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7. 3歳幼児ダミーの設計・試作
7.1 基本構造
 他の用途に使用されている類似のダミーや、外国におけるダミーの構造を参考にし、ダミーは、頭部、胴体部、左右上腕部、左右前腕部、左右大腿部、左右下腿部(足部と一体)の10分割とし、各部分は関節(9個)で接合されるものとした。また、各関節の可動域は成人の可動域(文献5)を参考とした。
 身体の材質は、各部の質量調整を可能にするためFRPの中空構造とし、内部に質量調整用の空間を設けること、またできるだけ各部の比重を人体に近づけるため、関節部は金属製ではなくプラスチック製を検討した。その他、水中で使用されるため、ステンレス製ボルト等それに適した材質を使用することとした。
 
7.2 各部の形状、容積及び質量等
 最初に試作するダミーは3〜4歳の幼児に対応するものとし、工業技術院のデータから3歳6ヶ月の男子の平均身長(95.9cm)及び平均体重(14.6kg)を基本数値とし、その他周長等のデータを利用した。それ以外の数値は、今回得られた人体計測値を参考にした。外形形状については、基本数値に近い男子の写真測定値より高さ5cm毎に幅及び奥行き寸法を読みとり、各部分毎に容積計算を行い、容積目標値に近くなるよう形状を修正して設計した。設計手順概要を図5に示す。
 人体各部の具体的な質量についての文献は見あたらなかったが、文献(4)によれば、人体各部の比重は脂肪以外すべて水より重いが、肺に多量の空気があるため全体としては1に近いといわれている。ここでは仮に、胴体部に肺の空気があると仮定して胴体部比重を0.95とし、頭部比重を1.05、その他の部分を1.0に設定したところ、全身の比重が0.98、重心高さの身長に対する比率は57%とほぼ目標に近い数値が得られたため、この設定で設計した。3歳幼児ダミーの基本仕様を表9に示す。
 
7.3 原型ダミーの製作及び調整
 手足については関節部構造及び質量調整機構の組み込みに伴い初期の計画質量以内に仕上げることが困難となり、原型では比重が1を超える状態であった。そのため、外周に発泡プラスチックのシートを貼り付けることにより比重を1に合わせた。また、胴体部は上部(肺に相当)に空間を設け、全体比重を0.95に調整した。この状態でダミーはほぼ水平に浮遊する状態になった。
 製作された幼児ダミーは、身長等の高さや長さについてはほぼ設計値に近い結果であるが、容積については関節部の形状が人体とは異なるため減少しており、全身の容積は設計値の97.6%とやや少なく、また体重も14.0kgと設計値(14.6kg)の96%であった。
 容積のバランスをみると、腕部が設計値より大きく、頭部及び足部が小さい結果となるが、各部分に対する設計計算時の分割線と実際のダミー関節部の分割状況が必ずしも一致していないため、正確な比較ではない。
 
表9 3歳幼児ダミーの基本仕様
No.  項目  単位  設計値  基本参考値 
工業技術院 今回測定値
1 身長 cm 95.9 95.9  
2 体重 kg 14.6 14.6  
3 股の高さ cm 38.8 38.3  
4 肩関節高さ cm 71.2   71.2
5 ヒップポイント高さ cm 43.2   43.2
6 膝関節高さ cm 22.8   22.8
7 頭部高さ cm 19.7   19.7
8 上腕長さ cm 14.4   14.4
9 前腕長さ cm 13.9   13.9
10 手部長さ cm 11.3   11.3
11 足部長さ cm 15.4 15.4  
12 大腿長さ cm 20.6   20.6
13 下腿長さ cm 19.1   19.1
14 くるぶし高さ cm 4.0 4.3  
15 頭部最大周長 cm 49.7 49.8  
16 乳頭位胸囲 cm 52.3 52.3  
17 上腕最大周長 cm 16.6 16.2  
18 大腿周長 cm 29.0 30.0  
19 下腿周長 cm 21.2 20.9  
20 重心高さ cm 53.7〜55.6   身長の56%〜58%
 
図5 幼児ダミーの設計手順概要
 
8. 幼児被験者(3〜5歳)及び3歳幼児ダミーによる試験
8.1 幼児被験者(3〜5歳)による水中性能試験
 被験者は、3歳幼児ダミーに体格が近い女子幼児4名及び男子幼児2名の計6名とし、メーカー4社が各1種類製造した幼児用救命胴衣(第1次試作品)4種類について、飛び込み試験、復正試験及び浮遊姿勢の測定を行った。参加した被験者の体格等を表10に、また浮遊試験の結果を表11に示す。
 試験に使用した各救命胴衣の概要は以下の通りである。
  Ap型:浮き輪型で従来のチョッキ型と大きく異なる形状
  Bp型:復正力を持たせるために胸部の浮力材を厚くすると共に、浮力材の厚さを左右でアンバランスにしたもの。
  Cp型:通常の小型船舶用救命胴衣と同様の構造で復正性能は持たないもの。
  Dp型:通常のチョッキ型構造であるが、復正力を持たせるため、胸部浮力材の厚さを左右でアンバランスにしたもの。
 
(1)飛び込み試験
 飛び込みが可能であった被験者は6名中2名であり、飛び込み高さは0.7mであった。飛び込み後の救命胴衣のずれや、損傷は認められなかった。
 
(2)復正試験
 浮き輪型の救命胴衣Apについては、被験者が両手で浮き輪をつかんでいる限り、前傾時及び後傾時共に安定して浮遊した。それ以外の救命胴衣Bp、Cp及びDpについては、被験者の身体を水平の俯き姿勢にして、軽く前に押し離すことで復正状況を観察した。
 但し、6名中、2名は試験を棄権、2名は自分で意図的に身体を動かして復正してしまうため復正性能の有無が判断できず、本来の状況が観察されたのは2名であった。救命胴衣Bp及びDpは2名共復正、救命胴衣Cpは2名中1名が復正した。
 
(3)浮遊姿勢
 水面から口元までの高さ、水平からの顔面角度及び垂直からの胴体角度を測定した。浮遊中の被験者数人は耳の穴に水が入ることを好まず、手でふさぐ状況や、首を上げてしまう状況がみられたため、顔面の位置は必ずしもリラックスしている状況ではないと判断される。救命胴衣Apについては前傾及び後傾のどちらでも安定していたため、各々の状態で測定した。
 
8.2 3歳ダミーによる浮遊試験、飛び込み試験
 ISO 12402 Part 9(試験方法、2002年原案)に規定された幼児ダミーを用いた救命胴衣の性能試験方法に準じて、被験者による水中性能試験に使用したものと同じ救命胴衣4種類について実施した。
(1)飛び込み試験及び浮遊姿勢の測定
 水面上約0.7m(ISO原案では0.5m)の位置に救命胴衣を着用したダミーを座らせ、肩部を押すことにより前方から水中に落下させる試験を3回繰り返して実施した。各落下に際して口が水中に留まっている時間を測定し、その後、水面からの口元高さ、垂直からの胴体角度及び水平からの顔面角度を測定した。なお、飛び込みに伴い頭部や手足が動いた場合は、そのままの状態(状態1)及び直立姿勢に直した場合(状態2)の両方について測定した。
 次に水面上1m及び3mから救命胴衣を着用したダミーを水面に落下させる試験を実施した。この場合、ダミーは胴体をやや前方に曲げた姿勢とし、上記と同様の測定を行った。但し、3mからの飛び込み時には、口が水中に留まっている時間のみを測定した。それらの結果を表12及び表13に示す。
 プール縁(水面上0.7m)からの落下試験は、いずれの場合も頭部から先に水中に落ちる状態になり、その状態における復正状況が観察された。浮き輪型の救命胴衣Apの場合、復正力を持たず、下向き姿勢で安定した。チョッキ型の場合は、ほとんど復正したが、Cp及びDpは各3回中に1回、横向き又は下向きになり復正しない状況も見られた。
 
(2)復正試験
 救命胴衣を着用したダミーを水中に浮かべ、下向きの姿勢にして、前方に軽く押し出した後、口元が水面から離れるまでの時間を測定。また、ダミーを下向きの姿勢から、そのまま手を離す場合について同様の測定を行った。ダミーの関節は、ある程度自由に動く場合と、首部も含めて直立状態に近い姿勢に固定した場合の両方について試験を実施した。結果を表14に示す。
 表より救命胴衣Ap及びCpは復正の可能性が低いこと、Bp及びDpは復正の可能性が高いことが示されている。また、静止状態からの復正と前進状態からの復正状況に基本的な差がないことが示された。関節の動きを自由にした場合と固くした場合で、Bp及びDpの復正状況に差が見られるが、基本的に関節の動きは自由にした方が人体の動きに近いと思われる。
 
8.3 幼児被験者(3〜5歳)と幼児ダミーによる水中性能試験の結果比較
(1)浮遊姿勢について
 表11及び表13より口元と水面との距離及び胴体角度はダミーと幼児で類似の数値を示しており、特に状態2(ダミー頭部を中央に調整)で比較した場合はほぼ同様の数値となっている。顔面角度は全体にダミーの方が水平に倒れた状態で幼児より低い数値となったが、これは前述のように幼児が浮遊時に首を上げる傾向が強く、リラックスできなかったことも影響していると考えられる。
 
(2)復正性能について
 幼児の試験結果から復正性能が高いと考えられる胴衣Bp及びDpについて、ダミーによる試験でもほぼ同様の結果が得られたことから、ダミーにより救命胴衣の復正性能を評価することが可能であると考える。
 
表10 被験者の体格等
No. 1 2 3 4 5 6
性別
身長(cm) 90.2 90.9 98.6 102.2 95.3 100.6
体重(kg) 11.5 15 15 15 15.5 16.4
年齢(歳) 3歳4月 3歳6月 4歳11月 5歳6月 3歳8月 4歳10月
 
 
表11 幼児被験者(3〜5歳)による水中性能試験結果
試験項目 測定項目 被験者 救命胴衣Ap 救命胴衣Bp 救命胴衣Cp 救命胴衣Dp
飛込試験 飛込可能高さ(m) 1 足が水面上 - 足が水面上 -
2 足が水面上 - - -
3 - - - -
4 座った状態 0.7 0.7 0.7
5 0.7 0.7 0.7 0.7
6 - 足が水面上 - -
平均 - - - -
復正試験 復正状況   前傾時 後傾時      
1 安定状態 安定状態 横回転 横回転 縦回転
2 安定状態 安定状態 - - -
3 安定状態 安定状態 横回転 不明 横回転
4 安定状態 安定状態 不明 不明 不明
5 安定状態 安定状態 不明 不明 不明
6 安定状態 安定状態 - - -
平均 安定状態 安定状態 - - -
浮遊姿勢 水面から口元までの高さ(cm) 1 6 10 7 7 5.5
2 6 11 7 7.5 8
3 8 12 6 7 6
4 6 13 8 8 8
5 4.5 10 7 7 6
6 7 - 7 10 9
平均 6.3 11.2 7 7.8 7.1
水平からの顔面角度(度) 1 90 30 35 30 30
2 90 40 40 30 30
3 90 35 25 0 25
4 90 10 40 25 30
5 90 40 25 10 15
6 90 - 40 0 20
平均 90 31 34 16 25
垂直からの胴体角度(度) 1 -20 15 75 75 70
2 -15 20 65 65 65
3 0 30 75 75 70
4 -70 25 65 70 70
5 -80 35 75 75 75
6 0 - 65 65 65
平均 -31 25 70 71 69
注:
救命胴衣Aは、意識すれば、ほぼ任意の胴体角度での安定が可能であり、胴体角度、顔面角度測定値はその中の任意の姿勢時のものである。
 
表12 3歳ダミーによる飛び込み試験結果
試験項目 口元が水中に留まっている時間(秒)
救命胴衣Ap 救命胴衣Bp 救命胴衣Cp 救命胴衣Dp
0.7mから落下 1 下向き 2.0 横向き 2.2
2 1.5 1.7 2.1
3 1.8 1.7 下向き
平均 - 1.8 - -
1.0mから飛び込み 1 1.1 1.5 1.4 1.3
2 0.8 1.5 1.7 2.1
3 0.9 1.6 1.3 2.2
平均 0.9 1.5 1.5 1.9
3.0mから飛び込み 1 下向き 1.7 2.1 1.5
2 約1.0 1.4 1.9 1.5
3 約1.0 1.9 1.9 1.5
平均 - 1.7 2.0 1.5
 
表13 3歳ダミーによる浮遊試験結果
試験項目 救命胴衣Ap 救命胴衣Bp 救命胴衣Cp 救命胴衣Dp
水面と口元までの高さ(cm) 0.7mから落下後 状態1 - 6 5 3
状態2 - 7 6 6
1.0mから飛込後 状態1 9 5.5 5 3
状態2 15 7.5 6 6
水平からの顔面角度(度) 0.7mから落下後 状態1 - -5 -20 -5
状態2 - 0 -15 5
1.0mから飛込後 状態1 40 0 -5 25
状態2 -5 -5 -5 20
垂直からの胴体角度(度) 0.7mから落下後 状態1 - 80 70 75
状態2 - 80 75 75
1.0mから飛込後 状態1 45 70 75 80
状態2 60 75 80 80
 
 
表14 3歳ダミーによる復正試験結果
試験項目 救命胴衣Ap 救命胴衣Bp 救命胴衣Cp 救命胴衣Dp
ダミー各部の関節を
固定しない状態
静止状態からの
復正時間(秒)
1 復正せず 2.5 復正せず 復正せず
2 - 2.1 - -
3 - 2.5 - -
平均 - 2.4 - -
前進状態からの
復正時間(秒)
1 復正せず 2.6 復正せず 復正せず
2 - 2.8 - -
3 - 3.0 - -
平均 - 2.8 - -
ダミー部の関節を
固定した状態
静止状態からの
復正時間(秒)
1 復正せず 復正せず 復正せず 2.1
2 - - - 3.7
3 - - - 2.4
平均 - - - 2.7
前進状態からの
復正時間(秒)
1 復正せず 復正せず 復正せず 8.5
2 - - - 6.7
3 - - - 2.9
平均 - - - 6.0







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