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シリア観光の現状と将来
佐竹 真一
 
 2002年12月初めから2003年3月初めまで、JICA短期派遣専門家として、シリアアラブ共和国観光省の顧問の立場で、観光分野における日本の援助の可能性に関する調査に従事してきました。
 中近東は、1999年6月末から2年間、JICA長期派遣専門家として、エジプトアラブ共和観光省の顧問の立場で、総合観光開発計画調査などに携わって以来、2度目ですが、この二つの国には、それぞれに特徴があり、興味深い比較ができましたので、その一端をご紹介したいと思います。
 
知られざるシリア
 まず、日本で入手できたシリアに関する情報は、「古くて、少なくて、偏って」いた、と言わざるをえません。殊に、観光に関して赴任前の準備段階で収集できたものは、着任後収集したものに比べると、雲泥の差がある、と言うべきものでした。
 1997年3月から1998年7月にかけて、日本の援助の一環として、総合観光開発計画調査が実施されており、その報告書には、国家計画の主要な部分を構成するセクターとして把握する視点の下に集められた情報や、その解析に基づく計画案は、多角的かつ総合的に示されています。
 しかし、初めてこの国のことを知ろうとする者にとっては、不満の残るものとなっていました。
 一介の、どこにでも居るような、普通の、平凡な旅行者、観光客、ツーリストの知りたいものを、このような報告書に求めること自体が無理であり、筋違いであることは明らかですが、それほど、日本で事前に入手できた情報が「少なかった」のです。
 前任地であったエジプトとの、殊に観光に関して日本で入手できる情報の量と、多様性と、新鮮さとの大きな落差も、「少ない」と言う印象に拍車を掛けているのでしょう。シリアにおいては、日本のツーリズム市場に観光情報を届ける努力は、長くなおざりにされてきたと言わざるをえず、この点は、在任中のアドバイスの主要な部分となりました。
 「古い」と言う点については、2001年に、父親であるアサド前大統領の死去に伴い、次男である現在のバッシャード・アル・アサド大統領が就任して以降の変化の大きさを特記すべきでしょう。
 若くて欧米の情報に接することの多い現大統領が、父親のなくなる2年前に長男が交通事故で死亡したことに伴い帰国し、帝王教育を受ける機会のあったことも、彼が父親の時代の「古さ」を熟知する機会を与えているのかもしれません。
 眼科医として、英国で博士号をとり開業し、コンピューター技術者として同じく英国で働いていたシリア女性と結婚したと言う経歴を持つ若い大統領は、外交と軍事においてはイスラエルと対抗する基本姿勢は父親の時代を継承しながら、経済の分野で打ち出そうとしている姿勢には、経済発展を続ける中国を手本としているように見受けられます。
 父親の時代には、「ならず者国家」と呼ばれ、本年の「イラク戦争」の後には、米国からフセインを匿ったとか大量破壊兵器を持っているとか疑いを掛けられながらも、現シリア政権は、現在までのところ「うまく対応」してきていると言えるでしょう。
 忘れてしまった日本人が多いかもしれませんが、先の「湾岸戦争」の際には、シリアは多国籍軍の一員として戦っています。また、それ以来、EU諸国との関係が拡大してきています。
 父親の時代に「ならず者国家」として欧米の報道機関から流されてきた情報は、現大統領の目指そうとしている方向を理解するに必要な情報に比べて、「偏っている」と言わざるをえません。少なくとも、日本人の多くが描くシリアのイメージは、ダイナミックに変化しようとしている現状とは大きく異なったものであると言えるでしょう。
 「知られざるシリア」を物語るものとして、最も印象的だったことは、識字率の高さです。6歳から45歳までで95%に上り、多くの海外留学生を受け入れているダマスカス大学に代表される大学教育までは、自国内で完結できると言う高い教育水準の幅広い底辺を構成しているのです。エジプトの識字率が50%前後とされているのと好対照を成しています。
 現大統領は、国民の間にパソコンを普及させようと、全国に設立された16のツーリズム学校に例外なくパソコン教室を設置させるなど、様々な奨励策を講じていますが、遠くない将来に、様々な分野で大きな成果に結びついていくことが期待されます。
 
ツーリズムの位置づけ
 現大統領が新政権発足にあたって任命した多くの大臣の中でも特に信任が厚いと言われている現観光大臣は、ダマスカス大学の地図学の教授でもあり、「カヌーン」という中東の民族楽器の奏者としても著名な教養人ですが、「この国が、その“outside”で抱かれているイメージと、“inside”で持っているイメージとの間には、大きな隔たりがある。」と強く感じており、ツーリズムを「国際社会の一員として、正しく理解される為の重要な方法」と評価しておりました。私との最初の会見で、この点に触れ予定の時間を大幅に超えて議論を深め合ったことでした。
 ツーリズムを、石油、農業、工業と並ぶシリア経済の主要な4本の柱の一つと位置付けるとともに、この認識の下に、関連政策を体系化していこうとしています。
 この意味において、観光大臣Dr.KaIaaは、マス・ツーリズムやツーリズムにおける行き過ぎた商業主義の弊害を熟知しており、関連産業の関係者を啓発するに当たっても、また、観光省のスタッフの指導に当たっても、幾度も慎重に注意を喚起してきています。
 
観光大臣Dr.Kalaa
 
シリアのツーリズムの課題
 こうした国家的な戦略を担ったツーリズムの政策を立案し実行していくシリア観光省自体の組織改革も、大きな課題となっており、在任中様々角度からアドバイスを重ねた分野でした。Dr.Kalaaは、2001年末まで勤務していた土木工学部(Dept of Civil Engineering)の人脈などを生かして、語学に堪能で専門性の高い職員を観光省に集め、人材の一新を図っていました。
 それまでの「社会主義の負の遺産」とも言うべき沈滞した官僚主義や権威主義や秘密主義を打破してゆくのは容易なことではありませんが、新任の若手の局長たちも、大臣と同じく使命感に燃え、解決すべき多くの課題に取り組んで深夜まで働くことをいとわず、私とも公私共に交際を求め、貧欲に情報を吸収しようとする姿勢を崩しませんでした。
(つづく)
 

※日本航空(株)人事部研究開発室主任研究員







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