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2.2 MgB2線材
 
2.2.1 製法と特性
 MgB2は、酸化物超電導体と異なって結晶粒間のいわゆる弱結合の問題が存在しないとされており、結晶方位を揃えてやる必要はない。この点で配向化が必須な高温酸化物超電導体と比べて実用上有利であると考えられる。また、原材料の価格が低いこと、比較的簡便な線材作製法が適用できること、などもMgB2の利点である。MgB2においても、線材化法としては、粉末を金属管に詰め込んで加工をするPIT法が最も一般的である。PIT法によるMgB2線材作製法には、大きく分けて二つの方法がある。その一つは、MgとBの混合粉末を金属管に詰めて加工し、熱処理によってMgB2を生成する方法であり、in-situ法と呼ばれる。もう一つは直接MgB2の化合物粉末を金属管に詰めて加工するものであり、これはex-situ法と呼ばれる。いずれの方法によっても、最近では100m級の線材が作製されるようになってきている。
(1)MgB2粉末を用いる作製法(ex-situ加法)(9)
 ex-situ法では、通常市販のMgB2粉末が使用されている。金属管としては、熱処理温度において、MgやBと反応しない金属でなければならない。ただし、ex-situ法では、熱処理をしなくても加工しただけでかなり高いJcを得ることが可能であり、この場合はMgB2との反応を考慮する必要がないために様々な金属管が使用可能である。金属管としては、ステンレス(SUS 316)、炭素鋼(Fe-0.45wt%C)、純鉄(Fe)、Ni、Cu-Ni合金、ならびに純Cuなどが用いられるが、ex-situ法によって線材を作製する場合は、MgB2粉末の重点密度が非常に重要であり、硬い金属管を使って強加工すると充填率が向上して高いJcが得られる。ただし、強加工するとMgB2結晶格子に歪が導入され、Tcが2〜3K低下する。
 Jcは用いた金属管(シース材)に大きく依存する。図2.2.1には、種々のシース材を使って作製した加工直後の単芯テープの、4.2KにおけるMgB2コア当たりのJcの磁界依存性を示す。また炭素鋼シースを用いた場合の、アニールをした後の特性も示す。磁界はテープ面に平行にかけている。これより、シース材の硬度が高くなるに従ってJcが向上することがわかる。このシース材の違いによるJc値の違いはMgB2粉末の充填率の違いによると考えられる。すなわち、ステンレス管やFe-C管は機械的硬度が高いので、冷間加工中により高い圧力がMgB2粉末にかかり、高い充填率が実現してJcが向上すると考えられる。このように、熱処理を行わないMgB2線材作製法においては、金属管の硬さが重要な因子である。
 このように、MgB2化合物粉末を使う方法では、加工後に熱処理をしなくてもかなり高いJcが得られる点に特長があり、実用上有望であるが、熱処理を施すと更にJcは向上する。アニールによってJcが向上するのはMgB2粒同士の結合がより強固になるためと考えられる。また加工後熱間静水圧プレス(HIP)を行うと、さらにJcが向上するという報告もあり、これはHIP処理によって高密度の欠陥が導入され、これらがピン止め点となっているためとされている(10)
 ex-situ法によるMgB2線材においては、MgB2原料粉末にInなどの低融点金属粉末を10体積%程度添加することで、かなり大幅なJcの向上を得ることが可能となる(11)。また加工途中において、200℃で10時間の熱処理をするとIcはさらに向上する。透過電子顕微鏡による組織観察の結果、InはMgB2結晶粒間のギャップを埋めるように分布している。これは加工に伴い線材内部が温度上昇し、Inが溶融してMgB2結晶粒間に浸透するためと考えられる。また200℃の低温熱処理はこの溶融を助けると考えられる。このようにして粒間がInで埋まると近接効果によりクーパーペアの浸み出し距離が長くなり、MgB2結晶粒間の結合が改善されてIcが向上すると考えられる。
 
図2.2.1 
種々の金属管を使って作製したMgB2テープの、4.2KにおけるJc-B特性。
ただし熱処理は行っていない。
 
(2)MgとBの混合粉末を用いる作製法(in-situ法)(12)
 In-situ法においても充填した混合粉末の密度を高めることが高Jc化に有効であり、シース材の硬さが重要である。ただしin-situ法の場合、ステンレス鋼では加工性にやや問題があり、主としてFeやFe-C管を用いて線材が作製されている。熱処理は600-1000℃で1〜数時間行うのが一般的であるが、Tcは熱処理温度が上がるほど向上する。これは温度が高くなるに従って得られるMgB2の結晶性が向上するためである。
 また、メカニカルアロイングによって充填粉末を作製する方法も行われている(13)。Mg+2Bの混合粉末をメカニカルアロイングし、Cu管に充填してテープを作製している。X線回折により、メカニカルアロイングした直後はMgB2のピークが認められないが、450℃という低い熱処理温度でMgB2のピークが認められるようになり、600℃ではMgB2のピークのみになる。磁化から見積もったJcは30K、ゼロ磁界で1x105A/cm2に達するとしている。このように低い熱処理温度で高いJcの得られることからCu管を使ったテープの作製が可能としている。
 また、通常のMg粉末の代わりにMgH2粉末を使うとより緻密なMgB2コアが得られ、Jcも約5倍に上昇すると報告されている(14)。これは、市販のMg粉末では表面が部分的に酸化していてMgとBの反応を抑制しているのに対して、MgH2では450℃付近でMgH2は分解し、この分解で得られたMgは非常に活性なためにMgとBの反応が速やかに進むためと考えられている。低磁界側では電流端子における発熱のために正確なJc測定はできていないが、直線近似でゼロ磁界に外挿したJc値は4.2Kで2百万A/cm2に達する。
 最近このin-situ法では、Mg+Bの混合粉末に微細な不純物を添加してJc特性を向上する試みが種々なされるようになった。オーストラリアのWollongong大のグループは、10重量%のSiCナノ粒子を添加することによって大幅にJcが向上すると発表し、これは磁束線ピン止め点が導入されたためとしている(15)。図2.2.2にはMgH2とBの混合粉末を用いて作製したin-situ法によるテープの4.2KにおけるJc-B特性を示す。高磁界領域ではSiC添加により、大幅にJc特性が向上しているのがわかる。不可逆磁界Birrの値は無添加試料で17Tであるが、SiC添加により23Tに上昇している。このSiC添加テープのBirrは、ブロンズ法によるNb3Sn線材の値にほぼ等しい。
 このようにin-situ法MgB2線材は、低温ではNb3Snに匹敵する臨界磁界が得られる。従ってMgB2の有望な応用の一つは、高磁界マグネットなど、低温での高磁界応用であろう。また、MgB2線材は20K近傍の温度における臨界磁界が8-9Tであり、この値は、4.2KにおけるNb-Ti実用線材と同レベルである。従って、現在Nb-Tiを使って4.2Kで運転されている超電導機器が、MgB2線材を使えば冷凍機冷却によって20Kで運転することも不可能ではなくなる。このようにMgB2線材の応用としては、現段階では、低温高磁界での応用と、冷凍機を使った20K近傍での応用の二つが考えられよう。さらに、20Kで使用可能であれば、応用機器によっては冷凍機冷却よりも液体水素を冷媒に使う方が有利、という可能性もあり、液体水素冷却も検討に値しよう。ただし、いずれの場合も現在のJc特性は実用的に不十分で、今後のJc特性の改善が必要不可欠である。
 
図2.2.2  MgH2とBの混合粉末を用いて作製したin-situ法 MgB2テープの4.2KにおけるJc-B特性。
 
 現在のところ、MgB2線材のコストについては、信頼できるデータが公表されていない。日立製作所では、熱処理無しのex-situ法で高い臨界電流密度が達成できれば、現在、市販されているNb-Ti実用線材の価格である\140-300/kAmよりも低くすることが可能であるとしている(16)。しかしながら熱処理無しのex-situ法では、MgB2結晶粒同士の結合性を高めることが難しく、高いJcを達成することは困難と思われる。一方のin-situ法では、熱処理が不可欠であり、コストはex-situ法よりも高くなろうが、原材料、作製プロセス両方の面からビスマス系線材よりは低価格が期待でき、高Jc化が達成できれば20K近傍の利用では、ビスマス系よりも優位に立つことができよう。また、低温、高磁界応用においても、実用レベルのJcが達成されれば、十分にNb3Snに太刀打ちできると考えられる。
 

参考文献
(9)H. Kumakura, A. Matsumoto, H. Fujii and K. Togano: Appl. Phys. Lett., 79(2001),2435.
(10)A. Serquis, et al.: Appl. Phys. Lett. 82(2003) 2847.
(11)K. Tachikawa, et al.: IEEE Trans. Appl. Supercond. 13(2003)3269.
(12)H. Fujii, et al.: IEEE Trans. Appl. Supercond. 13(2003)3217.
(13)N. M. Strickland, et al.: Appl. Phys. Lett. 83(2003) 326.
(14)H. Fujii, K. Togano and H. Kumakura: Superconductor Science and Technology, 15(2002), 1571.
(15)S. X. Dou, et al.: IEEE Trans. Appl. Supercond.13(2003)3199.
(16)岡田道哉、私信







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