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シアトルのワシントン大学を訪れて
 
正員 和田大志*
 
 平成16年1月中旬、日本造船学会の若手活性化事業に係わる海外派遣により、米国シアトルのワシントン大学に訪問する機会を得たのでここに報告させて頂く。
 シアトルのダウンタウンから車で約10分北上したところに、ワシントン州総合州立大学のワシントン大学(University of Washington)がある。1861年に設立され西海岸ではもっとも古く設立された州立の大学のひとつであり、約35,000人の学生を擁する州最大の大学である。キャンパスが美しいことでも知られており、703エーカーという広大な敷地に220もの建物が建っている。写真1は、1924年に建てられた図書館Suzzallo Libraryで、一体どこのヨーロッパ建築だろうかという趣である。多くの建物がこのような雰囲気を持っており、キャンパス内を歩くだけでもなかなか楽しい。写真2は、マイクロソフト社のBill Gates氏による数十億円もの寄付によって建てられた情報関連分野の建物であり、中には最新のコンピューターが所狭しと並んでいるが、それもすべて氏の寄付によるものだそうだ。Mary Gates hallという建物名は、Bill Gates氏の母の名Mary Gatesからきている。シアトルはマイクロソフト社の発祥地であるから少々特別なのかもしれないが、アメリカではこれに類似する寄付がしばしばあるようで、建物の多くに人名が付けられている。実際、大学が有力者の寄付によって支えられてきた側面があり、日本の国公立大学との違いを感じる。また、こういった寄付が地域社会と大学とがうまく連携しあうための要因の1つにもなっているようでもある。
 今回のワシントン大学訪問の主たる目的は、School of OceanographyのProf. C. Eriksen, Department of Mechanical Engineeringの学科長であるProf. A. Bruce, Center for Intelligent Materials and Scienceのセンター長であるProf. M. Tayaらに会い、現在のアメリカにおける研究教育動向を調査したり共同研究を行ったりすることである。
 まずは、Neptune計画の一環で無人自律型潜水艦を製作しているProf. Eriksenに会いに行った。多くのAUVが多機能で巨大であるのに対し、このAUVは非常にコンパクトである。彼らはこれをSeagliderと呼んでいる(写真3)。重さ25kgと非常に軽く、大きさも人間の背丈より小さい。一度海に放つと数千kmの距離を泳ぎ自分で戻ってくるが、その間バッテリーの再充電は一切不要である。深さは3,000m程まで耐えるそうで、最新バージョンの圧力容器はCFRP製であった。直径約30cmで肉厚1インチ以上の筒型である。このように大きく分厚くかつ欠陥のないCFRP圧力容器を製作するのはとても高い技術を要する。彼に尋ねたところ、ボーイング社に頼んで作ってもらったそうだ。さすがは巨大な翼をCFRPで製作できる会社ならでは、と感心した。シアトルは、ボーイング社、マイクロソフト社といった巨大有名企業が存在する地の利を持ち、大学との連携も強い。さてこのSeagliderであるが、海水温度や成分などのデータをGPSを使って、オフィスのパソコンに送ることができる。暖かいオフィスに居ながらにして、今まさに遠く寒いカナダ沖の深海を泳いでいるSeagliderからのデータが、刻々パソコンに送られているのを間近で見て、驚きの一言であった。このSeagliderは、目的を特化して小型化しバッテリーの寿命を延ばすよう非常に巧く設計している点が成功の一因かと思った。しかし、まだまだ信頼性をあげねばならないと、これからの目標を彼から聞いた。
 
写真1 
Suzzallo Library
 
写真2 
Mary Gates Hall
 
写真3 
Prof. EriksenとSeaglider
 
写真4 
Mechanical Engineering学科長Prof. A. Bruceと
 
写真5 
人力潜水艦コンテストに参加したワシントン大学の学生チーム
 
写真6 
博物館に展示されていた
人力潜水艦
 
 Prof. Bruceからは、彼の学科での特色ある学生教育についての話を伺った(写真4)。最も興味深く聞いたのは、学部学生が行っているHuman Submarineコンテストヘのチャレンジである。このコンテストの内容はhttp://www.isrsubrace.org/に詳しく載っているが、簡単に言えば、学生が自ら設計製作した人力プロペラ(あるいはフィン)駆動の潜水艦によるスピード競争である。この大会は、全米各地から約20の大学チームが集結し各地の大きな水槽を使って大々的に行われている。前回2002年度大会でのワシントン大学チームのメンバーと彼らの手作り潜水艦が、写真5である。毎回新しい潜水艦を設計製造しているそうで、倉庫の中に保管されている過去の潜水艦を見せてもらったが(写真6)、学生による手作りとは思えぬほどの出来映えであり、中には、シアトルの博物館に展示されていたものもある。船体は主にGFRP製であり、人力で漕ぐペダルからシャフト、そしてプロペラまで、非常に趣向を凝らした優れたものであった。もちろん流体力学的にも様々な工夫がなされている。彼によれば、こういうものを作っている時の学生は生き生きと自ら進んでよく頑張る、そうだが、実際にでき上がったものを見れば、それは一目瞭然である。もちろん、この潜水艦作りとコンテスト出場には、授業としての単位が与えられる。学生のやる気を引き出すようなこういった学生教育は是非見習いたい。しかし、この種の教育には大変なお金と手間暇がかかるのは当然で、彼もそれを指摘していたが、それが故にやりがいもあるとも言っていた。また、実際に学生が水中に潜るので安全面強化は非常に大事であり、まずは机上でSafety Planを学ばせ簡単なダイビング的技術を体得させ、さらには人工呼吸の方法まで学ばせているそうだ。幸いにも今まで十数余年、事故はなくホッとしていると言っていた。「日本でも是非コンテストを行ってみてはどうかい?」と彼に言われ、「それはいいアイデアだ。いつか日米チャンピオン同士で競争しよう」と、その場ではいい気になって答えたが、実際に行うとなると大変なことであると身に沁みて感じた次第である。
 さて今回はProf. Tayaの研究室で過ごした時間が最も長かった。以前私は、Taya研究室で、ポスドク研究員として働いていた経緯もあって、勝手知ったる研究室でよく知った顔ぶれの研究員たちと、久しぶりにアクチュエータの研究を行った。私が居た頃とはメンバーもずいぶん入れ替わっていたが、私の行ってきた研究が発展しつつそこで行われているのは嬉しいことであった。最後に、Mechanical Engineering専用図書館の4階からの眺めを写真7に載せた。これは、かの有名なワシントン湖の浮き橋である。写真中ほど右端から左へ伸びているのがそれである。橋の両端は、船が往来できるよう高桁の通常の橋となっている。この眺めを見ると、ポスドク研究員として働いていた頃を思い出し少々感傷気味になってしまう。あれから幾年も経っていないのだが。
 
写真7 
ワシントン湖の浮き橋
 
 このような有意義な共同研究や情報収集が行え、また教育の現状を調査できましたのは、ひとえに渡航滞在費用を負担してくださった造船学会の支援に負うところでございます。学会ならびに関係者の方々に心より御礼申し上げます。
 

* 横浜国立大学







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