日本財団 図書館


(3)交通バリアフリー化に期待される効果
(1)高齢者・障害者等の外出の自由度の向上や外出機会の拡大
 アンケート調査結果において住民、市町村、離島航路事業者のいずれもが指摘するように、交通バリアフリー化に期待される最大の効果は、高齢者や障害者等の外出の利便性・安全性が高まり、外出の自由度の向上や外出機会の拡大につながることである。言い換えれば、高齢者や障害者等の生活の質(QOL: Quality Of Life)を向上させることが交通バリアフリー化に期待される最も重要な効果である。
 その中でも、住民アンケート調査結果からみると、外出範囲(目的地)の拡大と外出頻度(回数)の拡大が特に期待されている。外出範囲や外出頻度の拡大とは、これまで船を利用できなかった人や、利用できても本人あるいは家族等への負担が大きいことから島外への外出を遠慮していた人が、積極的に島外に外出できるようになることである。
 
(2)外出に伴う経済的・時間的・精神的負担の低減
 交通バリアフリー化により高齢者や障害者等が1人で外出できるようになることで、これまで介助のために同伴していた家族等の時間的・精神的負担は軽減される。同時に、迷惑をかけているという本人の精神的負担も軽くなる。
 また、交通バリアフリー化は、外出時の移動費用の削減効果ももたらす。
 ケーススタディ結果によれば、車いす使用者が加計呂麻島から奄美大島に行く場合、車いすのまま乗船するためだけの理由で自動車ごとフェリーに乗るケースがあり、往復で数千円ないし1万円以上の費用がかかる。このような車いす使用者の自動車航送費用や、港までの交通手段としてバスが利用できずにタクシーを利用する場合の運賃などが、交通のバリアフリー化によって軽減される。
 さらに、病院への通院などの外出に際して、現状ではヘルパーに介助を依頼しなければならない場合でも、交通バリアフリー化によって1人で外出できるようになれば、ヘルパー派遣を依頼する費用負担も軽減される。
 なお、このような経済的・時間的・精神的負担が理由で外出を控えている場合、(1)で述べた外出機会の拡大にもつながる。
 
(3)地域経済・社会の活性化
 交通バリアフリー化によって高齢者や障害者等の外出が促進されることは、地域社会の活力を維持・向上させ、地域の活性化に効果を及ぼす。アンケート調査においても、市町村からは、交通バリアフリー化が地域振興の寄与に及ぼす効果に対して期待が大きいことが確認された。
 具体的には、高齢者や障害者等の就業機会の拡大や消費活動の活発化が地域経済の活性化につながることや、さまざまな地域活動への積極的な参加が地域コミュニティの活性化に寄与することなどが想定される。また、高齢者や障害者等にとって買い物や通院などの外出が容易になり、離島でも安心して生活できることになれば、今後も地域に住み続けることが可能になり、人口減少に歯止めをかけ、地域社会を存続させる効果も期待できる。
 さらに、交通バリアフリー化は、離島住民だけでなく、離島を訪れる観光客への効果も期待される。高齢化の進展によって高齢者の観光マーケットが拡大する中で、離島の交通バリアフリー化が実現し、誰でも利用しやすいことが広く認識されるようになれば、島外からの観光入込客の増加に寄与することとなる。ただし、航空路線が開設されている離島の場合、観光客の多くは航空機を利用すると考えられることから、航空輸送面と連携したバリアフリー化が重要となる。
 
(4)離島航路事業の活性化
 離島航路事業者にとって、交通バリアフリー化への取り組みは、社会的な要請であり、法律によって課せられた責務であることから、事業採算性の向上に寄与するから取り組むべきとか、そうでないから取り組まなくてよいということではない。
 ただし、離島航路事業者へのアンケート調査結果をみると、特に民営事業者において、交通バリアフリー化によって、自社航路の輸送需要が拡大することや、航路の信頼性・競争力が向上することへの期待も比較的大きい。これは、交通バリアフリー化への取り組みを離島住民の外出増加や観光客の来訪増加につなげることにより、交通バリアフリー化に伴う事業採算性の低下を最小限にとどめようとする視点に立ったものと読みとれる。今後は、民営ばかりでなく公営や第三セクターの事業者も含め、交通バリアフリー化への取り組みを事業の活性化にできる限り活用する方向で取り組んでいくことが期待される。
 
3. 今後の交通バリアフリー化の方向性と推進方策
 ここでは、これまでの検討結果を踏まえ、鹿児島県の離島における住民ニーズを踏まえた交通バリアフリー化の方向性および推進方策を検討する。その際、大型フェリー航路、小型フェリー航路、高速船航路、一般旅客船航路という各類型に即して、ケーススタディ結果の一般化を試みるとともに、シームレスな交通バリアフリー化という視点から、港までのアクセス手段も含む一連の移動経路を考慮した検討を行う。
 
(1)利用者の視点に立った交通バリアフリー化の基本方向
 交通バリアフリー法の施行により、交通事業者や港湾管理者は、船舶や旅客施設等の新設にあたって「移動円滑化基準」への適合が義務づけられ、既存の船舶や旅客施設等について「移動円滑化基準」に適合させることや、高齢者・障害者等への適切な情報提供、職員に対する必要な教育訓練が努力義務となった。
 利用者の視点に立った交通バリアフリー化の視点からは、こうした法制度を遵守することはもちろんのこと、高齢者・障害者等にとって利用しやすい交通施設・サービスを提供することが肝要である。
 
(1)利用者ニーズや地域特性へのきめ細かな対応
 利用者の視点に立った交通バリアフリー化を進めていくためには、「移動円滑化基準」等の法制度に適合することを最低限の対応と位置づけ、高齢者・障害者等の利用者ニーズを十分に踏まえて、交通バリアフリー化に取り組んでいく必要がある。
 高齢者・障害者等における移動の制約は、年齢や障害の種類・程度等によって多様であり、また、各地域によって住民の外出行動の特性や交通条件もさまざまである。こうしたことから、交通バリアフリー化への取り組みにあたっては、利用者ニーズや地域特性を踏まえ、きめ細かな対応を行っていく必要がある。
 
(2)既存の船舶・旅客施設等の改良やソフト面の対応への積極的な取り組み
 既存の船舶・旅客施設等については、交通バリアフリー法においてバリアフリー化が努力義務とされていることや、使用過程の船舶・施設等の大規模な改良は費用対効果の点でメリットが必ずしも大きくないことから、交通バリアフリー化が次回の更新時まで進まない恐れもある。しかし、一般に船舶は十数年ないしそれ以上の長期にわたって使用されることを考えると、利用者の視点からみて優先度・緊急性の高いものについては、今すぐにでも積極的に交通バリアフリー化に取り組んでいく必要がある。
 こうしたことから、利用者ニーズからみて優先度・緊急性の高い事項のうち、投資規模が比較的小さく、ハード面での対応が可能なものについては、船舶・旅客施設等の改良を積極的に推進する必要がある。また、ハード面での対応が困難なものについては、船員・地上係員等による人的な対応により、ソフト面からの交通バリアフリー化にも積極的に取り組み、利用者のニーズに少しでも応えていく必要がある。
 
(2)交通バリアフリー化の方向性と推進方策
(1)船舶の代替やターミナルの新設を契機とした交通バリアフリー化の推進
 交通バリアフリー化に関する問題点を抜本的に解決するには、船舶や車両の代替時、港湾施設の大改良時にバリアフリー化対応とすることが第一である。この場合、交通バリアフリー法の施行により移動円滑化基準に適合することが求められているため、法律に定める必要最小限の対応は義務として行われることとなる。
 このような代替・新設時に重要なことは、設計の初期段階から高齢者・障害者等の意見を把握・反映し、実際に利用しやすい船舶や施設等とすることである。法律に定められた条件を満たすのはもちろんのこと、経路全体として動線が適切であるか、案内表示がわかりやすいか等、基本構想や基本設計の段階から案を公表し、利用者ニーズを反映させていくことが求められる。
 具体的な推進方策として、以下のようなものが想定される。
 
1)設計の初期段階から利用者ニーズを収集・反映する取り組み
 船舶の代替や旅客ターミナルの新設等を行う場合には、高齢者・障害者等の利用者の意見を設計の初期段階から収集し、利用者ニーズを反映させるための取り組みが必要である。
 この場合、具体的な方法については、個別に意見を聞く方法や、各関係主体からなる協議会等の検討組織を設置する方法など、地域や航路の実情に応じた対応が求められるが、いずれにしても、基本構想・基本設計の段階から案を提示し、利用者ニーズを踏まえながらフィードバックしていくというプロセスを形成することが肝要である。その際、利用者の率直なニーズを収集し、ニーズを踏まえて実現できることと、予算上の制約や技術上の問題などから実現が難しいことを明らかにしていくという形での対応が望ましい。
 
2)継続的に利用者ニーズを収集・反映する取り組み
 利用者からみた交通バリアフリー化に対するニーズは、船舶や旅客ターミナル等を利用したその場で感じることであり、上記のような検討組織だけでなく、利用者が随時気付いた点を事業者等に還元できる継続的な仕組みが必要である。例えば、クルーズ船等では利用者アンケートが船室に備え付けてあるが、離島航路の船内や旅客ターミナルにもこうしたアンケート用紙を常備することが想定される。なお、このアンケート用紙は、交通バリアフリー化だけでなく、利用者からみたさまざまな意見を表明する機会として活用することができる。
 
 なお、具体的な施設・設備の設計にあたっては、以下の資料が参考となる。
<海上旅客輸送全般>
*「高齢者・障害者の海上移動に関する調査研究報告書」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
<船舶>
*「旅客船バリアフリー 〜設計マニュアル」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「内航旅客船における移動制約者のための設備の整備に関する調査研究報告書」
(運輸施設整備事業団(現 鉄道建設・運輸施設整備支援機構))
<旅客船ターミナル>
*「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン 追補版」
(交通エコロジー・モビリティ財団)
*「交通拠点のサインシステム計画ガイドブック」
(交通エコロジー・モビリティ財団)







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION