日本財団 図書館


船体構造部材の破断解析技術に関する調査および意見交換
 
正員 岡澤重信*
 
 
  筆者は、学生時代からこれまで計算固体力学の基礎研究に従事してきた1)。最近では、これまでに基礎研究で得た知識を実務にどのように適用すればよいかを考えるようになった。ある日、今回報告させていただいている海外派遣のことを知り迷わず申し込んだところ、筆者がその派遣者に採択されたとの連絡を受けた。派遣内容は「船体構造部材の破断解析技術に関する調査および意見交換」、行き先は船体構造解析が盛んな北欧のデンマークとノルウェーである。
 
 
 衝突・座礁に対する船体構造部材の強度と延性を予測することは、耐衝突性・耐座礁性に優れた船体構造を設計するために必要不可欠である。さらに構造部材の破断を合理的かつ高精度に推定することができれば、より発展的な衝突・座礁における船体構造部材の終局的な挙動の予測が可能となる。しかしながら、現在よく用いられている汎用コードではこの破断の扱いは極めて困難である。
 そこで、まず金属材料の数値破断解析の第一人者であるデンマーク工科大学のTvergaard教授を訪問し、解析手法および破断条件に関する最新の研究動向について調査と意見交換を行った。続いて、船体の衝突・座礁問題に関して実験、解析の両面から精力的に研究を進めているデンマーク工科大学のPedersen教授、DNV(DET NORSKE VERITAS)のSimonsen博士、そしてノルウェー科学技術大学のAmdahl教授を訪問した。
 当初は単に訪問して調査および意見交換をするだけの予定であったが、渡航直前になって訪問先の3箇所で講演をすることになり観光気分は一気に吹っ飛んだ。
 
 
 渡航したのは真冬の2004年1月である。デンマークのコペンハーゲン、ノルウェーのオスロとトロンヘイムの3都市を訪れた日程は表1に示す通りである。筆者にとってははじめての北欧であったが、周りの人達から「冬は気分が悪くなるくらいに寒い!」とさんざん脅されていたので、南の都市から順番に北に向かって行けば寒さにも慣れていくのではないかという安易な考えでこの順序を設定した。これまでほとんどしたことのない毛糸の帽子やマフラーそれに手袋などを買い込んで渡航に備えた。
 
表1 渡航日程
1月12日 移動(成田→コペンハーゲン)
1月13日〜16日 デンマーク工科大学
1月17日 移動(コペンハーゲン→オスロ)
1月18日 休日(日曜日)
1月19日 DNV
1月20日 移動(オスロ→トロンヘイム)
1月21日 ノルウェー科学技術大学
1月22日 移動(トロンヘイム→コペンハーゲン→)
1月23日 成田着
 
 
 成田空港から約12時間のフライトを経てコペンハーゲン空港に到着したのは1月12日(月)の夕方であった。北欧の冬は昼間が短く、まだ夕方であるにもかかわらずすでに外は真っ暗であった。空港から電車で宿泊先のコペンハーゲン中央駅まで行った。
 翌朝、コペンハーゲン中央駅からデンマーク工科大学のあるLyngbyという街へ15分ほどかけて電車で向かった。余談であるが、Lyngbyはgを発音せずにリュンビーと発音するらしい。リングビーと言っても全く通じなかった。そのLyngby駅からさらにバスで10分ほど行くと、デンマーク工科大学2)(Technical University of Denmark 通称:DTU)がある。バス停を降りて目的地である機械工学科3)に向かった。最近、デンマーク工科大学は学科の大再編があり、いくつもの学科が統合され機械工学科が編成されたようである。今回の渡航において、デンマーク工科大学の機械工学科に最も長く滞在したが、前半でSolid MechanicsグループのTvergaard教授4)、後半でMaritime EngineeringグループのPedersen教授5)を訪問した。
 Tvergaard教授は計算固体力学においては世界で最も有名な研究者の一人である。特に金属材料の変形局所化シミュレーションに関しては数多くの研究論文を発表しており、私も大学院生時代はTvergaard教授の論文をよく参考にしたものである。数十年に渡り米国ブラウン大学のNeedleman教授と共同研究を行っており現在でも続いているそうである。
 Tvergaard教授と金属材料の変形局所化シミュレーションに関する現状について長時間に渡り議論した。それらのシミュレーション手法は船体構造部材の破断シミュレーションに適用可能であることは分かったが、部材レベルと構造レベルのスケールの違いをどう扱うかが今後の課題であることを実感した。研究に関する議論の後は、Tvergaard教授がSolid Mechanicsグループの研究施設を一通り案内してくれた。
 Pedersen教授は、統合された機械工学科の任期6年の学科長である。Pedersen教授とは船体構造解析に関する議論を行った。多くの文献等を紹介いただき、船体構造解析の最先端を知ることができ非常に有益であった。また筆者は、Pedersen教授が所属するMaritime Engineeringグループにおいて1時間ほどの講演を行った。内容は筆者がこれまで行ってきた基礎研究であり決して船体構造に特化したものでなかったが、博士課程の学生を中心に20〜30人に集まっていただき、活発な議論をすることができた。
 Pedersen教授は、今年10月に日本で開催される船体構造の衝突・座礁に関する国際会議6)(3rd International Conference on Collision and Grounding of Ships)に非常に興味を持っておられるようで、日本に来るのを楽しみにしている様子であった。
 以上のようにデンマーク工科大学では二人の教授を訪ねたわけであるが、Tvergaard教授とPedersen教授は非常に仲のよい友人であり、筆者をディナーに招待いただき3人で研究以外のこともたくさん話して非常に楽しい時間を過ごすことができた。コペンハーゲンは真冬であるにもかかわらずあまり寒くなく、非常に有意義な滞在であった。
 
 
 コペンハーゲンを後にして次の目的地であるオスロに向かった。オスロはコペンハーゲンと打って変わって今までに経験したことのない寒さであり、カチカチに凍りついた地面ですべって大転倒することからオスロでの滞在が始まった。再び余談であるが、寒さが原因かそれともすべって転んだのが原因であるかどうか分からないがオスロ滞在中に腰痛がひどくなった。ホテルのフロントで「シップを買いたいが近くに薬局はないか?」と尋ねたら、何を思ったのか医者を呼んでくれた。部屋で診てもらったら軽いギックリ腰。何回聞いても診察料は無料だと言っていたのでその言業に甘えることにしたが、ノルウェーの医療システムはどうなっているのでしょうか?
 日程の都合でオスロに到着した翌日は日曜日であったため、この日はオスロの西側に突き出している半島ビィグドイ地区にあるノルウェー海洋博物館やヴァイキング船博物館などに行くことにした。夏はオスロ市街地から船で行けるそうであるが、あいにく冬は船が出港していないとのことだったのでバスを用いることにした。あまり期待していなかったがこれらの博物館は非常にすばらしく、特にノルウェー海洋博物館が気に入った。
 翌日にDNV(DET NORSKE VERITAS)を訪問した。オスロ駅から電車で15分ほどのSandvika駅まで行き、そこからタクシーで5分ほどである。今回の渡航でタクシーは用いずに公共交通機関だけを使うということを心に決めていたが、このDNVだけはどうしてもタクシーを使わなければならなかった。
 DNVで筆者を迎えてくれたのはSimonsen博士である。Simonsen博士はデンマーク工科大学で訪問したPedersen教授の研究室の出身であり、昨年10月にデンマーク工科大学からDNVに移ったばかりであり、30代半ばという若さであるにもかかわらず、Hydrodynamics and Structuresセクションのヘッドである。Simnonsen博士は船体構造の衝突・座礁に対する知識が豊富でかつ数値シミュレーションにも強く、非常につっこんだ議論をすることができた。また講演では、Simonsen博士をはじめとする若手中心で集まっていただき打ち解けた雰囲気であった。
 
 
 最後の目的地はトロンヘイムである。トロンヘイムはノルウェーにおいてオスロ、ベルゲンに次ぐ第3の都市であるが、街並みは非常にゆったりとしており先に訪れたコペンハーゲンやオスロとは全く違った印象であった。冬はほとんど観光客がいないようで、特にこの季節の日本人は珍しいようである。空港からトロンヘイムのダウンタウンまではバスで50分ほどであるが、大型バスで客は私一人だけであった。非常に親切なバスの運転手(北欧の人は皆親切であったが)の横に座り、ずっと話しながらダウンタウンまで来た。
 ノルウェー科学技術大学7)はここトロンヘイムにあり、キャンバスは何箇所かに点在している。今回訪問したDepartment of Marine Technologyはトロンヘイム中心部からバスで10分ほどのところにある。ここではAmdahl教授を訪問した。Amdahl教授は船体構造の最終強度に関する研究を活発に行っており、その研究分野を中心に議論した。また実験施設も見学させていただき、その規模の大きさには驚いた。さらにここノルウェー科学技術大学でも講演を行い、最終強度解析や破壊条件の船体構造への適用など有益な意見交換をすることができた。
 
 
 計算機能力の急速な進歩と共に、近い将来には構造部材の詳細な破断解析を取り入れた船体の衝突・座礁解析が可能になると考えられる。本調査・意見交換によってそのための手法・条件両面の確立のための有益な情報を得ることができた。また筆者は金属材料の破断解析の新しい手法をいくつか提唱しているが、これらの手法の船体構造への適用の可能性を認識できたことも大きな収穫であった。
 最後に、日本財団助成事業「国際学術協力に係わる海外派遣事業」の一環である、若手研究者・技術者活性化のための海外派遣の実現に際して、日本財団および日本造船学会の関係者の皆様に深く感謝します。
 
 
1)岡澤重信:オイラー型解法で固体解析に挑戦する、日本造船学会誌「Techno Marine」, 876, pp. 778-781, 2003.
 

* 広島大学







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION