日本財団 図書館


2001年4月号 Securitarian
陸ですか、海ですか、空ですか
軍事アナリスト 志方俊之
ついうっかりしました
 米陸軍戦略大学に国際研究員として留学していたとき、同じ仲間にカナダ軍の大佐がいた。彼がペンタゴンの米陸軍参謀本部を訪れたとき、こう言ったそうだ。
 「初めまして、私はカナダ軍のフォックス大佐と申します」。対応に出てきた米軍の大佐は、開口一番「フォックス大佐、貴男は陸ですか、海ですか、空ですか」と尋ねたと言う。「いや失礼、ついうっかりしました、私は陸の大佐です」。かつてこんな変な会話が交わされた時期があった。
 冷戦中の一九七〇年、カナダが陸・海・空三軍の垣根を無くして国軍全体を統合軍としたときのことだ。当時の統合カナダ軍の制服の色は、陸軍のカーキ色と空軍の青色を混ぜた変てこな色で、外見から陸・海・空を見分けることができなかった。
 色といえば、陸軍のカーキ、空軍の青、海軍の黒を混ぜ合わせると紫色になる。統合参謀本部のような統合機関に勤務する将校のことを、米軍では「パープル・カラー」とも言っていたが、カナダ軍のはこれとも違っていた。
 カナダ海軍は、海軍の制服の色は世界共通で黒(navy blue)が通り相場だから、この変な色の制服は受け入れられないと強く抵抗したのだが、最終的にこの要求は受け入れられなかった。
 国防省は、海軍から強引に黒の制服を取り上げてしまったのだから、せめて階級章は海軍流に袖章や肩章にして、線の本数で見分けるようにした。例えば、太い線が四本ついていれば大佐、三本ならば中佐と言った具合だ。
 陸・海・空軍のそれぞれの言い分を聴いて、制服の色と階級章で三軍が最終的に妥協した結果、この分かりにくい姿になったようだ。
 カナダ国軍は規模が小さいから、三軍にそれぞれの司令部や管理部門を設けて別々に管理するのは「頭でっかち」になって無駄が多すぎる。いっそのこと、統合軍にして司令部や管理部門を機能別に再編成してオーバーヘッド部分を小さくしよう。一人でも多くの軍人を戦闘要員として第一線の部隊に配置しようという原理だ。
 これは確かに一つの理屈である。兵力二〇万の軍を管理する要員の数は、兵力一〇万の軍を管理する要員の二倍は要らない。兵力が一〇万でも二〇万でも、必要とする書類の種類は同数で、ただ書類の厚さが違うだけと言うことが多いからだ。
 さらに、当時は各国とも「統合だ! 統合だ!」というムードがあったから、カナダ軍統合軍化の試みは、大きい時流に沿ってはいた。
 第二次大戦までは、バラバラに動いた陸・海・空三軍を統合的に使えば、立体化した戦場での戦力発揮を「効率化」でき、その上に管理上の無駄を省いて「合理化」できるのだから、まさに「一石二鳥」だとの考えであった。
統合に馴染まないこと
 陸・海・空の統合による「合理化」について考えてみよう。誰でも考えつくことは、管理部門ではまず弾薬部門や通信部門など、陸・海・空軍に共通している機能の統合による合理化だ。弾薬や通信は技術的な面が大きいから、統合化しやすいと考えられがちだ。
 だが、実際にはそうは問屋が卸さなかったのだ。陸軍が使う弾薬と海軍が使う弾薬では、種類も性能も数量も違うし、根本的には「使う場所」が違うから「補給ルート」も違う。
 陸軍では多種多様な弾薬を、野越え山越え第一線部隊がいる場所まで届けなければならない。それに反して、海軍では、弾薬を使い切れば艦艇そのものが港へ帰ってきて、海辺の弾薬庫から再補給したり、洋上で補給艦から移しかえる。
 空軍の弾薬となると爆弾やミサイルなどが主で弾の種類が全く違うし、航空機は必ず基地へ帰ってくるのだから、弾薬はその基地まで大型輸送機で運んでおけばよい。
 弾薬と言う点では同じなのだが、全く違う取り扱いをするものを無理矢理に統合してもメリットは少なく、かえって煩わしさだけが残る。おまけに「陸ですか、海ですか、空ですか」などと、毎回余分な挨拶を交わすのは堪(たま)らないということになり、一九八六年になって制服などを元に戻したのだった。
 統合するメリットが大きく期待できるのは、弾薬分野では研究開発の部門、情報分野では、収集・処理・分析の部門、軍事医療の部門、隊員募集の部門であった。
 わが国でも、技術研究本部や情報本部、自衛隊病院や地方連絡部が事実上統合されていることを見れば、この辺の事情を容易に理解できる。
異質な三つの力
 陸・海・空の統合による「効率化」はどうだろうか。今ではどの国もその重要性を認識しているが、現実にパープル・カラーの制服を着た将校が存在する国はない。
 陸・海・空と別々の色の制服を着た将校が、統合参謀本部あるいはそれに当たる司令部(わが国の場合は統合幕僚会議事務局)に集まって仕事をしているのが現状だ。
 各国とも、陸・海・空の戦力という異質なものを形だけ統合するよりも、異質であるが故にその戦力発揮の特性を相互に知らせ合って理解し、最高の効率化を求めているのである。
 海上兵力は、航空兵力ほどの機動性をもっていないが、外国の港を親善訪問することもできるし、不安定な地域に近い公海上を遊弋(ゆうよく)して相手国に圧力をかけ、居留民(きょりゅうみん)の緊急退去に備えることもできる。
 いざとなれば、紛争地域の近くに長期展開して、必要とあれば航空攻撃、巡航ミサイル攻撃、艦砲射撃、海兵隊による奇襲攻撃さえできる。これこそ海上兵力が「柔軟性を持った力」と呼ばれる理由である。
 航空兵力は、最高の機動力を誇っている。地球の裏側にいても短期間に移動して戦闘に参加できる。その破壊力は絶大で、国際社会から正統性(Legitimacy)が認められれば直ちに相手国の最深部まで飛んでいって、民間人への被害を最小限にしてピンポイントの爆撃を行うことができる。
 また、航空兵力は現地から戦力を引き揚げるのも速い。国連を中心とした国際社会が、力の行使(use of force)に「正統性を与え易い力」とも言うことができる。
 陸上兵力は、機動性という点では最も鈍重で、その後に鎖のような重い補給線を何時も引きずっている。したがって、陸軍は一旦ある地域に投入されると簡単に身動きすることができない。
 その代わり、住民の居住する地域を長期間にわたって占領することになる。これからの国際環境では、国際社会が十分な正統性を与え、かつその国に確固たる決意がないと実際に陸軍を使うことは難しい。
 しかし一方、陸上兵力による地域の占領がない紛争はなかなか解決しない。陸上兵力は守るべき地域に決定力として厳然と存在していることが重要なのである。陸上兵力が「国家意志を示す力」と言われているのはそのためだ。
 国連による平和維持活動(PKO)には、各国とも軽装備で、戦力としてはひ弱な部隊を投入しているが、それが機能しているのは、その背後に参加国の強い国家意志が存在しているからに他ならない。
 陸・海・空三軍は、それぞれ異質な特性と役割を持っているが、この異質さが重要なのであって、この異質さを残したまま三つの力をうまく組み合わせて、統合による効率化を図ることが重要なのである。
志方俊之(しかた としゆき)
1936年生まれ。
防衛大学校卒業。京都大学大学院修了。工学博士。
陸上自衛隊で陸上幕僚監部人事部長、第二師団長、北部方面総監を歴任。現在、帝京大学教授。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION