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海外運輸 2003年6・7月 141号

 事業名 基盤整備
 団体名 海外運輸協力協会 注目度注目度5


ミャンマー国鉄インセン機関車工場
大嶋 薫
 
 2003年5月下旬ミャンマーを訪れた際、ヤンゴン市内にあるミャンマー国鉄インセン機関車工場を偶然にも訪ねる機会に恵まれましたので、工場の様子などをご紹介したいと思います。
 
ヤンゴン市
 ミャンマー連邦の首都ヤンゴン市は緑の多い美しい街です。市中心部に人工の湖があり、木々の上には金色のパゴダが顔をのぞかせます。訪れたのはアウン・サン・スーチーさんがマンダレー市近郊で拘束される丁度1週間前でしたが、軍事政権下という緊張感も特になく、人々の表情は明るくのんびりとしていました。イギリス統治時代の名残りでヤンゴン中央駅など重厚な建物が多く、高い建物はダウンタウンのトレーダーズホテル(19階)をはじめ数えるほどしかありません。日射しは強いけれども、湿度が低いので思ったより過ごし易いところでした。
 
ミャンマーの鉄道
 ミャンマーの鉄道はMINISTRY OF RAIL TRANSPORTATIONに所属した、いわゆる国鉄でありMYANMA RAILWAYと呼ばれています。全長4,500キロと言われ、軌間は1メートル、全線非電化です。都市鉄道に相当するものはありませんが、ヤンゴン市をぐるりと取り囲む全長約48キロの環状線があります。複線化されており、ディーゼル機関車が5両の客車を牽引する列車が、日中は約30分間隔で運転されています。運転速度は30km/h程度でお世辞にも速いとは言えず、常時徐行している感じあるいは遊園地の列車の感じと言えば分かるでしょうか。軌道状態のせいか車両のサスペンションのせいか分かりませんが、軌条継目で低速の割にはやや大き目の上下動が感じられました。客車は幅2.8メートル程度の2ドアロングシート車で、ドア・車内照明はなくシートは木製のベンチです。1周20チャット(1チャットは約0.1円)と言う運賃の安さもあってか、日焼けしたおじさん、山のような荷物を持ったおばさん、物売りの子供など庶民で客車は5両とも立ち席を含めてほぼ100%の乗車率でした。
 その環状線をヤンゴン中央駅から西北に約16km程行ったところにINSEIN駅があり、その西側にINSEIN LOCOMOTIVE WORKSHOPがあります。敷地の広さは、資料によれば10.84ヘクタール、職員数は1,537名、主に291両あるディーゼル機関車の修理を行っています。職員の構成は軍14名、管理職82名、事務105名、熟練工997名、非熟練工339名となっています。
 
環状線列車
 
歴史
 INSEIN機関車工場は、1875年に蒸気機関車の修理工場として開設されました。1940年頃には蒸気機関車は365両に達しましたが、第二次世界大戦で多くが破壊され戦後英国政府による復旧工事で1958年には297両まで回復しました。当時のINSEIN工場は、1ヶ月当たり5両の機関車を修理していたそうで、これは全ての機関車を5年で修理できる能力を持っていたことになります。
 1958年にフランスのアルストーム社製の1200馬力ディーゼル電気機関車6両が初めて導入され、これ以降ディーゼル化による動力近代化が押し進められました。現在ではディーゼル電気機関車196両、液体式ディーゼル機関車95両に達し、蒸気機関車は39両だけになっているそうです。しかし僅かとは言え、いまだに蒸気機関車が現役で使われているとは驚きです。工場の話では、一部の蒸気機関車は欧米の観光客向けに特別に運転しているそうです。老朽化が進んでいて維持に苦労しているのではないかと思われました。
 ディーゼル機関車の増加に伴い、INSEIN工場は蒸気機関車修理工場からディーゼル機関車修理工場に大改修されました。改修後の1981年からディーゼル電気機関車のエンジン交換を含む改造工事やオーバーホール工事が開始され、フランスのローンとGECアルストーム社から派遣された技術者の協力を得て10年間で62両を改造しました。
 一方OECFローンによるミャンマー鉄道近代化計画の一環として、500馬力の液体式ディーゼル機関車が1986年に7両(完成車2両、ノックダウン5両)、1988年に5両(完成車2両、ノックダウン3両)投入されましたが、88年の3両は日本の技術者の協力を得てINSEIN工場で成功裏に完成させたそうです。
 その後OECF及びOPECのローンにより多数のディーゼル電気機関車のエンジン交換を始めとする改造工事が、日本及びフランスの技術協力のもとINSEIN工場で実施され、その間多くの技術者が日本、フランス、ドイツ、中国、インドの車輌メーカーで研修を受けたそうです。
 1999年にはインドのローンにより1350馬力の中古ディーゼル電気機関車10両が投入されると同時に、インドのRotomac Electrical Private Limitedとの契約によってINSEIN工場に主発電機・主電動機の修理・製造職場が新設されました。
 
見学
 見学した日は、たまたま土曜日で休日でしたが、U SAW VALENTINE副工場長以下6名の技術者に対応していただき、工場内各職場の見学と詳しい説明をしていただきました。
 工場の主要な業務はディーゼル電気機関車の修理とのことで、組立職場には何両もの機関車が車体外板を外された状態で置かれていました。修理に必要な部品は購入できないので、ほとんどを工場内で製作しているとの説明を裏付けるように、鋳物職場には鋳造された台車枠、ブレーキシュー、空気圧縮機のものと思われるシリンダブロック等さまざまな鋳造品が積み重ねられていました。鋳造の材料は国内で産出したものを使っています。鋳造した部品は旋盤等の工作機械で加工して完成させるそうです。完成した台車枠は形こそちゃんとしていますが、材質が不明だったので強度的に十分なのか疑問が残りました。軸受け、ピストンリング、車輪のタイヤの3点だけは作れないので輸入している、との説明でした。作れない理由は工作精度もさることながら、摩耗に耐える特殊な材料が国内では調達できないせいではないかと思われました。工場内には日本から到着したばかりだというタイヤが積み上げられていました。
 
機関車工場内部
 
鋳造された部品類
 
鋳造された台車部品
 
 電気職場では、回転子を抜き取られた主発電機、主電動機と、抜き取った回転子が各々作業台に載せられていました。巻線用の銅線はどうやって調達しているのか質問しましたら、国内で銅が産出する、との答えでした。
 このように自前で製作した部品を組み合わせて機関車を作る努力もしており、2軸の小型ディーゼル機関車(機関車と言うより自走式作業車のようなもの)と、それよりは大型の4軸の気動車を作った、と自慢そうに見せてくれました。4軸の気動車は全長12メートルほどの旅客車でしたが、なぜかボギー車ではなく1-2-1という変則的な軸配置でした。次は本格的な機関車を作りたいが、機関車設計の教科書が無いので困っている、設計の参考書が欲しいという副工場長の話でした。
 
自作した気動車
 

※当協会調査部長







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