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2.1.2 機械的特性ならびに交流特性
 実用超電導線材としては、Jc特性の他にも重要な特性として、機械的特性と交流特性がある。ビスマス系線材の重要な応用の一つは、液体ヘリウム中や冷凍機冷却などで使用するマグネットやモータ、発電機、トランスなどの磁界応用であり、この時大きな問題となってくるのが巻線や電磁力による曲げ歪や引っ張り歪である。
 図2.1.6には、Bi-2223テープの曲げ歪によるJc特性の変化を示した(7)。曲げ歪特性は銀と超電導体との体積比によって変化するが、いずれも0.35%程度の曲げ歪でJcの劣化が始まっており、この値はNb3Sn実用線材のJcが劣化し始める歪(臨界歪)よりもかなり小さい。またビスマス系線材では、応力に対するJcの劣化も従来の金属系線材に比べてかなり小さい。この原因としては、Bi-系が本質的に歪に敏感であるのに加えて、銀を母相あるいは基板として用いなければならないことがあげられる。銀は熱処理中に軟化し、その強度は30-40MPaに低下する。この点に関しては、ビスマス系線材の開発の初期から銀への元素添加による硬化という手法によって解決が図られてきた。また、多芯化や補強材の挿入のような導体設計からの工夫もなされており、これらによってある程度の解決の糸口が見いだされてきている。しかし機械的強度の問題は、超電導機器のコンパクト化や強磁界化に関連して依然として重要で、今後もビスマス系線材の実用性を高めるために真剣に取り組まなければならない問題である。
 
図2.1.6 Bi-2223/Ag多芯テープにおけるJcの耐曲げ歪特性(7)
 
 機械的特性の改善にあたっては、機械的特性を支配する組織的な因子についての理解を現在より深める必要がある。ビスマス系線材の超電導部の組織は、金属系よりもはるかに複雑である。また、単純な結晶粒界以外にも多くの境界を含む。このような複雑な組織をもつ酸化物層の機械的応力による破壊の形態や、それによる電流パスの変化についてはまだ理解が十分進んでいないのが現状である。機械的特性や応力効果の試験、測定方法に関しては、金属系超電導線材で培われた評価技術がそのまま活用できる。しかし、マイクロクラックの発達と伝搬、それによる電流分布の変化等、ミクロな変化に関しては今後その評価方法を検討、確立し、その詳細な研究を進めていく必要がある。
 実用的に重要なもう一つの特性として交流特性がある。一般的にビスマス系酸化物線材の交流損失は、従来の実用金属系線材にくらべてかなり大きく、交流損失の低減が大きな課題である。交流損失の低減のためには、ビスマス系酸化物を銀の中で多芯化する必要がある。現在、Bi-2212、Bi-2223ともにフィラメント径が数ミクロンのオーダーで、十分実用的な長さの多芯構造の線材が製造されるようになっている。ツイストや導体構成面からの工夫もなされ、その結果交流特性は着実に改善はされている。しかし、フィラメント径から期待されるほどの値にはなっていないというのが現状といえる。その最大の原因は、熱処理時の酸化物相の滲みだしによるフィラメント同士の結合(ブリッジング)であると思われている。酸化物相の滲みだしは、多くが帯状の結晶が銀のマトリックスに突き刺さるような形で起こる。この異常成長の原因はまだ解明されておらず、この点の詳細な研究とその対策が今後の課題になるであろう。
 ビスマス系線材の酸化物芯の臨界電流密度は、4.2Kの低温中では20Tの強磁界中でも105A/cm2を超える値が得られている。この値自身は従来の金属系の実用超電導線材を凌ぐ値である。しかし、銀という比較的高価な材料を一緒に使用しなければならないことを考慮すると、臨界電流密度をさらに向上させて、コストパーフォマンスを高める必要がある。
 図2.1.7に、米国の線材メーカーであるAmerican Superconductor Co.(AMSC)が2001年に公表したBi-2223線材の価格の推移を示す(8)。このようにBi-2223線材の価格は年々下がって来ており、メーカー側の努力が伺える。価格は2001年の時点で約200ドル/kAmであるが、現在もこの価格であると思われる。さらに同社の新しい工場で量産を開始することができれば、50ドル/kAmは達成可能であるとしている。しかしながら米国のエネルギー省(DOE)では、将来本格的な応用を目指すためには10ドル/kAm以下まで下げる必要があるとしている。従って、Jcの向上だけでDOEの目標を達成するためにはもう数倍のJcの向上が必要である。種々の作製プロセスの改善によって、短尺線材においてこの値を達成することは、それほど困難な事では無いかも知れないが、実用規模の長さでの高いJc値の保証が課題である。また、単に酸化物部分のJc向上だけでなく、導体全断面あたりの、いわゆるエンジニアリングJc(Je)の向上を目指す必要もある。そのためには、長尺線材製造プロセス全体の合理化や、銀比の低減、絶縁方法、前述した交流損失対策や補強方法など、総合的な導体設計が必要となろう。
 
図2.1.7 
American Superconductor Co.(AMSC)が公表したBi-2223線材の価格の推移(8)
 
 酸化物部分のJc改善の方法として、まず考えられることは結晶の配向性をさらに高めることである。ビスマス系線材のJcの向上は、異相の除去や加工法・熱処理法の改善による結晶配向度の向上によって達成されてきたものである。しかし、酸化物層の断面写真を見ると、結晶配向度はまだ完全と言うには程遠く、改善の余地は充分あるものと思われる。
 また、基礎研究として電流パスの解明が極めて重要である。線材のような多結晶体では、傾角粒界、ねじれ粒界、亜粒界、インターグロース、異相境界等、電流の流れを支配する多種類で非常に数多くの境界が内部に含まれる。実際に電流がどのように結晶粒間を流れていくのかは、いくつかのモデルが提唱されていて、いまだに十分に解明されてないのが実体である。この問題を明らかにするためには、双結晶のようなもっと単純化した形態での基本に立ち返った研究が必要である。従来このような基礎研究は、欧米の一部の研究室などで活発に行われてきた。しかし、今後新たなブレークスルーを得るためには日本においても電流パスと内部組織との関連に関する基礎研究をもっと積極的に行い、その情報をプロセス開発に適切にフィードバックしていく必要がある。
 Bi-2212、Bi-2223線材ともにすでにkmオーダーの線材が作製されている。特にBi-2223線材では、大量生産といって良いレベルの線材作製が行われている。AMSCでは、年産500kmの生産設備を有し、最近の様々なプロジェクトにおける需要に応えている。また現在建設中の新しい設備が整えば、これが10,000km/年に拡大するとしている(8)。AMSCでは100mを越える線材で、77K、自己磁界中において平均の線材全断面積当たりの臨界電流密度(Je)が15,100A/cm2の線材を作製している。臨界電流は130Aである。温度を30Kにまで下げれば、数Tの垂直磁界中(磁界がテープ面に垂直となる不利な磁界配置)で約2倍のJeが達成されるとしている。このような特性は、実用的な電気機器に十分使用可能なレベルであるとしている。図2.1.8には、最近AMSCで生産された60km総量におよぶBi-2223線材のIc分布を、以前の生産(Detroit Edison社ケーブル用線材)と比較して示す(8)。平均のIcは130A(77K、ゼロ磁界)であり、Icの標準偏差は6%であるとしている。また、最近の短尺線材においては、170Aの高いIcが得られており、長尺線材のベストな値である150Aよりも13%高い。このような短尺線材の成果が長尺線材の製造にも反映され、長尺線材の更なる特性向上も期待できよう。
 
図2.1.8 AMSCで生産されたBi-2223線材のIc分布(8)
 
 一方、国内の住友電工においても、長尺線材の製造が行われ、最長で1.9kmの線材が作製された(7)。単結晶引き上げ装置等のために、総量で150kmのBi-2223線材を量産した経験があり、特性もIc〜100A、Je〜12,000A/cm2級のBi-2223長尺線材が作製されるようになってきている。図2.1.9には、500m長の低銀比Bi-2223多芯テープのIc分布を示す(7)。Ic分布は非常に均一であり、全長にわたって安定して、設計した銀比が実現されているとしている。Jcは35kA/cm2、Jeは12.3kA/cm2で、銀比が低いためにJcがそれほど高くないにも関わらず、Jeはかなり高い。最大のIcは112.6A、最小は100.7Aで、Ic値自体は上述のAMSC線材よりも低いが、Ic分布の標準偏差1.4AはAMSC社の線材よりも小さく、均一性という点では、住友電工製の線材の方が勝っている。
 
図2.1.9 500m長低銀比Bi-2223多芯テープのIc分布(7)
 
 以上に述べたBi-系線材の開発の現状から、モーターにBi-系線材を適用する場合を考えると、必要とする磁界が数Tであることから、4.2K近傍の温度での使用は、Jc特性、コストの両面からBi-系線材は従来のNb-TiやNb3Sn実用線材に太刀打ちできない。Bi-線材の特長が発揮されるのは、これらの金属系線材の性能が実用レベルから大きく外れる温度、すなわちNb3Snでは10-15K以上の温度ということになる。使用温度が高くなるほど冷却コストは低下し、この観点からはできるだけ高温での運転が望ましい、既に述べたように、Bi-系線材の磁界中のJcは温度が上昇するとともに急激に低下するのが現状である。従って、運転温度としては、3-4Tの磁界で実用レベルに近いJc特性が得られる20K近傍が、現状では最も現実的な選択であろう。もちろん、Bi-系線のJc特性は年々向上してきており、それに応じて、モーターの運転温度を上昇させることも十分に期待できよう。
 

参考文献
(7)小林慎一、兼子哲幸、綾井直樹、藤上純、林和彦、武井廣見、佐藤謙一、第64回2001年度春季 低温工学超電導学会講演概要集11頁
(8)L. J. Masur, J. Kellers, F. Li, S. Fleshler and E. R. Podtburg, IEEE Trans. Appl. Supercond. 12(2002), 1145.







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