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11. ICカード
 
 さらに、バス利用に対する物理的抵抗感を減らすという観点からの取り組みとして、ICカード乗車券システムの導入があります。1枚のカードであらゆる交通機関を利用できるようになれば、いちいち切符を買う必要もない、目的地までいくらか調べる必要もない、各社固有の複数のカードをもつ必要もないなど、多くのメリットがあります。しかもICとなれば、セキュリティが高い、紛失しても再発行ができるなど、さらにメリットがあります。事業者としても、従来は難しかった詳細なOD調査やマーケティング調査を行うためのデータも容易に入手することができるようになります。関西でも、鉄道が主導して、ICカード乗車券システムの導入を検討しており、JR、民鉄それぞれが本年秋以降順次導入する予定です。そこで、鉄道に合わせてバスでもIC化を進めるべきではないかと考えています。その際、運輸政策として重要なことは、各社が閉じた世界でICカードシステムを構築するのではなく、交通機関相互で利用可能な、オープンなシステムにしていくことです。これによって、バスを含めた公共交通機関の利便性が増し、自家用車から公共交通への転移、まちの活性化等につながるものと考えています。このような取り組みを促すよう、国としても新しい取り組みを進めたいと考えております。
 
交通系ICカード多機能化(利用拡大)イメージ
 
 
12. ビジネスとしての発想
 
 このように、IT技術を活用して解決できる課題のほかに、初歩的なものもあるのではないでしょうか。例えば、路線(系統)について。普段バスに乗りなれていない人、初めて訪れた地でバスに乗ろうとする人が、バスに乗ろうとするとき何をするか。まず、目的地まで行くバスを探す、次にそのバスに乗るために乗り場を探す。ところが、目的地に行くバスをすぐに探せるでしょうか?すぐに探せたとしても、複数の系統があって、「●●行き、××行き、▲▲行きのバス、のいずれかに乗ればいいんだな」と、全て覚えた上で乗り場を探すということになります。商店が物を販売する際、「お客さんに探させる」のではなく、「お客さんの目に触れるように売りたい物を陳列する」ことによってお客さんに買ってもらうという発想を持っているはずです。こうした考え方で、バス交通の方ももう少し改善できないものでしょうか。
 また、路線(系統)ごとに、利用者の求めるサービスの内容が違います。学生中心の路線、通勤通学中心の路線、日中の外出や買物客に対応する路線など、それぞれの路線特性に合わせ、起終点や便数が設定されているか、運賃メニューは適切であるかなど、全ての路線で利用者のマーケティングという視点をもってサービスが提供されれば、利用者は増加するのではないかと考えます。
 昔、ある方に、バス事業とはどのようなものであるのか尋ねたところ、「各地域内の輸送を担う、極めて公共性が高い事業。我々は地域の有力者としてこれを善意で行うものであって、採算性は二の次。」という答えが返ってきたことがあります。そのこと自体は否定しないにしても、やはり、事業の第一の目的は「ビジネス」であって、利用者利便を向上させることによって利用者の増加につなげ、その結果、採算性の向上を目指すのではないかと思います。
 最近は少なくなったものの、ときに「バス会社は地域の有力企業なんだから、採算性など度外視して、地域貢献をさせるべきだ」、「運輸当局は、採算性を盾に言うことをきかない事業者を指導せよ」などというご意見を頂くことがあります。中身にもよりますが、関係者が一体となって、ビジネスの主体としての事業者が乗り出せるような環境を作り出していけば、物事が円滑に進むのではないかと思っています。
 
 
13. 「はやり」のコミュニティバス
 
 先にも述べましたが、地域の活性化という観点から、近畿でも各自治体が主体的役割を果たし、コミュニティバスを導入し、または導入を計画しています。コミュニティバスは、その定義が一般的にはなされていませんが、役人的に定義づければ、「ビジネスでは成立しない路線について、自治体が住民福祉の向上などの観点から主体的な役割を果たし、運行を企画するもの」と考えています。住民福祉の向上には、まちの活性化、高齢者の外出機会の増加、日中時間帯の活動促進など、地域(コミュニティ)の活性化につながる様々な目的が含まれています。こうした目的を実現するために、例えば、小さな路地まで入ることができる小型バスの使用、利用者の認知度を上げるためにカラフルなバスの導入やバス停の設置、100円等運賃の低廉化などの工夫がなされることが多くなっています。近畿2府4県では、既に82の市町村でコミュニティバスが導入されています(15年3月末現在)。
 コミュニティバスの導入に際し、国土交通省としては、バス利用促進総合対策事業や公共交通活性化総合プログラムによる調査や実証実験などの支援措置を通じて、各自治体の取り組みを支援しているところです。
 さきにも述べたように、コミュニティバスの性格からしてそれ自体、利益を生むものではありませんから、通常は自治体負担が不可避となります。この自治体負担とコミュニティバス導入により実現した政策効果・便益が均衡すれば、プロジェクトは成功ということになります。ところが、現実問題として、「わが町ではコミュニティバスを導入したが、利用状況が芳しくない」といった声をよく聞くところです。これには色々な原因があると思います。
 そうした点を踏まえ、我々としては、バス利用促進総合対策事業などの支援のほかに、管内で既に多くの導入実績があるバスを対象に、データ収集を行い、これらを分析した上で、「コミュニティバスを成功に導くには、いかなる点に留意をすればいいか」といったノウハウをとりまとめることとしています。現在、こうした観点で関係全自治体にアンケート及び実績調査をお願いしているところであり、できる限り早くまとめて、今後導入を希望している自治体からの相談などに活かしていきたいと考えております。
 
 
14. 観光振興とバス
 
 私が関西に着任してから、よく休日に観光にでかけます。その際には、「公共交通の利用促進」を訴える立場にある以上、できる限り自家用車には乗らずに電車とバスで出かけるようにしています。その際、鉄道はともかく自分の行きたい所までバスが通っているのか、バスがあるとして乗り場はどこなのか、ダイヤはどうなっているのかなどの情報が必要です。事前に調査をしておく時間がある場合はともかく、急遽出かけることとした場合には、現地で非常に困ることがあります。また、どこかへ出かけ、用事を済ませてまだ少し時間がある場合、ちょっとだけその土地の観光をしたいという場合にも同様に困ったりします。日本人の私でさえ、このような状況ですから、外国人はどうでしょうか。外客誘致を図るための環境整備をしておく必要があると考えています。
 こうした場合を想定し、それぞれの土地の観光スポットを経由するモデル的なバス路線をいくつか指定し、外国人や一元の観光客でもわかりやすいように、2階建てバスやオープンバスなどを走らせ、ナンバリングを施すなどバス停を明確にし、案内放送やパンフレット等も外国語対応をする等によってプレーアップ化すれば、現地の交通事青に精通していない観光客にとっても利用しやすくなり、観光振興に資するのではないか。そういう観点から新しい取り組みを進めたいと考えております。
 
 
15. 地域など関係者との協力体制
 
 バス交通の活性化を考えていく上では、自治体の役割も重要になってきます。これからは、地域の経済社会活動の実態、旅客流動実態などを把握し、地域の交通に関する課題を一番身近に感じている自治体が大きな担い手になっていくべきだと思います。そして、国と自治体が緊密に連携して、地域交通のあり方を議論していくことが重要だと思います。
 また、従来は、事業者と行政という2者構造で物事が決定されてきたきらいがあります。しかしながら、利用者あっての交通ですから、利用者のニーズを的確に把握することが最も大事です。最近では、様々なNPOの皆さんが活動されており、このような方々と話をすることも多いのですが、そのたびに、行政決定を行う場合や現状のフォローアップに際して、利用者もプロセスに参加してもらうことが重要ではないかと感じています。これによって、現状をさらに改善し、よりよい公共交通が実現し、利用者の増加が図られるのではないかと考えます。
 このような観点から、住民発案型のコミュニティバスなども既に登場しています。このような流れを大事にしていきたいと考えております。
 
 
16. 社会心理的アプローチ
 
 今まで「公共交通の利用促進」が重要といいつづけてきたつもりですが、自分の反省として、社会に広く伝わっているのかを検証してきませんでした。交通渋滞、環境悪化など、現代社会が抱える問題に的確に対応していくためには、単に一方的に施策を講じるだけにとどまらず、利用者の心理に訴えかけ、個々人の交通行動にきめ細かに対応しながら行動の変容を促すというアプローチも必要なのではないかと考えています。
 教育の場に積極的に参加し、公共交通の良さを子供に訴えることも有効でしょう。また、公共交通を使うと環境に対してこれだけ貢献することになるとデータを示して利用者心理に訴えることも重要でしょう。
 さらに、個々人の交通行動をチェックした上で、マイカーから公共交通への転換が無理なく行える部分をアドバイスしたり、あるいは自ら行動変更プランを作成させて自発的な利用転換を促したりする方法も効果的であることが実証されています。
 このように、場面場面で最も利用者の行動選択に有効となる方策をとりつつ、世の中を啓発していくということも重要な課題ではないかと考えています。近畿運輸局としては、こうした観点から、現在、公共交通活性化総合プログラム等を活用して社会心理的アプローチの実証実験を実施しているとともに、近畿における交通体系のあり方を審議している近畿地方交通審議会の場で、この社会心理的アプローチのあり方についてより深い検討をしていただいているところです。
 
交通計画の基本的考え方
 
 
17. 運輸局が果たすべき役割
 
 社会経済状況の変化に対応して、国(運輸局)が果たすべき役割も変わってきています。従来は、国が需要状況を勘案しつつ供給量を決定するとともに、公平性を重視して同質のサービス水準を確保するという考え方に立っていました。そのため我々運輸局職員は、こうした事項が規定されている法律等の規定を厳格、適切に運用するということが一番大事な職務でした。しかしながら、現代のように右肩下がりで需要が伸びない状況の下では、むしろ需給は市場に任せ、競争によって自ずとサービスの質は向上し、利用者利便の向上が図られるという考え方に転換しました。このようになれば、国の役割は、安全面等の最低限のルール作りと事後チェックが中心となります。
 そして、むしろ今の時代に国に求められる重要な役割としては、現代社会が抱える諸課題に適切に対応した様々な取り組みがなされるよう、地域や事業者に提案し、ともに克服していくことではないかと考えています。即ち、許認可という受身の行政から、地域や事業者に対して積極的により良い提案をしていくスタイルヘの転換です。
 このような意識の下、今まで述べできたような施策を提案し、展開しているつもりですが、引き続き管内の公共交通を少しでもよりよいものにしていく努力をしていきたいと考えております。







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