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(2)既存設備・施設の簡易な改良の推進
 先に述べたように、交通バリアフリー法では、既存の船舶・旅客施設等のバリアフリー化は努力義務とされるが、事業者の採算状況や行政の財政状況が厳しい中、船舶の代替やターミナルの新設の実現には長期間を要する場合も多いことから、利用者ニーズからみて優先度・緊急性の高い事項のうち、投資額が比較的小さい簡易な改良については、積極的に進める必要がある。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)段差解消や手すり・屋根の設置など移動経路のバリアフリー化の推進
 ターミナルビル内、乗船経路、船内など移動経路全般の段差解消や手すりの設置については、利用者から改善要望が多くあげられ、船舶や港湾の規模にかかわらず、共通して対応が必要な事項である。
 ビル内や船内のドア等の段差は、簡易なスロープの設置により解消できる場合も多く、ケーススタディの対象航路でも設置事例がみられた。また、乗船経路への屋根の設置についても、荷役車両等の走行する岸壁そばのエプロン部分は難しいが、それ以外の陸側の部分については、比較的簡易な施設として設置できる場合も多いと考えられる。
 このほか、ケーススタディの対象航路では、比較的小規模の投資で可能な移動経路の改良事例として、車いすが通行しやすいようにフェリーのランプウェイ床面の滑り止めをなくした例や、バスの乗降口の段差を小さくするための踏み台をバス車内に常備している例などがみられた。
 
2)洋式トイレ設置の推進
 船内やターミナルビル内のトイレについても、問題点として多くあげられたが、空間的余裕のない小型船ではほとんど未対応である。こうした小型船の場合、身障者用トイレの設置は難しいが、和式トイレから洋式トイレへの改造であれば、空間を拡大する必要がなく、かつ高齢者等にとっては利便性向上の効果も大きい。
 また、船舶の乗下船口と同一フロアに何らかの客室が設置されている場合には、高齢者や障害者はその客室を利用することで、高齢者や障害者等が船内で階段による上下移動をしないで済むようになる。すでに、旅客の乗降にランプウェイを利用する船舶で車両甲板と同一フロアにシルバー室を設置している例や、身障者用トイレの設置されている船舶でこれと同一フロアに身障者優先室を設置している例もある。このように、可能な限り乗下船口や身障者用トイレ・洋式トイレと同一フロアに客室スペースを確保し、なるべく上下移動をしないで済むような構造としていくことが望まれる。その際、優先室・専用室という形をとらず、誰もが利用可能なスペースとした上で、利用客がお互いに譲り合うことで高齢者や障害者の利用が優先されるようにしていくことが望ましい。
 
(3)人的な対応による交通バリアフリー化の推進
 船員・係員等による人的な案内・介助等のソフト面での対応は、ハード面での対応が困難なものについて、その不足を補うという意味だけでなく、ハードが十分に整備されている場合でも、船員や係員等が温かい心を持って接するという心構えの意味でも重要な要素であることから、すべての船舶・航路において、積極的に取り組んでいく必要がある。
 特に、小規模な離島や集落では、住民と船員等が顔見知りであるということを最大限活用し、きめ細かなサービスを提供していくことが可能である。さらに、バリアフリー化に関する専門的な教育・研修を充実させることで、より適切なサービスが提供できるようになる。
 また、介助に必要な係員が不足するような場合に一般利用者にも積極的に協力してもらえるよう、事業者や国・地方自治体においては、一般利用者の理解を深めるような呼びかけ・働きかけを行っていく必要がある。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)大型フェリー等における自動車による乗降サービスの実施
 乗下船口が地上から高い位置にある大型フェリーの場合、乗下船時の上下移動への対応が交通バリアフリー化にあたっての大きな問題点となるが、多くの大型フェリーでは車両甲板上層部と同一フロアに船室も設置されていることが活用できる。すなわち、高齢者や障害者で乗下船口までの上下移動が困難な場合、乗船予約などの際に予め申し出ることにより、事業者側が自動車を用意して高齢者や障害者を乗せて車両甲板まで乗り入れ、さらに車いすで船室まで誘導するというサービスである。併せて、車いすの貸出しサービスも実施することが適当である。
 すでに一部の事業者が実施しているが、大型フェリーへの乗降時において広く汎用性のある方法と考えられる。
 
2)案内・介助に関する研修・指導の推進
 一般に船舶への乗降は、他の交通機関、特に陸上交通機関と比較して、波浪や干満などの自然条件に対応する必要があることや、安全性確保のため船内には段差や勾配が設けられていることなどから、高齢者や障害者にとって移動の制約となりやすい。このため、船員や地上係員は、従来から利用客の乗降を手伝うなどの意識が比較的高い。
 交通バリアフリー化の人的な対応についても、その重要性を認識し、困っている人に対して誠意をもって応対するという心構えがまず重要であり、仮に専門的な知識がなくても、「何かお手伝いすることはありませんか」と声を掛けることなどして、何を必要としているのかを聞くことで、最低限の対応は行うことができる。
 さらに、離島航路事業者の職員(船員・地上係員等)や旅客船ターミナルの職員が、身体の障害の種類・程度に応じた適切な対応方法についての知識など、交通バリアフリー化に関する知識や技術を習得することで、ソフト面での交通バリアフリー化が一層進むことになる。
 こうしたことから、船員法に基づく船員の非常時に備えた操作訓練や通常業務のミーティング、船舶運航管理者に対して実施される船舶運航管理者研修会等の機会を通じて、交通バリアフリー化の研修・指導を推進することが適当である。行政において、交通バリアフリー化に向けた研修会を開催することも期待される。
 なお、交通バリアフリー化に関する人的な対応については、以下の資料が参考となる。
 
*「交通バリアフリー介助マニュアル」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「接客と障害者の対応要領に関するビデオ」
(社団法人日本旅客船協会)
 
3)バリアフリー情報の共有化
 交通バリアフリー化の実現状況は、高齢者や障害者等の利用者がその情報を得て実際の外出行動に活用される必要がある。このためには、事業者や行政が交通バリアフリー化に関する情報を積極的に発信することも必要であるが、同時に利用者の視点から交通バリアフリー化の実現状況を把握し、評価することも有効である。
 例えば、名瀬市の身体障害者協会、奄美療育研究会など十団体で作るバリアフリーウォッチング実行委員会では、障害者団体のほか建築、土木、造園の各業界団体、NPO法人等の参加を得て、島内の観光施設や福祉施設等を対象としたバリアフリーウォッチングを実施している。
 このように各関係主体が連携し、交通バリアフリー化に関する情報を共有化するとともに、高齢者や障害者等、一人ひとりに対してわかりやすく発信していく必要がある。
 
(4)交通サービス自体の維持・拡充
 自家用車を運転できない高齢者や障害者等にとって、港までのアクセス手段となる路線バス等が維持され、その利便性が向上すること自体が交通バリアフリー化の手段である。一方で、バス事業単独では採算性を確保することが難しく、今後は行政の責任でバスの運行を維持するか、もしくは廃止するという選択が迫られるようになってくることから、路線バスの維持方策を交通バリアフリー化の観点からも検討していく必要がある。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)離島航路や路線バスの多機能化
 ケーススタディを実施した加計呂麻島では、バスが単なる輸送手段としてだけでなく、買い物代行など住民生活を支える多様なサービスを提供しているが、毎日定期的に運行されるバスは、このほかにも高齢者の見回りなどの福祉サービスの代替、道路など公的施設の巡回管理、気象観測や災害情報の収集、スクールバスなど他の交通サービスの提供など、多様なサービスを併せ持つことが可能である。
 こうしたことから、交通サービスの維持方策として、このような多機能化・複合化を推進し、それぞれの機能を本来提供すべき地方自治体等が機能ごとに応分の負担を行うという考え方を採り入れることが有効と考えられる。







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