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欧州における船舶からの環境負荷低減に関する研究開発の動向調査
 
正員 辻本 勝*
 
 
 今回、日本造船学会の若手研究者・技術者海外派遣制度により、2003年12月8日から12月18日にかけて、欧州における船舶からの環境負荷低減についての研究開発の動向調査を行った。
 地球温暖化ガスに関する京都議定書の締結・批准やMARPOL条約1997年議定書におけるNOx, SOx規制の発効・批准への動きを受け、我が国でもCO2等の地球温暖化ガス及びNOx等の大気汚染物質の排出抑制を行い先導的な役割を担っていく必要がある。
 現在、CO2等の排出量削減に向け、速度制御による航行支援システムの研究開発を進めているが、検討しているシステムを有効なものにするため、環境問題について関心が高い欧州における研究開発の動向調査を行った。
 
 
 訪問先は次の4ヶ所である(図1)。
(1)ベルリン工科大学(ドイツ:ベルリン)
(2)ECOSHIP Engineering社(スウェーデン王国:マルメ)
(3)デルフト工科大学(オランダ王国:デルフト)
(4)METEO CONSULT社(オランダ王国:ワーゲニンゲン)
 
 
 ベルリン工科大学はベルリンの中心に位置し、研究棟及び水槽は運河の中ノ島にあり、非常に落ち着いた雰囲気の中にある。
 EUプロジェクトSEAROUTESがベルリン工科大学を中心に実施されている。このプロジェクトではウェザールーティング手法を高度化し、従来の到着時間最短の航路選定手法だけでなく、CO2排出量低減、安全性の観点からの航路選定手法の開発を行っている。
 今回、プロジェクトリーダーのAmann教授にコンタクトし、内容について聞く機会を得た。
 
図1 訪問先
 
 SEAROUTESプロジェクトは3年計画(2001.1〜2004.3)で実施し、イタリア・ギリシャの船主、大学、気象情報サービス会社等10の参加機関からなる国際コンソーシアムを構成している。研究開発は作業部会(Work Package)を5つ設置しており、その作業部会は、気象・海象データWP、船体応答WP、運航支援WP、市場性調査・普及WP、とりまとめWPである。
 欧州は周囲を地中海、バルト海、北海、アドレア海に囲まれているが、これらの海域では海象の特徴は異なるため、これらの航路を航行するコンテナ船、双胴フェリー、沿岸フェリー、高速RORO船の4船種を対象としている。
 また、ウェザールーティングを行う際に重要となる気象・海象データは推算データだけでなく、人工衛星からのデータや、船舶レーダー画像を用いたものを使用している。航路選定はOCEAN ROUTES社のプログラムをベースにしているが、船体応答は現状では簡易推定のみ行っているとのことであった。
 訪問した時期はプロジェクトの取りまとめの最中であり、システムの有効性の確認のため、先月行ったコンテナ船の実船試験の解析を行い、更に翌週に行う高速RORO船の実船試験を控えていた。このような時期にもかかわらず、快く訪問をうけていただいた。なお、訪問した前日には中国からSEAROUTESプロジェクトについての訪問調査が行われており、今回の制度を活用した動向調査を行うことの重要性について再認識した。
 
写真1 
Amann教授とベルリン工科大学にて
 
 意見交換の後、施設を案内していただいた。ベルリン工科大学の水槽関連施設は3つあり、300mの曳航水槽、浅水試験用水槽、回流水槽である。このうち、長さ300mの曳航水槽は数年前に曳引台車を更新したものの、予算上の関係で2年前に運用を中止してしまった。しかし水槽は照明を落としているため暗いもののきれいに手入れされており、いつでも動かせる状態で保存されているようであった。隣接している浅水試験用水槽では河用プッシャーバージの自航試験が行われているところであり、活気があり対照的であった。また、世界最大でキャビテーション試験も可能な回流水槽(写真1の背景)を案内していただいたが、この施設も稼働率が低く、最近は韓国の造船所からの試験が少し行われただけとのことで、現場も閑散としていた。
 また、研究担当者のBöttner氏、Kervarec氏とCO2排出量の削減のための航路選定アルゴリズム、運航の安全性の考え方等について意見交換を行い、非常に充実した議論を行うことができた。
 スウェーデンでは、船舶からの環境負荷低減を目的としてKockums社を中心に1996年から国際コンソーシアムを構成したECOSHIPプロジェクトを実施しており、1999年には会社としてECOSHIP Engineering AB(EEAB)を組織し、タンカー、RORO船等の試設計を行い、実用化の検討を行っている。Managing DirectorのCarlsson氏にコンタクトをとり調査をした。
 
写真2 EEABのあるKockums社
 
 ECOSHIPでは多数の小型のディーゼル発電機による電気推進方式を採用している。例えば初期のタンカーの試設計では428kWの発電機を10台も搭載している。そして必要な出力に応じて発電機のON/OFFを行い、常に原動機にとって効率の良い状態で運転を行うものである。これは電気推進方式ならではのメリットであるが、これと特許船型によりCO2排出量の25%減少を謳っている。原動機が多数台になることによるメンテナンス、電気推進による10%程度の効率低下を、船型のみならず小型発電機の取り扱いやすさと複数台による冗長性でカバーすることにより、今後の利用が期待される。
 また、RPP(Route Prediction Program) により、CO2排出量の表示を行い、現在のCO2排出量が船上及び陸上でモニターでき、運航者にCO2排出量を意識した運航を意識させることが可能となる。
 なお、一時タンカーで実船を建造するとの報道もあったが、その後進展はなく、うまく行っていないようである。
 デルフト工科大学ではJ.A. Pinkster教授にコンタクトをとり、大学で行われている船舶からの環境負荷低減のための研究開発について調査を行った。日本の研究開発の状況について大変興味があるらしく、次は俺の部屋に来いという感じで順番に部屋を巡る形での訪問となった。
1)Jo Pinkster教授(船舶流体力学)
 環境問題に関してオランダでは、曳波による岸辺の浸食が河川交通で非常に問題となっており、近年力を入れて取り組んでいるとのことであった。これまでの研究の結果から運航指針を作成したことの説明と、あわせて数値計算をコンピュータグラフィックにしたものを見せていただいた。
 またこれに関連し、狭水路における長局期波が船体に及ぼす影響についても研究を行っている。
 
写真3 
デルフト工科大学にて(向かって左が兄のJo Pinkster教授、右が弟のJacob Pinkster助教授)
 
2)Frouws助教授(船舶・海洋システム設計)
 船舶・海洋システム設計を担当しており、環境問題に関連して、オランダ北東部水深20mのところでの洋上風力発電(出力66MW)の計画を行っている。
 また、この他にもEUプロジェクトで実施している舶用燃料電池システムの開発、離着桟のロボットサポートシステム、帆の性能向上の研究、ケミカルタンカーで多量に使用されているステンレスの量を減らすリユースの研究や、河川用タンカーで実船実験を行ったタンカーの衝突時の挙動・強度評価の研究も簡単に紹介していただいた。どの研究にしても環境影響評価はライフサイクルでの評価をしていく予定とのことであった。
3)Stapersma教授(舶用機関)
 舶用機関を担当しているが、デルフト工科大学にいる3名の舶用機関の教官はすべて非常勤であり、自身もオランダ海軍から大学に週に1回教えに来ているとのことであった。また、国内にある研究所にも機関関係の研究者はいないのでノルウェーのMARINTEK(ノルウェー海事工学研究所)と協力して研究を行っている。
 現在CO2, NOx, SOxの排出量評価方法について取り組んでおり、コンテナ船について検討結果の説明が行われた。この評価方法は船舶のミッション(コンテナ船の場合はペイロードの関数)、機関特性、推進性能を考慮した方法で、筆者も大学の講義で同様な評価方法を学んだ記憶があったので、質問すると我が意を得たりとばかりに詳しく説明していただいた。この評価方法を今後IMOに対しノルウェーと共に提案していく予定とのことであった。
 
写真4 
METEO CONSULT社にて
(左がStoter氏)
 
4)Jacob Pinkster助教授(船舶流体力学)
 環境負荷低減を図るための有効な方策としてロッテルダム港で1994年から始まったGreen Award Systemの説明が行われた。このシステムは安全で環境に優しい船舶に対しインセンティブを付加するもので、現在は7ヶ国45港が導入しており、第三者機関が行う審査に合格すれば港費が減免になる等のメリットがある。この制度を導入するメリットは船主側だけでなく、港側にもあり、優良な船であるかはっきりさせることはメリットがあると認識されている。
 意見交換の後水槽を案内していただいた。デルフト工科大学に水槽は2つあり、長さ142mと85mである。ただ、ここでも予算の関係で水槽の運営が非常に厳しいとのことであり、ベルリン工科大学と同様、運用中止になる可能性もあるとのことであった。
 METEO CONSULT社は15年程前に設立され、社員はオランダ国内に約50名、海外に約100名であり、気象・海象情報の各種提供サービス、ウェザールーティングサービスだけでなく、建設、保険等のコンサルティングも行っている。
 Marketing ManagerのStoter氏を訪問し、ウェザールーティングの現状について意見交換を行った。船上でのウェザールーティングサービスSPOSはコンテナー船、フェリー等100隻以上に使用されており、他社と比べて低価格をセールスポイントにしている。ウェザールーティングで問題となる海流の推定について、現状では他のサービス会社と同じくパイロットチャートを使用しているが、数ヶ月後に人工衛星データを使用し、緯度・経度1°間隔で流速・流向を予測するシステムを完成させる予定とのことであった。
 社内にはワーゲニンゲン大学の気象関係の学生が実習を行う部屋が用意されており、優秀な人材を採用するにはこれが一番とのことでありた。また、すぐ近くにあるMARIN(オランダ海事研究所)とはプロジェクト等で協力を行っており、同じ建物の1室にMARINのオフィスが入居している等関係が深い。
 
 
 今後、船舶からのCO2, NOx, SOx等排出量低減に対し、何らかの方策を講じていく必要があるが、欧州における研究開発の動向を調査した結果、船舶からのCO2, NOx, SOx等排出量低減には運航面からの検討が重要であり、システム化、評価方法の研究開発が進められている。これらの実用化にあたっては、運航者に対して合理性を示すことと自動化を行うことが効果的であるとの意見であった。
 また、ロッテルダム港で始まったGreen Award Systemは、環境問題に対する有効な制度であり、我が国でも同様の方策が望まれる。
 最後に今回の派遣の機会を与えていただいた日本財団及び日本造船学会の関係者にお礼申し上げます。
 

* 海上技術安全研究所 海上安全研究領域







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