」のシラバス
第1回 障害児教育システムの概要(大学教官)
第2回 視覚障害児の教育(大学教官)
第3回 盲学校の教育の実際(盲学校の教員)
第4回 聴覚障害児の教育(大学教官)
第5回 聾学校の教育の実際(聾学校の教員)
第6回 養護学校の教育(大学教官)
第7回 知的障害児教育の実際(知的障害養護学校教員)
第8回 肢体不自由教育の実際(肢体不自由養護学校教員)
第9回 病弱養護学校の教育(病弱養護学校教員)
第10回 軽度発達障害児の教育(大学教官)
第11回 障害者の目から見た現在の教育・社会(障害のある方)
第12回 施設における障害者(障害者施設職員)
第13回 施設における介護等体験のあり方(社会福祉協議会職員)
第14回 まとめ−障害児・者をめぐる社会のあり方(大学教官)
第15回 試験







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