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第7章まとめ
1. 本研究の問題意識と構成
 近年、学校現場におけるノーマライゼーション理念の浸透に伴い、小中学校の通常の学級にも、障害児が在籍するようになってきている。また、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)の問題が多方面で取り上げられるようになってきている。さらに、平成15年度から、従来、盲聾養学校に就学していた障害児が小中学校の通常の学級に就学することが可能となった。加えて、新学習指導要領により、小・中・高等学校での交流教育が推進されている。
 このような状況を考慮に入れると、今後はすべての教員が様々な障害に関する知識、技能を修得することが必要になってきているといえる。しかし、教職科目の中に障害児教育関連科目を必修としている大学は少なく、量的・質的に不十分であるのが現状である。
 本研究では、このような問題意識に基づき、教員免許状取得可能な大学学部のカリキュラムの実態を把握すると共に、教官及び学生の意識を探り、その上で、現状の問題点を洗い出し、障害児教育関連科目を大学のカリキュラム上にどのように位置づけるべきかについて、今後の方向性を提示することを目的とした。
 本研究の主目的は、大学において、教員免許状希望学生に対して障害児教育関連をいかなるかたちで設定すべきかについての知見を得ることであった。それ故、本研究の支柱は第3章にあった訳であるが、単に大学対象の調査だけではなく、(1)教員免許状希望大学生が入学時において障害児者の問題について、どのような知識や意識を持っているのか(第2章)、(2)障害児教育関連科目を受講した学生がどのような受講後、どのような考えを持つようになったか(第4章)、(3)教員が大学における障害児教育関連科目の設定についてどのような考えを持っているのか(第5章)、についても把握し、それらを踏まえて大学におけるカリキュラムを検討することが重要であると考えて、調査に加えることにした。
 
2. 結果のまとめ
 第2章の、大学入学時における大学生に対する調査では、全体的にみて、大学生の障害児に関する意識や関心や理解は、相当高まっているという傾向が察知された。また、この傾向は、男子より女子の方に強く認められた。これらは、近年のノーマライゼーションの理念の浸透などの影響によるところが大きいと思われる。その一方で、障害種別により知識や理解のレベルに差が見られたり、ほとんど情報が伝わっていない事柄もあることが明らかにされた。大学の教職科目において、障害児教育関連科目を設定する際には、これらの点を踏まえる必要があることが指摘された。
 第4章の障害児教育関連科目を受講した学生に対する意識調査では、障害児教育に実際に携わりたいと考えている学生は3分の1程度であるが、障害児教育に対してはかなりの学生が関心を持っていることが明らかになった。また、障害児教育が必修であることについて、ほとんどの学生が必要であると考えており、より深く学習したいという学生も3割近くあり、障害児教育関連科目の履修により、障害児教育への意識・関心が高まったことが看取された。
 第5章の教員に対する調査では、全体的に、教員は障害児教育に関して大学で障害児教育関連科目の履修の必要性を感じていることが明らかにされた。教員のほとんどが、大学時代に障害児教育関連科目を履修してこなかったという事実と合わせてみると、現在、現場の小中学校の教員が障害児と関わらざるをえなくなっている状況であるのに対して、自らが障害に関する知識、技能を持ち合わせていないことに苦慮している様子が伺われた。内容としては、障害児教育の全体的な幅広い知識の上に、障害児の具体的な指導に関することを必要と感じている傾向がみられた。
 このように学生、教員については、全体的に障害児教育に対する意識・関心の高さが察知された。
 しかし、第3章の大学に対する調査では、「幼児、児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」において障害児教育関連科目を必修化しなければならないとする規定に厳密に従うと、約4分の3の大学がこの規定を遵守しておらず、特に、小学校課程がない大学においてこの点が顕著であることが明らかとなった。また、科目が設定されていても、一部で障害に関する内容を扱う科目が全体の4分の3以上を占めていた。また、一部で障害に関する内容を取り扱っている科目の、障害の内容に配分されている時間が2割以下という科目が6割近くあり、量的・質的に不十分な状況であることが認められた。このような実態にも関わらず、見直し作業を行っていない大学や、現状で良しとする大学もみられた。
 その一方で、第6章で取り上げたような先駆的な取り組みを実施している大学も多くみられ、教職科目における障害児教育関連科目の設定に関しては、意識の高い大学と低い大学に二極分化している傾向が認められた。特に後者は小学校課程がない大学に多い傾向がみられた。
 
3. 提言
 以上の結果を踏まえて、文部科学省と大学に対して以下の提言を行いたい。
 
(1)文部科学省
1. 教育職員免許法における義務規定の周知徹底
 本研究の結果、平成10年の改正により教職科目の「幼児、児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」に障害に関する内容を必修として設定しなければならないことになったにも関わらず、この点を認識していない大学が相当数あることが明らかにされた。文部科学省は今回の結果を踏まえて、各大学に対して、教職科目のカリキュラムを検討するよう指導する必要がある。特に、中学校又は高等学校の課程認定しか受けていない大学にこの傾向が強くみられたので、特に留意する必要があると思われる。
 
2. 教職科目又はカリキュラム全体の中で障害に関する内容を扱った場合の代替措置
 1.で大学への指導の徹底を提言したが、大学対象の調査の結果、障害関連科目を設定していない大学の自由記述に、「担当教官がいない」、「カリキュラム上時間がない」といった回答がかなり見られた。また、障害関連科目の内、「発達・学習の過程」以外に設定されている科目が過半数を越えていた。
 教育職員養成審議会で検討された際は、教職科目が科目過多にならないように「発達・学習の過程」に( )付きで障害に関する内容を含むこととした。確かに実際に教育現場に出た際には、「発達・学習の過程」における講義内容が有効であることは十分に理解できる。しかし、例えば、障害児教育の歴史、制度、理念、福祉等に関する内容であっても、障害児教育に関わる内容を聴講することは、教職を目指す大学生にとっては、極めて重要である。
 「発達・学習の過程」において障害関連科目を設定することに種々の点で困難を感じている大学があることを考慮に入れれば、教職科目全体の中で、さらには大学のカリキュラム全体の中で障害児教育関連科目を必修として設定していれば、「発達・学習の過程」の中に障害に関する内容を必修として含めなければならないという要件を満たしているとみなせるなどの代替措置を認めてみてはどうであろうか。大学側も、カリキュラム全体の中での障害児教育関連科目の設定であれば、現在よりも柔軟な対応を検討できるようになると考えられる。
 
3. 教職科目における障害に関する科目と介護等体験との連接
 障害に関することがらについては、平成10年度入学生より、介護等体験が義務づけられている。この介護等体験については、「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律」(平成9年法律第90号)の第3条(3)項において「大学及び文部科学大臣の指定する教員養成機関は、その学生又は生徒が介護等体験を円滑に行うことができるよう適切な配慮をするものとする」とされており、大学側の配慮の必要性が指摘されている。さらに、平成9年11月26日の文部事務次官通達「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律等の施行について」(文教教第230号〉の3「留意事項」の(2)「受入の調整等について」の(5)においては、「大学等においては、介護等の体験に必要な事前指導の実施に格段の協力を願いたいこと」とされ、事前指導について言及されている。
 しかし、いずれも各大学への協力の要請というレベルに留まっており、介護等体験に関わる指導を義務づけたり、介護等体験に関わる科目のカリキュラム上への位置づけにまでは触れられていない。そのため、各大学の対応は様々であり、各大学の自由裁量に委ねられている部分が多い。事実、平成15年4月に文部科学省初等中等教育局教職員課が出した「介護等体験の実施について(参考資料)」は、その対象は大学生であり、大学に対してのものではない。また、そこでは、「大学・短大には、皆さんに対して、介護等体験に必要な事前指導をしていただきたい旨を既にお願いしてあります」、「事前指導の内容・方法は大学・短大により様々でしょうが・・・」といった記述にみられるように、その介護等体験の内容は大学に全く任せてしまっている状況である。そのため、事前の指導が不十分となり、受け入れ学校・施設・機関からの苦情が出るケースも多いといわれている。
 今後は、「介護等体験」に関わる事前指導の科目を最低2単位分、教職科目の中に位置づけ、介護等体験の実施の要件として、この科目の履修を義務づけることを制度化することを検討する必要があると思われる。実際、大学対象の調査で、「「発達・学習の過程」には障害関連科目が設定されていないが、介護等体験に関連する授業を設定しているので、現状で満足している」といった自由記述の回答がみられている。介護等体験の事前指導と教職科目における障害児教育関連科目の連接がカリキュラム上必要である。その意味で、第6章のY大学の事例はまさにこの形態を採るものであり、今後こうしたシステムを国として基準化することも今後の方策の一つであると考えられる。







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