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オランダ訪問
 
正員 難波康広*
 
 
 日本造船学会の若手活性化事業にかかる海外派遣により、オランダ・ユーロポート及びオランダ海事研究所(MARIN)並びにDelft工科大学の3箇所を訪問する機会を与えていただいた。今回の派遣事業の趣旨は、「学際的研究の促進」・「研究シーズの開拓」・「研究ネットワークの確立」ということである。筆者は浮体に作用する漂流力や浮体式コンテナターミナル、複合外力下における荷役時の天然ガス・浮体式生産貯蔵積出設備(FPSO)及びシャトル船(Shuttle)の挙動に関する研究等についての訪問先との情報交換、今後の研究課題につながるシーズ調査、今後の研究協力の模索等を行うため、オランダを訪問した。以下にその結果及び各訪問先での所感等を報告する。
 今回の派遣における現地滞在期間は平成16年1月14日から16日までの3日間で、上記3箇所の訪問先を各1日ずつ訪問した。
 
 
 まず1月14日はユーロポートを訪問し、港内を見学した。同港は世界最初の自動化コンテナターミナル(開設1992年)を導入した港である。港内には、浮体式ドック、コンテナターミナル、LNGターミナル等が所狭しと配置され、また造船所(VEROLM造船所)横の岸壁には係留中の海洋構造物が見受けられた(図1)。このような狭いエリアに、これだけの浮体が係留され、また航行しすれ違う様は、まさにヨーロッパの中心港湾と呼ぶにふさわしい景観であった。また後でも述べるが、Delft工科大等で、港内航走中の船舶と係留浮体との相互作用についての研究が盛んに行われていることも、このような背景があってのことと納得した。また、日本のコンテナ船を見つけ、ある種の感激に浸った。
 しかし、世界最初の自動化コンテナターミナルを導入したにもかかわらず、同港のコンテナ取扱量でみる相対的地位は、シンガポールや香港などアジア各港に比べ下がり続けている。こうした状況を見ると、(筆者の主観的感想であるが)技術開発に際してはできるだけ経済等他分野の専門家も交え、その開発による、例えば経済的波及効果の予想を行う等、その技術開発の評価をすることが重要であると思われる。もちろん、新しい技術開発の便益とこれにかかるコストの見極めは、困難を伴うものであろうことは容易に想像されるが、そうした努力が必要であり、また、そのような評価法の研究自体が一つの学際的研究となりえるのではないかとの思いを持った。
 
図1 ユーロポート内の造船所
 
 
 2日目の1月15日はオランダ海事研究所(MARIN: 図2)を訪問した。ここではR&Dプロジェクト部門Senior ResearcherのHuijsmans氏及びOffloading Operability JIP(Joint Industry Project)プロジェクトマネージャーのBunnik氏と面会し、浮体に働く漂流力、浮体式コンテナターミナル、複合外力下における天然ガスFPSO及びShuttleの挙動を中心とした最近の研究、その他について情報交換した。
 まず当方の漂流力の研究(超大型浮体に働く長周期変動漂流力の簡易推定法他)について紹介した。先方からは、MARINでの関連研究として、当方の示した研究とは逆に、相対水位の情報から浮体周囲の海象を予測する手法について研究を進めているとの紹介があった。これは天然ガスFPSOの位置保持システム(DPS)の使用に際して、浮体が実際に力を受けてからDPSを作動させていたのでは対応が遅すぎるので、海象を予測しそれをDPSによる位置制御に反映させたいということが研究の動機になっているとのことであった(この研究結果は来年度6月にカナダのバンクーバーで開催されるOMAE2004で発表予定とのことである)。
 
図2 MARIN
 
 次に、当方から両舷荷役型浮体式コンテナターミナルの構想について紹介した。これはカタカナの「コ」の字型をした超大型浮体式コンテナターミナルの構想であり、「コ」の字の内部にコンテナ船を入港させ、両舷から荷役を行うというものである。先方は、この構想に批判的であった。理由の一つはMARINで昔同様の構想を持って波浪中模型実験も行ったが、その挙動特性が思わしくなく、また接舷部での波の多重反射も問題となったからということであった。もうひとつの理由は、アムステルダム港にある両舷荷役型埋め立て式ターミナル(Ceres Paragonターミナル)の利用が予想よりも伸びず、経済的にうまくいっていないということが挙げられた。前者に対しては、浮体寸法の違いや波向に対する設置向きの工夫で、MARINの結論とは違った結果となる可能性があると話したが、後者については、やはり技術開発+経済学の学際的研究の必要性といったものを感じた。また1月5日の週にユーロポートの次期拡張計画が決定したとのことであるが、この計画では埋め立て式が採用されているとのことであった。
 さらに、天然ガスFPSOに関する情報交換を行った。MARINでは, Offloding Operability JIP(Joint Industry Project)を実施しているが、これは、
(1)天然ガスFPSOにTandem係留(縦列係留)されたシャトルタンカーの挙動、あるいは天然ガスFPSOに接近中のシャトルタンカーの挙動をシミュレートできるユーザー・フレンドリーなシミュレーションコードの開発
(2)複数浮体に働く風荷重と潮流力の相互作用についての模型試験による調査
(3)模型試験によるシミュレーションコードの検証
(4)天然ガスFPSOからシャトル船への積荷作業のリスク評価
 
図3 Prof. Pinkster
 
を行っているとのことである。実施期間は2001年11月から2003年7月までの予定であったが、実際には予定より遅れており、2004年度末で終了予定としているとのことであった。MARINの同JIPには、シェブロン、シェル、BP(以上石油メジャー)、ベリタス(コンサルタント)他が参加。その他シンガポールやインドからも参加している。次期JIPでは、side-by-sideアレンジ(並列係留状態)の天然ガスFPSO-Shuttleの二浮体問題を扱う予定とのことである。
 「研究ネットワークの確立」という意味では、複合外力下における天然ガスFPSO-Shuttleの挙動に関する研究で、今後も協力していくことで合意した。
 
 
 3日目の1月16日はDelft工科大学を訪問した。ここではDelft工科大学、Design, Engineering and Production学部のJ.A. Pinkster教授(図3)と面会し、MARIN同様、浮体に働く漂流力、浮体式コンテナターミナル、複合外力下における天然ガスFPSO及びShuttleの挙動を中心とした最近の研究、その他について情報交換した。
 まず当方から漂流力の研究について紹介し、先方からは、鉛直方向の漂流力によって引き起こされる問題の事例として、水面近くに存在する潜水艦の挙動について紹介された。すなわち、潜望鏡深度にある潜水艦に作用する鉛直方向の漂流力によって、過度の上昇あるいは下降が起こるという事例である。またMARINと同じく、相対水位及び浮体動揺の情報から、浮体周囲の海象を予測する手法について研究を進めているとのことであった。
 また当方より、両舷荷役型浮体式コンテナターミナルの構想について紹介し、現在ある通常のコンテナターミナルでの問題や事故例について質問したところ、先方からアムステルダム港内での事故例について紹介された。この事故は、航路に面した岸壁に小型の船が接岸した際に、この航路を大型の船が通過した際に小型の船の動揺が大きくなり、係留杭に激突・破損したとの事例である。もうひとつの事例は、ロー・スウォッシュ・フェリーという高速艇による事故例である。この船はユーロポート湾口から35km離れた内陸部までを往来する高速艇で、すでに就航しており、高速時は40knotで航走するものである。この船はユーロポートにおける航走波の基準(船から何km離れた地点での航走波の波高が何cm以下でなくてはならないという基準)は満足しているが、就航後航路沿いに停泊中の船舶などから同船によって引き起こされる揺れが大きい等の苦情が相次ぎ、また浮体式ドックで作業中の作業員が、同船によって引き起こされた動揺のため、転落・死亡するという事故もあったとのことである。この対策として、現在は航路内の数地点において、同船のスピードを落とす等の対策がとられているとのことであった。
 
図4 Delft工科大学水槽
 
図5 強制動揺装置
 
図6 サイドスラスタ付模型
 
 当方の紹介した両舷荷役型浮体式コンテナターミナルについては、MARINのように批判的ではなく、「望ましくない挙動が起こらないようにするのが、研究者の仕事と考えればよい。研究のネタとしては十分面白いと思う」との感想であった。ただ、アムステルダム港の両舷荷役型ターミナルが経済的にうまくいっていないという話は、同教授も聞いているとのことであった。またつい最近であるが、Delft Hydraulic Instituteが多額の予算を獲得し、浮体式コンテナターミナルの研究を始めたとの情報もあった。
 さらに、パイロットが小型船と大型船間を移動する際に事故例があるとの話を紹介したところ、そのような状況(小型船が大型船に接近し、ゆっくりと並走しつつパイロットが移乗し、小型船が離れていくという状況)をシミュレートしてみるのもひとつの研究テーマかもしれないという話であった。
 情報交換の最後に当方の天然ガス液化FPSOの研究について簡単に紹介した。先方からは、当方の紹介した爆発シミュレーションは、残されている課題の一つであり、また、Side by Sideで2浮体が非常に接近しているときあるいは、Tandem接続時のShuttleの振れ回り挙動等もまだまだ研究が必要とのことであった。
 その後同大学の水槽(図4:140×4.22×2.5m、台車速度7m/s、造波機flap式(DHI製)、波長0.3〜6m造波可)の見学もさせていただいた。水槽わきには、6自由度の強制動揺装置(図5)、実験準備室には学生教育用のサイドスラスタ付模型(図6)があった。前者はスイスのメーカーが製作したもので、本来は遊園地の遊具のために作られたものであったものを、Pinkster教授が実験用に転用したものであるとのことであり、他分野から使える技術を見つける視野の広さに感心した。後者は制御についての教育用であり、学生に実際に制御PGMを作らせるとのことであった。
 
 
 以上、まとめると次の通りである。
(1)競争的資金の応募課題の採否決定時等に行われる技術開発課題の評価を、純粋に技術的な視点のみから行うのではなく、例えば、コストと便益の視点等、経済学的視点で行うことは重要であり、またその評価法の開発そのものが、「学際的な研究」「研究シーズの候補」として考えられる。
(2)「研究ネットワークの確立」という意味では、特に今回訪問したMARINとの間で、複合外力下における天然ガスFPSO-Shuttleの挙動に関する研究で、今後も協力していくことで合意し、また来年2月頃から1年間、筆者がMARINに滞在することで合意した。
(3)その他、浮体に作用する漂流力や浮体式コンテナターミナル、複合外力下における荷役時の天然ガスFPSO及びShuttleの挙動に関する研究等について、意見交換を行った。
(4)Delft工科大学における強制動揺装置については、他分野から使える技術を見つける視野の広さを見習うべきと感じた。
 最後に、今回このような貴重な体験をさせていただいた日本造船学会並びに関係各位に心から感謝いたします。
 

* 海上技術安全研究所







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