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流体と構造の相互作用を考慮した応答予測手法の調査
 
正員 豊田 真*
 
 
 この度、日本造船学会による「若手活性化事業にかかる海外派遣事業」をうけて、イギリス・ノルウェーの研究機関への訪問を実施することができたので、ここに報告する。以前から流体構造の相互作用問題に関する研究は実施されているが、近年はより複雑な構造に対する問題や、高精度な計算手法の開発などが行われいっそう注目を浴びている。今回筆者は訪問を実施するにあたり、日本において1990年代後半から再び損傷などの問題が発生している船体の接水振動問題と、それに対する筆者らの部門における取り組みを各研究機関において紹介し、それについてディスカッションするとともに、各研究機関における流体構造相互作用問題への取り組み状況について紹介していただくという形をとり、調査を行った。
 
 
 表1に本渡航のスケジュールを示す。Southampton大学では工学部の中で流体構造相互作用のグループが形成されているほど、この分野の研究への取り組みが活発である。MARINTEKはノルウェー科学技術大学と非常に深いかかわりがある研究機関で、その中でスラミング、スロッシング、波浪応答など流体構造の相互作用にかかわる研究が行われている。
 
 
 前述したようにSouthampton大学では工学部の中にFluid-Structure-Interaction(FSI)グループが形成されている。FSIグループは教授を7名擁しており、研究員、Ph.Dが40人以上とかなり大規模のグループとなっている。同グループでは船舶や海洋構造物の波浪応答技術や、船舶に適用する複合材料の研究などが行われている。
 Southamptonはロンドンから電車で1時間20分ほどの位置にあり、駅前から大学を循環するバスが出ているのでそれに乗ってShip Science部門のあるHighfieldキャンパスヘ向かった。Ship Science部門は2階建ての比較的こじんまりした建物であり、Froude Buildingと名前が付けられていた。まず、事前にコンタクトを取っていたJ.T. Xing教授のもとを訪れたのだが、彼の部屋の扉をノックする瞬間が今回の渡航で最も緊張した瞬間であった。しかし部屋に入るとXing教授は一目で筆者のことを察してくださり、よく来てくれたと暖かく迎えていただけたため、一気に緊張の糸がほぐれて今回の派遣を乗り切る自信がわいてきた。Xing教授にはまず、IHIの紹介と、筆者が課題として掲げた接水振動による損傷についての紹介を行い、Xing教授らの計算方法が適用可能かどうかについての討論を行った。Xing教授らが取り扱う方法はFEMをベースとして、流体と構造をトータルシステムとして取り扱う手法であり、多様な問題への適用例もあるため、筆者が掲げたような局所的な振動問題についても適用して成果をあげることができそうである。また、彼は大学外との交流について積極的であり、IHIと共同研究や、留学生受け入れ、IHIを訪れて講義を行うことなどで緊密な関係を保ちたいと話されていた。
 
表1 渡航スケジュール
1月25日(日) 成田発→ロンドン着
1月26日(月) ロンドン→サウサンプトン
サウサンプトン大学にて調査、討論
1月27日(火) サウサンプトン大学にて見学及び討論
サウサンプトン→ロンドン
1月28日(水) ロンドン→オスロ→トロンハイム
1月29日(木) MARINTEKにてプレゼンテーション実施、実験設備見学
1月30日(金) トロンハイム発→コペンハーゲン経由
1月31日(土) 成田着
 
写真1 
Southampton大学Ship Science部門の建物
 
写真2 
J.T.Xing教授と筆者
 
 その後現在FSIグループのリーダーを務めるR.A. Shenoi教授から工学部とFSIグループの活動状況についての紹介をうけた。Shenoi教授は、FSIグループにおいて今後は現在行っている力学的な話のみでなく、社会的な要因やヒューマンファクタを取り入れた研究を行う研究グループとなっていきたい旨のことを話されていた。また、以前のFSIのリーダーであり、現在は工学部長となっているW.G. Price教授とも面会することができたが、今回は多忙のため残念ながら討論をする時間がなかった。次の日はP. Temarel教授とも討論を行い、動的問題を予測するために計算で追うのもよいが、もっと実験を行ってその結果をフィードバックするような形にするのも一つの手だとアドバイスをいただいた。
 また、強度関係の実験設備、曳航水槽、できてまだ2年ほどのe-Science centerの見学を行った。e-Science centerでは最新のコンピュータを導入し数値計算に特化した研究を行っており、最近ではシミュレーション技術以外に応答曲面法やタグチメソッドを用いた最適化関連技術も盛んに行っており、企業に提供しているとのことだった。
 Southampton大学では筆者の限られた滞在時間を、できる限り実のあるものにしてあげようという心配りが感じられた。Xing教授には昼食をご馳走になり、研究施設の案内、筆者を駅まで自分の車で送ってくださるなど、今回の訪問においていろいろと手配してくださり、初対面の筆者に対してもったいないほどの心配りをいただいた。一人海外に赴き初対面の研究者らと討論や調査を行う筆者の不安を和らげてもらうことができ、非常にありがたかった。
 
写真3 
MARINTEKのエントランス
 
 MARINTEKはノルウェー科学技術大学(NTNU)と緊密な関係を持つ研究機関であり、実際には両機関に籍を置くものも多いようだ。MARINTEKでは船舶海洋関連の技術を主に取り扱っており、NTNUと実験施設などを共用している。
 MARINTEKではまず今回窓口となっていただいた、O.A. Hermundstad博士のもとを訪れた。始めに彼の部屋に通されたのだが、北欧らしく明るい木目調の内装で筆者が研究機関の事務所として想像するような殺風景な部屋とは違って非常に快適に過ごせそうであった。彼の部屋で自己紹介をした後、9名の研究員、博士課程の学生らの前で筆者の接水振動問題のプレゼンテーションを行った。発表は前日まで手直しを加えていたパワーポイントによるもので、拙い発表であったかとは思うがみな熱心に耳を傾けてくれた。ディスカッションにおいても流体、構造の両者を扱う船舶海洋関係の技術者らしく、自由表面の影響や減衰問題、船舶運行上の問題など、盛んに討論がなされた。彼らの積極的な質疑の様子を見て、研究に対する真摯な姿勢を感じ取ることができた。
 またプレゼンテーションに直接参加できなかったRong Zhao教授、海洋工学科のDirectorでもあるTorgeir Moan教授とも個別に会談し、彼らの研究内容について紹介してもらった。Zhao教授は船体の局所振動よりは船体構造全体のスラミング、ホイッピングの問題などを専門に扱っておられるが、今回筆者が示した接水振動における挙動の非線形性に興味を持っていただいた。Moan教授にはパンフレットなどを用いて同機関での研究内容などの概要を紹介していただき、実験技術、計算技術などバランスの取れた研究を行っているとの印象を持ったとともに、ノルウェーにおいて技術的な研究に如何に重点を置かれているかを知ることができた。また、Moan教授は30年以上前から船体の構造振動問題に取り組まれていたこともあり、筆者が持っていった資料と自分でかかれた講義テキストを比較して似たような計算手法を使った経験があることを紹介していただいた。
 
写真4 
MARINTEK近くの放送塔にある
レストランから撮影
 
 MARINTEKの近くにある放送塔の回転式展望レストランで、Hermudstad博士らと共に昼食をしたが、トロンハイムの町を一望できる場所であったため、その場でトロンハイムやノルウェーの歴史や現状について聞くことができた。トロンハイムには目立った産業はないが、その中でNTNUはかなり大きな位置をしめており、極めてアカデミックな都市と言えるようだ。
 また、曳航水槽やキャビテーションタンネルなどの研究施設を案内してもらうことができた。同研究機関で最も大きな運動性能水槽は、今回は社外秘の研究を行っていたため見せていただくことはできなかったが、各施設とも非常に充実しており使用頻度も高いようであった。
 
 
 今回の派遣はまったくの初対面である海外の研究者を訪問し、意見交換や調査を試みるという筆者にとってはまったく初めての体験であり、渡航前はどんなことになるのだろうと不安な気持ちが一杯であった。しかし実際に各研究者のもとを訪れてみると、非常に友好的であり筆者らが抱える問題を解決しようと一生懸命に頭をひねってくれた。また、他の研究機関などとの交流に対しても積極的で、共同研究や情報交換も今後行って行こうと向こうから提案していただくことができた。今後彼らとの関係を密にしていくことで、今回の訪問をさらに有益なものとしていきたいと思う。
 最後に今回のような非常に有意義な海外研究機関の訪問調査の機会を与えてくださった日本財団、日本造船学会の関係各位及び派遣に際してご尽力いただいた方々に厚く御礼申し上げます。

* 石川島播磨重工業(株)基盤技術研究所







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