日本財団 図書館


II-2 モデリングの調査研究
 海上災害防止センターは、自主事業として昭和63年及び平成元年の2カ年にわたって「海上防災技術に係る開発に関する調査研究」1)について海上防災技術開発委員会(委員長 秋田一雄 東京大学名誉教授)を設置して多様化する海上災害に対応するため、現状及び今後、対応すべき災害の態様及び推移等を分析し検討を行った。
 上記の2カ年にわたる分析結果から平成2年には「防除資機材の性能評価及び性能の再評価に関する調査研究」について、油防除技術等研究開発計画策定委員会(委員長 秋田一雄)を設置して、今後の研究開発すべき油防除技術及び資機材について、その開発可能性を評価しつつ、研究開発の推進方策を含めた研究開発計画を策定した。
 その結果、短期的課題として次の開発テーマを抽出するとともに担当機関についても開発テーマにより振り分けた。
 
a 流出油燃焼システムに関する調査研究(海上災害防止センター)
b 油処理剤による最適防除手法に関する調査研究(海上災害防止センター)
c 流出油拡散漂流予測シミュレーションの開発に関する調査
(シップ・アンド・オーシャン財団、筑波研究所)
d 流出油防除措置に関する調査研究
(シップ・アンド・オーシャン財団、筑波研究所)
e 放水ノズルの流出油流動制御方法に関する調査
(シップ・アンド・オーシャン財団、筑波研究所)
f 漁網による滞油性能調査(シップ・アンド・オーシャン財団、筑波研究所)
 
 以上によりモデリングの調査研究は、当センターではなくシップ・アンド・オーシャン財団、筑波研究所が担当することとなったが、本章ではモデリングに関する概略を述べる。
 
1 拡散漂流予測モデルの基本設計2)
 水面上に流出した油は、風・潮流等の力により移動(移流)しながら油自体が持つ流体の性質により徐々に広がるいわゆる拡散作用により拡散する。
 同時に、油特有の風化作用(蒸発、乳化、化学的分解及び生物的分解など)により次第に小さくなり消滅していく。
 本調査では、油拡散漂流予測モデルを図II-2.1のようにいくつかのサブモデルに分割し、それらを合成することにより全体のモデルを構築する。
 ここでは流況予測、風の分布予測、風圧流予測及び油の移流・拡散予測の各サブモデルを基本モデルと定義し、油の物性の変化を風化予測サブモデルとして同時に取り扱えるようにする。
 
図II-2.1 油拡散漂流予測モデルの概要
 
(1)流況予測サブモデル
 海の流れを観測したときに得られるデータは一般に不規則なものであるが、ここでは海域の流れを潮流、海流、吹送流の成分が重なり合ったものとして捉えることを基本としている。
 
V=Vt+Vc+Vw
 
 ここで、
V: 合成流
Vt: 潮流
Vc: 海流
Vw: 吹送流
 
 従って海の流れの予測も、これら要因別の流れをまず予測し、結果を重ね合わせることによって行うことができる。流れの予測については海域を格子分割して、各格子の要因別流動データテーブルをあらかじめ用意しておく方式を採用した。要因別データテーブルの内容は以下のとおりである。
 
1)潮流データテーブル
 潮流のデータテーブルは主要4分潮の調和定数から構成されている。この調和定数は、対象海域を単層モデルによる数値計算を行って、その計算結果を調和分解して求めた。
2)海流データテーブル
 海流のデータテーブルは、過去の電磁海流計(GEK)データや音波ログデータを統計処理した後、海流パターンをいくつか用意して各格子に流速を保存した。これを再現目標値とした単層モデルによる数値計算結果を用いた。
3)吹送流データテーブル
 吹送流のデータテーブルは、4風向の吹送流計算を3層モデルで行いその結果を経時的に保存したものである。現在の吹送流は、過去の風によって引き起こされた吹送流の重ね合わせであるという考えを基本としている。
 
(2)風の分布予測サブモデル
 吹送流を合成するための風圧流を求めるための海上風の分布予測サブモデルは、陸上のアメダス観測点のデータから補完して求めた。
 
(3)風圧流予測サブモデル
 油などの被膜状物質の風による漂流速度については、境界層の取扱いなど未解決な部分が多く、次の経験式で求める場合が多い。
 
Vr=k0・U10
 
 過去の油流出事故例から求めたk0値は0.025〜0.042、つまり海上風の2〜4%となっている。また、風圧流による物体の移動が偏向角を持つのか、持つ場合はどの程度かは既往文献では、北半球では風向から右へ15度程度偏向させているものもあったが、多くは明確に記述していない。そこで本システムでは偏向角を任意に設定できるようにした。
 
(4)移流拡散予測サブモデル
 ここでは油の移流拡散モデル粒子追跡の手法(ドリフトモデル)を基本とした。流出油の適当な塊を1つの粒子と考え、個々の粒子は潮流、海流、吹送流及び風圧流により運ばれ、乱れにより散らばるとする。
 従ってここではFayの式の初期段階の拡散が終了した後の移流を考えることになり、油を想定した粒子が流れや風により移動するという設定である。
 油の拡散過程は、スリックの重心の移動とその重心からの分散の和であると考えることができる。この拡散過程を粒子の移動で代表させるために、粒子個々の運動を流れによる移流と海洋の乱れによるランダムウオークの和として考えた。なお、移流拡散予測サブモデルの「拡散式の選定」3)は次の検討のうえFayの拡散式とした。
 
 海面に流出した油は、一般に力学的平衡により広範囲に広がっていく。
 流出油の拡散過程において、油の物性は風、波、流れ、温度、太陽光線などの外的条件の影響を受け変化していくが、既往の拡散モデルの多くは、これらの諸条件を無視した理想的条件において考えられている。
 シミュレーション解析を実施するにあたり、拡散式を既往モデルの中から選定する必要があり、Fay、元良、Blokkerの3つのモデルの比較、検討を実施した。
 比較、検討の結果は表II-2.1のとおりで、Fay、元良の式はどちらも同程度であるが、本調査においては、元良の式は流出直後だけを考えており、基礎式としては、表面張力を考えているものの、その結果が示されていないこと、また、室内実験(Fay: 1971(図II-2.2参照)、埜口ら:1980)、現場実験(EPA: 1974)、実際の事故例の解析(Hoult: 1972(図II-2.3)、Brown: 1973、玉井:1975)を基に検討され、その実証性が認められていることから、James A Fay(1969)の式を用いることとした。
 
表II-2.1 流出油拡散式の比較・検討
 
図II-2.2 慣性−粘性による拡散の理論値と実験値の比較
(Fay, Prevention and Control of Oil Spills, 1971)
 
図II-2.3 表面張力による拡散面積の理論値と観測値
(Hoult, National Academy of Sciences, 1972)
 
Fayの拡散式4)
 Fayは力の平衡解析に基づいて次元解析を行い油の拡散モデルを作成した。
 すなわち、静穏な水面上に瞬間的に放出された油は、時間の経過とともに重力−慣性力、重力−粘性力、表面張力−粘性力の3つの過程を通じて拡散していくとして、拡散式を以下のように示している。
 
重力−慣性領域:R=C1・(Δ・g・V・t21/4
重力−粘性領域:R=C2・(Δ・g・V2・t3/2・νw-1/21/6
表面張力−粘性領域:R=C3・(σ2・t3・ρw-2・νw-11/4
油の最大拡散面積:Amax(m2)=105・V3/4
 
C1: 重力−慣性領域の拡散比例定数
C2: 重力−粘性領域の拡散比例定数
C3: 表面張力−粘性領域の拡散比例定数
R: 拡散半径(cm)
g: 重力加速度(cm/sec2
V: 油量(cm3
t: 流出後の時間(sec)
νw: 海水の動粘性係数(cm3/sec)
σ:正味の表面張力(dyne/cm)
 

引用文献
1)「海上防災の調査研究報告」(海上防災技術に係る開発に関する調査研究)
海上災害防止センター、調1-4、平成2年3月
 
2)「大規模油流出事故対応の防除技術・資機材の研究開発報告書」、
(財)シップ・アンド・オーシャン財団 筑波研究所、報告18号、平成4年(1992)3月
 
3)「海上防災の調査研究報告書」、海上災害防止センター、調60-4、昭和61年3月
 
4)James A.Fay: The spread of oil slick on a calm sea, Oil on the Sea, August, 1969







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION