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2.3 Y(RE)系線材
まえがき
 YBa2Cu3O7+δ(通称Y(イットリウム)123)が、高い臨界温度を有する超電導特性を示すことが1987年に米ヒューストン大学のP.Chu教授らにより発見された。この後Y元素をNd、Sm、Tl、等の希土類元素(RE:Rare Earth元素)に変えても高い臨界温度を有する超電導性を示すことが続々と判明した。現在最も高い臨界温度を有する物質はHgBa2Ca2Cu308+δ(Hg1223)で135Kということになっている。
 2.1で説明したBi系超電導体は1998年に発見された。発見者は当時金属材料技術研究所に勤務していた前田弘氏である。現在、高温超電導線材と言えば代表的にBi系とY系を指し、Bi系を第一世代の高温超電導線材、Y(RE)系を次世代または第二世代の高温超電導線材と呼んでいる。発見がBi系の方が後にもかかわらず第一世代と呼ばれているのは線材化技術がY系のそれよりも先行しているからと思われる。
 Y系物質もBi系と同様に電気伝導特性は極端な方向異方性を有する。図2. 3. 1にY系物質の結晶構造を示した。
 
図2.3.1 YBa2Cu3Oの結晶構造
 
 電流はc軸方向には流れ難く、ab面内では流れ易いという性質を持っている。但し、Bi系物質と異なり、ab面内でも各結晶のa軸とb軸の方向が揃っている方が電流は流れやすい。特にCuとOが作る面に流れやすい。従って、ほぼ擬単結晶のようになっている必要があり、そのため線材化技術がBi系よりも遅れている。
 擬単結晶を線材という形で長尺作るために色々な方法が考えられているが、その構造は図2.3.2に示すような4層構造をとることが一般的で、この構造を基本に日・米・欧が線材の長尺化開発競争に凌ぎを削っているのが現状である。
 
図2.3.2 Y系線材の構造
 
 4層構造の最下面の材料は、線材に機械的強度を持たせるために、Ni合金またはステンレス鋼を用いることが多い。これらは多結晶無配向である。その上に先述のY系材料の擬単結晶を積層できることが望ましいが、それは不可能で、基板と超電導層の間にある程度配向した中間層を作成し、中間層の上にエピタキシアル成長により超電導擬単結晶を作成し、最上面には保護のため銀を被覆する。中間層は、Gd2Zr2O7を基板上にスパッター法などで蒸着するが、このとき同時に基板表面斜方からイオンを照射すると、Gd2Zr2O7結晶の配向が揃うことを(株)フジクラの研究者が見出し、現在この方法が最も有力とされている。この斜方からイオンを照射することをIBAD(Ion Beam Assisted Deposition)と呼んでいる。但し、IBAD法では膜生成に時間がかかり、実用的でないと思われていたが、最近、超電導工学研究所でIBADを援用したGd2Zr2O7の薄い膜の上にCeO2を蒸着することにより、配向度がさらに改善されることが見出され、Gd2Zr2O7膜は極めて薄くても良質の中間層の生成が可能となった。
 中間層の上に積層する超電導膜は、パルスレーザー法(PLD)や、電子ビーム蒸着あるいは化学的にゾル・ゲル法または化学溶液法(MOD)など様々な方法が試みられている。
 わが国では、NEDOを通して、経済産業省より(財)国際超電導産業技術研究センター(ISTEC)及び住友電工(株)、(株)フジクラの三者が連名で受託している「超電導応用基盤技術研究開発」プロジェクトが進められており、ここではY系線材を平成17年度までに200m、プロジェクト最終年の平成19年度には500mの長尺線材製造技術の確立を目標としている。現在のところ、中間層は既に100mの製造に成功しており、その上に超電導層を積層した線材も50mは試作されている。
 超電導特性に関しては、温度77K、自己磁場において臨界電流密度がMA/cm2クラスを定常的に出せるようになってきている。
 図2.3.3にY系線材のJc-B特性を示す。この図で、横軸は外部から超電導体に印加した磁場、縦軸はその印加磁場下で流し得る臨界電流密度を表す。
 この図から明らかなように、Bi系線材に比べて臨界電流の磁場特性が優れていることと、液体窒素温度よりも冷却温度を少し低くすると臨界電流値の低下度合いが磁場の増加に対して緩やかになっていることが分かる。
 従って、とりわけY系線材は高磁場利用においてより高い効果を発揮する。また、液体窒素を冷凍機により過冷却することによって温度67K程度までは簡単に冷却できる技術も存在するので、Y系線材が実用化されると冷媒として液体窒素を使用した舶用電動機が実現可能となる。
 Y系線材の機械的ひずみ特性の実験結果は未だそう多くはないが、圧縮ひずみで1%、引っ張りひずみで0.5%で臨界電流値の劣化が生ずるといわれている。
 
図2.3.3 Y系線材のJc-B特性の温度依存性
 
 Y系線材(日本では次世代線材、米国では第2世代線材またはCoated Conductorと呼んでいる)のコストを現時点で見通すことは困難である。その理由は、量産時における製造方法が確定していないためである。先述したように、基板、中間層、超電導層等の材料や作製方法に対して種々試みられており、どの材料や作製方法が本命であるかにより、コストは異なってくる。しかし、製造者側の理由によりコストを決めても市場に浸透させることは難しく、使用者側との折り合いによりコストは決まってくるものと考えられる。同様に、どのような分野に適用するかによっても市場に受け入れられるコストは変わってくる。例えば、産業用モーターのように技術的に充分成熟した製品で低コストで市場に受け入れられているようなものに対しては、冷却設備を入れてなおかつ銅線のコストと競合しなければならないが、都市の地下に埋設されている電力ケーブル等と比較すると、洞道を新設するよりは、流し得る電流値が3倍以上も大きい超電導ケーブルを用いて、既存の管路を活用する方が費用は少なくて済むので、超電導線材のコストはそれなりに高価であっても受け入れられると考えられている。モーターに話を戻すと、ポッド型電気推進船に超電導モーターを使用するという前提であれば、現在、欧米で活発に進められて電気推進船に使用されるモーターとのシステムとしてのコスト比較が必要である。
 とはいうものの、現在、予測されているY系線材のコストは以下のようである。
 以下、米国における高温超電導のベンチャー企業であるAmerican Superconductor社(ASC)のCEOであるYurek氏が量産時におけるコストを試算したものである。
 それによると、$10/kA・m〜$25/kA/m($10/kA・mは化学溶液法等の非真空プロセスで製造した場合で、IBADやPLDの方法を採用した場合は、真空プロセスということになるので、コストは上昇する)。
 一方、わが国においては、先述のNEDOを通してISTEC等が経済産業省から受託している、次世代線材開発プロジェクトの最終年度である平成19年度には\8/A・mから\12/A・mを目指している。
 超電導線材のコストは$(または\)/kA・m(または$(\)/A・m)で表現する。これは、1kA(または1A)流し得る線材のlm当たりの価格を意味する。
 なお、ASC社の予測では、図2.3.4に示すように、高温超電導線材の第1世代(1G、Bi系)と第2世代(2G、Y系)とではコストと生産量はここ数年以内に逆転するとの見通しをもっている。
 
図2.3.4 
ASC社が予測する第1世代(Bi系)と第2世代(Y系)
線材のコストと生産量
1G Wire will be the "work horse" of the industry for the next 3-4 years
 
 米国では国立研究所(Oak Ridge、Argonne、Los Alamos、Brookhaven等)が活発に開発を進めており、民間ではAmerican Superconductor社(ASC)及びInter Magnetic General社(IGC)が中心になって進めている。Y系線材の長さは10m程度の長尺化に成功している程度であり、長さの点では日本に一日の長がある。しかし、米国では数年前に次世代線材の開発を加速するための計画を公表した。これはACCI(Acceleraterd Coated Conductor Initiative)と呼ばれるもので、下図に示すように、市場投入時期を当初計画より3年早めた。米国における送電網の整備を狙ったものである。
 
図2.3.5 米国における次世代線材開発加速計画
 
 これを受けて米国のASC社は昨年、次世代線材の市場投入を3〜4年以内に実施すると発表している。そのためにDOE及びDODから装置導入のために約$10Mの予算がつけられている。
 欧州では大学が中心となって開発が進められており、特にGottingen大学で長尺化の開発が行われている。SUSテープ上に、中間層をIBAP法で超電導層をPLD法を用いて、10m級線材で1cm幅のテープ形状で225Aクラスの線材が開発されている。しかし、欧州では全体的に開発は低調である。







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