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私はこう考える【自衛隊について】

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


2000年2月号 Securitarian
自治体と自衛隊
志方俊之
しかたとしゆき
大震災対処こそ災害派遣の基本
 冷戦後、自衛隊の役割は多様化したと言うが、国家防衛という本来の役割は依然としてその中核にある。すなわち、敵と戦い勝利する「有事の役割」である。
 他方、自衛隊の「平時の役割」は大きく三つある。
 第一は、有事に備えて訓練し、厳然とそこに存在して、国を守る国民の意思を内外に示すこと、いわゆる「抑止力」としての役割だ。
 第二は、国連平和維持活動や国際的な緊急援助活動への参加だ。
 第三は、頻繁におこる災害時に出動し、国民の生命と財産を守ること、すなわち「災害対応力」としての役割である。派遣件数としては、患者空輸、近傍火災、行方不明者の捜索が最も多いのだが、自衛隊ならではの力量を発揮した災害派遣には次のようなものがある。
 人的災害への派遣には、「日航ジャンボ墜落事故」や「地下鉄サリン事件」がある。自然災害への派遣には「阪神・淡路大震災」がある。これらの共通点は、「突然」、「特異」、「大規模」である。すなわち、自衛隊がその力を最も発揮するのは、突然に起こる特異または大規模な災害のときだ。それは、自衛隊という集団が、即応性と特殊な防護能力を持ち、圧倒的な機動力で全国から一つの地域に集中できるからだ。
 大地震は、他の自然現象と違って、突然に起こり、巨大な破壊エネルギーをもっているから、一瞬に広範囲な地域に多くの犠牲者と甚大な生活基盤(インフラ)の破壊が起こる。
 したがって、「大震災対処」こそ、自衛隊がその力量を最大限に発揮できるケースだと言える。大震災対処で十分に活動できれば、他の風水害や火山災害や大規模事故の場合は、もっと容易に対処できることが多いからである。
災害応急対策と訓練
 震災対策は四つの活動から成り立っている。
 第一は、地震という自然現象の性状を少しでも知るための「研究」。
 第二は、地震に強い生活環境(都市や建物やライフライン)を整備する「災害予防」。
 第三は、地震が起こったときの対応を適切に行って被害を極限する「災害応急対策」。
 第四は、被害の復旧を効率的に行う「災害復興」である。
 この四つを総称して「防災」(災害対策基本法第二条)と呼んでいる。防災というと、何か「災害を防ぐ」ことと誤解され易いが、その本質は「被害を少なくする」努力なのである。したがって、災害派遣の目的は、災害時に「応急対処」を行い、市民の生命と財産の損失を極限することにある。
 地震は「突然に」起こる。したがって、地震災害への対応は「咄嗟(とっさ)に」行えるようにしておかなければならない。そのためには、応急に何をすべきかを「計画」し、「訓練」しておかなければならない。
 「計画」については、災害対策基本法に基づいて、国レベルでは「防災基本計画」や「防災業務計画」を、都道府県レベルでは「地域防災計画」をすでに策定している。阪神・淡路大震災を契機に、かなり整備されてきた。
 問題は「訓練」だ。職員の非常呼集・被害情報の伝達・救急医療などの「機能別訓練」は、ある程度行われている。しかし、災害対策本部そのものの「総合訓練」となると、まだ形式的なものが多いようだ。
 毎年「防災の日」になると、どの自治体でも河川敷に警察・消防・自衛隊などが集まって、瓦礫(がれき)の下からの被災者の救出、ヘリコプターによる患者の吊り上げ、応急橋梁(きょうりょう)の架設、放置車両の撤去などの作業を展示する。そして知事や市長がこれを視察し、防災関係者が見学する。
 これも必要だが、より大切なのは災対本部スタッフの訓練だ。刻々と集まってくる被害状況を分析し、逐次に駆けつけてくる救援隊に任務を付与して、マニュアル通りに被災地に投入すればよい。だが、地震はマニュアル通りに起こってはくれない。予期せぬことの連続だ。被害状況がうまく掴めない、救援隊の到着が遅れる、到着した救援隊を被害甚大な地域に重点的に投入するのか、広く満遍(まんべん)なく投入するのか迷うこともある。後になってもっと被害が激甚だった地域が判明したら、救援隊の部署を再検討しなければならない。ボランティアの活動もケアしなければならない。
 流言(りゅうげん)が飛び交い二次災害が起きるかもしれない。このような錯綜した状況でも、災対本部長である知事がテキパキと指揮できるよう、自治体の各部門のスタッフは十分に訓練されてなければならない。
 応急対処で大切なことは、被災者を「生命の危機」から救うことだ。これは時間との勝負だ。発災後三六時間を過ぎると救命率は極端に下がるからだ。「救出作業」と「救急医療」の二つが何にもまして重要である。
 水や食糧や毛布の補給も大切だが、まず命を救うことだ。死者に水を飲ませ、食事を与えることはできないのだ。先ずは「生命の危機管理」、その次が「生活の危機管理」なのである。
震災応急対策、東京都の一例
 東京都では「冬の晴れた風速六メートルの平日の午後六時頃に、都区部で規模M7・2の直下型地震があった場合」を震災対策計画立案のための一つの目安にしている。推定される死者は、約六七〇〇人、重傷者は約一万五三〇〇人、軽傷者は約一二万人だ。本年の九月三日には、都と国が一体となった大規模な防災訓練の実施が計画されている。
 最大の課題は、救出作業と救急医療を手際よく行って、推定死者と重傷者を一人でも少なくすることだ。これに当たるのは、大きく分けて警察・消防・自衛隊・ボランティアだ。このうち、何といっても日頃からの「密着度」が高い警察と消防が救援活動の中核だ。
 自衛隊は、国の組織だから自治体とは制度上距離がある。しかし、円滑な出動要請さえあれば、そして日頃から協力関係を築いておけば、指揮通信・救急医療・補給整備・圧倒的な機動力を持っており、自己完結的な「組織力」で警察や消防をバック・アップできる。
 他方、ボランティア集団の特色は活動の「きめ細かさ」で、被災者一人ひとりの間に立ち入って、救援活動を地域の隅々まで行き渡らせることができる。応急対処で大切なことは、それぞれの集団の力を、「密着度」、「組織力」、「きめ細かさ」という特性に従って有機的に組み合わせ、効率的な「協力態勢」をとることだ。
 地震直後、自治体の警察や消防は真っ先に被災現場に駆けつけて救出と救急医療に従事することができる。しかし、それだけで済むのなら大震災とは言えないだろう。
 大震災では、近隣の警察や消防の大部隊が、落ちた橋、倒壊家屋の重なる道路を横切って被災現場に集中することは難しい。他方、自衛隊の大部分は都心から離れたところに駐屯しているが、かえって被災を免れ、高い機動力を備えているから、案外と短い時間で被災現場に集中することができる。
 発災直後、災対本部長である都知事が、最も欲しい情報は、「被害の全体図」だ。どこへ最も早く救援隊を投入すればよいか、どの経路で投入するか、予定の集結地は本当に使えるか、といった情報だ。
 最も速い全体図は、航空自衛隊(空自)の偵察航空隊(百里基地)の写真映像によってもたらされる。細かい情報は、警察や自衛隊のヘリによる電送映像で見ることができる。
 人命救助のため、現場に大規模な部隊を投入できるのは陸上自衛隊(陸自)だ。陸自は、本来「首都圏防衛」のため都心を取り巻く要点に、戦略的に配置されているから、都心の部隊が被災しても、各方向から都心に向かってアクセスできる。
 大型ヘリ部隊は大規模な救援部隊と救急医療チームを孤立した被災地に運ぶ。その間に、施設科部隊が応急橋を架け、キャタピラの装甲車部隊が川を渡り、道なき道を迂回して合流する。
 海上自衛隊(海自)の大型艦艇が横須賀から東京湾の奥深くに移動して投錨すれば一大救援基地になる。通信中枢のバックアップ組織、応急の病院やヘリコプター基地、被災者の一時的な避難場所にもなる。さらに、吃水(きっすい)の浅い小型の揚上用舟艇(しゅうてい)は、荒川などの河川を遡上して救援部隊を運び込む。
 全国の陸自のレンジャー部隊や野外衛生(医療)部隊は、空自の輸送機によって最寄りの飛行場に到着し、ヘリや舟艇に分乗して被災現場に入る。レンジャー隊員が瓦礫の下から被災者を救出し、医療部隊が救急医療を加え、ヘリ部隊が患者を病院へ後送する。人命救助の作戦は、これらの全てが三六時間内にできるかが勝負どころだ。
考えておくべきこと
 大地震が都区部で起これば、二万二〇〇〇人が死亡または重傷、一二万人が軽傷という「生命の危機」に曝(さら)され、五四万所帯、一二六万人の区部住民が「生活の危機」に曝され、かつ首都機能がストップする。
 したがって、この活動は東京都という一自治体の救援活動ではない。「国家機能の危機」を救援することでもある。自衛隊が全力で出動しても決しておかしくはない。そのために考えておくべきことがある。
 第一は、国と都との関係だ。警察、消防、自衛隊の力を一つにして一名でも犠牲者を少なくしなければならない。そのために、都は日頃から各レベルで自衛隊との協同訓練を積み重ねておくこと、国は自衛隊の自主派遣に関わる基準をより明確にすること、また政府は、遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)することなく、ほぼ自動的に災害緊急事態(災害対策基本法第一〇五条)を発令できる態勢をとる必要がある。
 第二は、警察・消防・自衛隊・ボランティアという四つの集団の協力関係を旨く律することだ。阪神・淡路大震災の救援活動では、警察は警察、自衛隊は自衛隊と地区割りをして別々に活動した地域より、警察・消防・自衛隊が混合して活動した地域の方が、救援が速かった実例がある。
 第三は、日常は規制されている自衛隊の行動権限を、災害時の特例として緩和したり、新しいシステムとして準備することだ。例えば、自衛隊の緊急車両の通行を円滑にするための現場における権限の付与、自衛隊が医療活動に使用する負担の補填要領を簡易にしておくことなどだ。
 また、災害時における自衛隊の航空機の飛行について、空域使用に関する統制を変更できるよう、事前に運輸省と調整しておく必要がある。数百機のヘリが都上空の狭い空域を飛行するのためには、一元的な空域統制が必要になるし、都の空域に出入りする航空回廊の設定や、現場での離着陸の統制も必要になる。
 第四は、全国から馳せ参じてくれるだろう善意に満ちたボランティア・グループの活動を効率的にするための工夫だ。しかし、グループの中には組織力の弱いものもあろう。その場合、ボランティアを支援し、関係する組織と調整する専門家が必要だ。都の職員だけでは手が回らないから、自衛隊の即応予備自衛官または予備自衛官を召集して、アドバイザーとして小さなボランティア・グループを支援することなども一案である。
 訓練では出来たことでも実際の災害時には出来ないことが多い。したがって、訓練で出来なかったことが、災害時に出来るはずはない。都民は警察や消防だけではなく自衛隊にも大いに期待している。有事に弾が飛び交う戦場で勝利するはずの自衛隊にとって、平時の災害派遣など朝飯前のはずだからだ。
志方俊之(しかた としゆき)
1936年生まれ。
防衛大学校卒業。京都大学大学院修了。工学博士。
陸上自衛隊で陸上幕僚監部人事部長、第二師団長、北部方面総監を歴任。現在、帝京大学教授。
 
 
 
 
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