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近畿の公共交通、特にバス利用促進に向けて
近畿運輸局 自動車交通部長 和田 浩一
 
1. 近畿の公共交通
 
 昨年7月に近畿運輸局に着任して、1年が過ぎました。この間、通勤に、出張に、休日に公共交通を使って移動することが多いのですが、生まれ育った関東との違いを感じることが多々あります。
 ご存知の方も多いと思いますが、関東では、駅でエスカレーターに乗る際、左側に立ち、右側は急ぐ人のために空けておきます。ところが、大阪ではまったく逆です。この違いを合理的に説明できるのだろうかと、小役人的に考えたりしますが、京都に行くと関東スタイルのことが多く、益々わからなくなります。
 複数の鉄道会社に共通な磁気式カードとしては、関東でもパスネットがありますが、近畿の「スルッとKANSAI」が日本初です。昔、交通分野のIT化推進に関する仕事をしていた際、「スルッとKANSAIを見習って、関東でもスルッとKANTOをやりましょう」と民鉄事業者の方々に呼びかけていたものです。ところが、同じ磁気式カードでも、乗車の際に(初乗)運賃をとるかとらないかでも、近畿と関東は正反対の対応です。
 関西の鉄道に相互直通運転が少ないことも関東との大きな違いだと思います。大阪の地下鉄の多くは第3軌条(架線が線路の横にある)方式であるのに対し、このシステムを採用していないJR、民鉄各社との間で相互直通運転が構造的に困難となっています。従って基本的には、堺筋線と阪急線を除き、地下鉄と民鉄の相互直通運転が行われておらず、必ず駅での乗換えが発生します。そのためか、首都圏の平均乗り換え所要時間は2.9分であるのに対し、近畿圏では4.7分(都市鉄道調査)となっています。
 駅での乗り換えも非常に興味深い違いがあります。梅田地下のホワイティ梅田前、特に阪神線と御堂筋線の改札付近では、人がものすごい勢いで縦横無尽に歩いており、私からするとよくぞ衝突しないものだといつも感心してしまいます。データ上は、関東圏の平均歩行速度が55.9m/分に対し、近畿圏は61.2m/分で約1割ほど歩行速度が速い(大都市交通センサス)ようであり、近畿の人間性が現れているのかもしれません。
 JR西日本は、3大都市圏では唯一、通勤型電車が15分ヘッドで時速130Km運転を行っており、京都、神戸、姫路などに出張する際には、極めて便利です。一方でJRと並走する民鉄各社も低廉な運賃や多様なサービスなどを背景に激しい競争が行われており、競争促進を通じた利用者利便の向上を訴える立場の私としては心強い思いがします。
 また、自分の仕事の関係になりますが、タクシーサービスも一般的には他の地域よりもいいのではないかと思っています。深夜に利用する際でも、心地よい会話で一日の疲れが癒されることも多々あります。返事もない、降りるときにありがとうも言わないというタクシーには、大阪では乗ったことがありません。これも近畿の人間性に由来する面があるのかもしれませんが。
 
 
2. バス交通は?
 
 近畿と関東の公共交通に関する違いをあれこれ書いてきましたが、バスのことだけが思い浮かびません。残念ながら、普段、あまり使うことがないからです。しかしながら、バス交通は自分の担務ですから、のんきなことを言っている場合ではありません。私の大阪勤務の一つの大きなテーマとして、「私のように普段バスを使わない人が、どうやったら自家用車に乗らずに、バスなどの公共交通機関を利用するようになるか」を真剣に考えようと思っています。
 そもそもバスが嫌いなわけではありません。昔、2年間、勤務でロンドンに住んでいたことがありました。オフィスはロンドンの中心街にあり、自宅はオフィスから地下鉄で約20分のところにありました。日本なら間違いなく地下鉄通勤をするシチュエーションですが、私は毎日バス通勤をしていました。ロンドンの地下鉄は、設備が古いため故障が多かったり、爆破予告の電話などがあって安全確認を行ったりするためによく止まり、信頼性が低いという事情があるのは確かです。しかし、バスは必ず座れ、お馴染みの赤い2階建てバスはワンステップで乗りやすく、専用レーンで時間も比較的正確だったためです。しかも、運賃は地下鉄とバスで共通のゾーン制となっており、定期券を買うと一定のゾーン内は地下鉄でもバスでも両方乗れるのです。したがって、私は毎日、ロンドンバスで新聞を読みながら40分くらい揺られ、通勤していました。
 ちなみに、有名なロンドンタクシーもよく利用しました。これもお馴染みの黒い車がたくさん走っており、日本と同様、流しのタクシーを拾います。事前知識では、「運転手は紳士」、「チップが必要」等々、ものの本には色々書いてありましたが、実感としては全く違いました。ネクタイをしている運転手は皆無に等しく、下町なまりの英語でよく聞き取れないことが多かった(筆者の英語力不足によるところも大きいが)という記憶があります。こちらから何もしゃべらなければ運転手も何も話さず、プライベートを尊重してくれますが、何か話し掛けると非常に気さくに話します。そういう意味では紳士かもしれません。チップも基本的には不要です。ただ、おつりで小銭が出る場合などに「For you!」というと、大変喜んでくれました。多くの方はご存知かもしれませんが、ロンドンでは、細かい路地に至るまで全て名前がついています。ロンドンでの勤務中に「ロンドンタクシーの運転手は全て小道の名前まで暗記しており、これができないと運転手になれない。法律上の需給調整規制は行っていないが、この地理的知識に係る資格要件を満たすことが難しく、事実上の参入規制となっている。」と聞いたことがあります。私の実感としては、さすがに小道の名前まで記憶している運転手は少なく、やはり運転手も人の子だなあと感じることが多々あったというのが実感でした。
 
 
3. 乗合バス利用者の減少
 
 バスの話に戻りますが、乗合バスは輸送人員の減少が続いています。近畿2府4県の合計では、昭和47年度の約15億人をピークにして平成13年度では約9億人となっており、約40%も減少しました。この間、一貫して減少傾向にありますが、平成9年度以降は特に減少率が大きくなり、年度平均で3.4%も減少し続けています。この傾向は、大阪、京都、神戸といった大都市よりも郊外部で顕著となっています。
 
 
4. 乗合バス事業等の規制緩和
 
 さて、自動車運送事業については、貸切バスに続き、乗合バスやタクシーでも、平成14年2月から需給調整規制の廃止などの規制緩和が実施されました。制度改正の目的は、市場原理に基づいた事業者間の競争によって事業を活性化し、これを通じて利用者利便の向上を図ろうとするものです。乗合バス事業に関しても、路線の設定・変更・休廃止、運賃の設定・変更など、従来に比べて柔軟な経営判断が可能となり、利用者ニーズに迅速に対応できるようになりました。現在のところ、総じて大きな動きは見られていませんが、利用者ニーズを踏まえた各社の施策に大いに期待しているところです。
 
近畿2府4県乗合バス輸送人員の推移
 
5. 生活交通の確保
 
 このように運輸政策としては、市場原理を活用しながら利用者利便の向上を図っていく方針に転換をしたわけですが、郊外部における生活交通の確保など、市場原理だけでは利用者利便の確保が難しいものもあります。こうした局面では、地方自治体と協調しつつ補助を行う等により、地域における足の確保を図っているところです。
 一方で、バス路線を維持することだけが住民の足の確保であるわけではありません。例えば、タクシーを活用して乗合運送を行うという方法もあり、これによってより一層のコストの削減を図ることも可能です。また、最近では、構造改革特区制度を活用してNPOなどの自家用車によって乗合有償運送を行うという試みもなされています。要は、それぞれの地域の輸送実態に応じて、様々な輸送体系のうちでどれが一番適切であるか地域で議論をしていただき、選んでもらうということが重要です。そのような考え方の下、各自治体の皆様と相談をしていこうと思っています。
 
 
6. バス会社の経営努力
 
 こうした制度変更がなされましたが、それ以前からも、多くのバス会社は、相当な経営努力をしてきています。会社にもよりますが、乗合事業に係る営業費用の半分以上は人件費です。したがって、経営効率化、コスト削減の観点からは、人件費をいかに削減するかが大きな課題です。各社とも、経営状況を踏まえながら、賃金カット、人員削減などに取り組んできました。これに加え、最近では、分社化や管理の受委託の手法により、画一的な賃金体系の是正が図られてきています。こうした諸努力により、バス利用者の減少という非常に厳しい環境の中で、多くの会社が大規模な路線のリストラや運賃値上げなくしてネットワーク維持を図っています。会社によって取り組む姿勢は異なりますが、こうした努力を続けていることに対し、率直に評価をしてもいいのではないかと思っています。もちろん、経営努力の足りない会社に対しては、利用者や投資家等とともに行政としても厳しい注文をつけていく考えです。
 
 
7. バス交通の現代的意義付け
 
 バス交通は、従来から、我々の日常生活や社会経済活動の足として重要な役割を果たしてきました。この役割については、これからも不変だと思います。
 一方、最近では、現代社会が抱える諸課題に対応して、バス交通に新しい意義付けを与えようという機運も高まっています。これはいわばバスに対する追い風でもあります。
 一つは、環境に対する国民意識の高まり等から、自家用車の利用を減らし、バスなど公共交通への利用転換を図っていこうという動きです。
 もう一つは、地域の活性化という観点から、まちづくりの中核的手段として、コミュニティバスなどバス交通を中核に据えようという動きです。
 また、政府としては、国際観光に関し、インバウンド、アウトバウンド旅行者数の著しい格差を是正すべく、訪日外国人の増加を目指しているところですが、観光バスはその受け皿として重要な役割を担うことになると思われます。
 
 
8. バス復権のための要因分析
 
 自家用車からバス交通への利用転換を図るためには、バス交通のどのような面を改善しなければならないのか、整理しておく必要があります。
 日本のように、鉄道に対する信頼性が高いところでは、どうしてもバス交通の信頼性が相対的に低くなりがちです。それに拍車をかけるように、自家用車の増大に伴って交通渋滞が激しくなり、益々、「バスは時刻表どおり来ない」、「バスに乗ったら、目的地に何時に着くのかわからない」といった状況になってきます。また、郊外部では、便数の少ないバスに行動パターンを合わせるよりも、自家用車で行動するほうがはるかに高い便益を受けることができます。
 こうした事情に加え、昨今の少子高齢化の進展などによって、肝心の通学利用者などが減少し、バス会社の経営環境は年々厳しくなっています。
 では、どうしたら、バスは見直されるようになるのでしょうか?
 バス輸送が減少してきている原因は、2つに大別できるのではないかと思っています。一つは、少子高齢化といった、バス交通からみれば外部的な要因です。もう一つは、「バスに乗ってもいいが、どのような路線があるのかわからない」、「バスに乗りたいのだが、乗り場がわかりづらい」、「バスはいつ来るのか、また、いつ目的地に着くのかわからない」といった、バス交通に内在するマイナス要因です。
 先に述べた事業者のコスト削減等の経営努力とともに、こうした要因をできる限り除去して利用者の増加に結びつけることがバス復権のためには必要不可欠です。
 
 
9. 少子高齢化に対応した戦略展開
 
 少子高齢化といったバス交通から見た外部要因については、バス交通側が是正することはできません。したがって、少子高齢化を所与のものととらえて、子供や学生、また高齢者の方々がバスを利用しやすいような環境を整えていくしか方策がありません。これには、バスに対する精神的な抵抗感をなくす方策と、物理的な抵抗感をなくす方策があります。精神的な抵抗感をなくす方策としては、学生や高齢者の行動実態に合った定期券や割引運賃を設定することが重要であり、管内でもこうした形で成功している事業者も多くあります。物理的な抵抗感をなくす方策として、ノンステップバスの導入や停留所の周辺整備など、バリアフリー化があります。国土交通省としても、補助制度を用意して、ノンステップバスなどの導入を推進しているところです。
 
近畿管内で最近設定された利用促進型運賃の例
対象 割引等の例 備考
学生向け ●通学定期券の割引率の拡大
●均一区間を全線利用できる通学定期券
●1年通学定期券の設定
●休校日フリーパス
●学生専用回数券


後期分の定期券購入も確保
春休み、夏休み等のバス利用の促進
高齢者向け ●高齢者全線フリー乗車券  
一般向け ●コミュニティバスの100円運賃など
●エコ定期券
●バス・鉄道乗継割引
●観光施設割引等と一体となった企画乗車券
●全線定期券
●土日祝日運賃半額化
●1乗車を低廉化する特殊定期券

通勤定期所持者の家族も含めたバス利用の促進




一定額の前払いを前提に1乗車100円等とするもの
 
 
10. ITの活用
 
 一方、バス交通に内在するマイナス要因ですが、こちらの方は、バス交通側で対応ができることが多く残されていると思います。
 進展著しいIT技術を活用しつつ、利用者が求める情報を適時適切に利用者に提供していくことで、バスが置かれた不利な状況を少しでも改善できると考えます。
 この点に関しては、バス事業者の皆さんも既によく認識されており、各社がわかりやすい路線図を作成したり、自社のホームページなどを通じて路線図やダイヤを利用者に提供しています。また、混雑の激しい区間等では、バスロケーションシステムを導入して、バス停での利用者のイライラ感を解消するための措置が講じられているところもたくさんあります。最近では、わざわざバス停に行かなくても、携帯電話でバスのリアルタイム運行情報を提供する会社も出てきています。こうした取り組みについては、利用者から一定の評価を得ているところです。
 しかしながら、こうした取り組みは、それぞれのバス会社が単独で取り組んでいて、閉じたシステムになっているため、発展可能性が乏しいことが大きな課題だと認識しています。通常、出発地から目的地に移動をする際には、複数のバスの乗り継ぎやバスと鉄道を乗り継ぐというケースが多いと思います。こうした場合、それぞれのバス会社や鉄道会社のホームページなどで路線や時刻表などを調べるのは極めて煩雑です。そこで最近では複数の情報企業が、鉄道各社の時刻表や運賃などを集め、統一フォーマットで電子化することによって情報の加工を可能とし、出発駅から到着駅までの乗り継ぎ案内情報や運賃の全体額を利用者に対して提供するサービスが出現しています。これを使えば、何時に出発駅を出て、どこの駅で何線に乗り換え、目的地の駅に何時に着くということが一度にわかります。鉄道では、ここまで可能となってますが、バスではこうしたサービスがほとんど行われていません。それは、鉄道に比べて利用者が少ないのに対し、バスの路線(系統)は複雑でわかりにくく、情報会社が全ての停留所のダイヤ情報などを自ら電子化するにはあまりにもコストがかかるからです。こうした課題にスポットを当てて、利用者のニーズにマッチした情報をうまく提供できればバス利用を促進できるのではないかと考えており、新しい取り組みを進めたいと考えております。
 また、バスの不確実性を少しでも解消するために、様々な形でリアルタイム運行情報が提供されていることは、先に述べたとおりです。最近では、バス1台1台に車載器を取り付け、GPS等で一定周期ごとにバスの位置を把握して、PCや携帯電話を通じて利用者に提供するという仕組みが普及してきました。混雑が激しく、利用者が多い区間であり、PCや携帯電話をよく利用する年齢層の利用者が多い場合には、バス利用促進を図る上でとても有効です。ところが、これを全てのバス路線で行おうとしたら、いくら予算があっても足りません。現在導入されているシステムは、実証実験という名目の下、初期導入経費は国が負担するというケースが多いようですが、機器の更新費用やGPSを使った通信費が経常経費としてかかるため、その負担を誰が行うのか、責任をもった議論がなされる必要があります。こうした課題にスポットを当て、事業者負担が少なく、利用者に効果的な情報を提供できる永続的な仕組みを検討する必要があるのではないかと考えており、新しい取り組みを進めたいと考えております。







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