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2003/06/17 世界週報
イラクへの自衛隊派遣を考える
帝京大学教授 志方俊之
国連丸投げ主義の限界
 今回のイラク戦争は全く新しいタイプの戦争だった。近い将来、政治・経済・外交・軍事、それぞれの側面から詳細な分析がなされ、その実態が浮かび上がってくるだろう。今、現象面だけからこの戦争をとらえれば、21世紀に入って起こる新しい戦争の「三つの特性」を指摘することができる。
 第一は、軍事力に訴えて国際問題を解決するためには、どんな形であれ国際社会の容認が不可欠になることから、戦争は「国際社会対国家」、あるいは「国際社会対非国家組織」という形をとることになろう。問題は、ここで言う国際社会とは何かである。今回の戦争で「国際社会イコール国連」ではないことが分かった。
 半世紀にわたって「国連中心主義」ないしは「国連丸投げ主義」を採ってきた我が国は、この先、国際社会で軍事力行使の是否が問われる時、「国連にお任せ」とはいかなくなる。その都度、自らの意思で我が国の立場を選択し、資金提供だけではなく、何がしかの「行動」をとらなければならなくなる。
 第二は、国家と国家がそれぞれの主権を懸けて総力で戦うような戦争は姿を消し、これからは「国際社会対○○」といった戦争が多く、何らかの形で多国籍軍による戦争となることだ。
 多国籍軍といっても、湾岸戦争のような「国連決議を背景とする連合軍」や、今回の戦争のような「有志連合が編成した合同軍」もある。将来、状況によっては国連憲章第43条にある正規の「国連軍」が編成されるかもしれない。
 これまで、我が国の政府は、自衛隊を多国籍軍に参加させることは集団的自衛権の行使に当たり、憲法上許されないとする内閣法制局の解釈を採り続けてきた。その限り、どんな形の多国籍軍であっても、それが国益に合致するか否かにかかわらず、自衛隊を参加させることはできない。
 無制限に自衛隊を多国籍軍に参加させてはならないが、正規の国連軍、国連決議に基づく連合軍、周辺事態における有志合同軍への参加や、後方支援分野に限っての参加など、一定の枠を設けて参加し得るようにすべき時機に来ている。
 「参加させる、させない」はその時の政治的判断、すなわち国益に照らして、その都度、政治が決めればよい。参加は憲法違反とする冷戦時代の古い解釈を採ることは、政治家が自分たちの政治的判断力に自信がないことを自認していることにほかならない。
 このような解釈を続けていれば、リスクを伴うことはすべて「米軍任せ」となり、野党が常に政府糾弾の材料にしている「対米追随」になってしまう。野党は、我が国がどのような防衛力を持てば対米追随にならないか対案を示すべきだ。
時代に即した自衛隊に
 第三は、21世紀には「守れ墳墓の地」の作戦よりも、国際的責任を分担するため多国籍軍の作戦に寄与することが多くなるから、我が方の死傷者を最小限にすることはもちろん、民間人、敵方の死傷者も少なくする必要がある。
 従って、精密誘導兵器・スタンドオフ(相手の火力が届かない遠い地点から相手を攻撃できる)能力・夜間暗視能力・長距離の無人偵察機・通信傍受衛星など、破壊力を制御して発揮させ得るハードウエアを装備した部隊でないと、無用な殺戮(さつりく)をすることになる。
 ところで自衛隊はどうか。自衛隊には精密誘導兵器も長射程のミサイルも長距離の無人偵察機も通信傍受衛星もない。全隊員が個人用暗視装置を持っているわけでもない。要するに、自衛隊は我が国の領土に侵攻してきた敵を、熟知した地形を利用して徹底的に破壊するために設計されているから、火力そのものは列国のそれと比較して遜色(そんしょく)ないが、破壊力を「制御して発揮する」ことが難しい。現在の自衛隊を新しい時代に使える戦力構成に変えなければならない。
 今は装甲車の装備密度も低く、十分な機動力を備えているとは言えない。たとえ我が国が自衛隊を多国籍軍へ参加させることに踏み切ったとしても、皮肉なようだが、破壊力が大き過ぎて彼我の人的損耗が多くなり、最前線の主力の一部になることは難しい。
 自衛のために必要な装備を持って、後方支援任務に就けば、他国軍の世話にならず、かなり効率的に目的を果たすことができる。
 イラクでの戦争状態は一段落し、復興の段階に入った。この段階で最も高い現地のニーズは、社会秩序の維持と生活物資の補給であろう。
 イラクヘの経済制裁を解除する国連決議も採択され、国連の役割も明確になったのだから、非政府組織(NGO)だけでなく自衛隊の若者が現地に乗り込んで、戦後復興や人道支援のための救援活動に参加する枠組み、すなわち「イラク復興支援新法」を作るべきである。
 戦後一貫して「経済大国」を目指してきた我が国は、今その経済貢献力に見合う発言力を持つ「政治大国」を目指す時機にきている。
 海・空自衛隊はもちろん、陸上自衛隊の補給部隊を現地に派遣して、人道主義を標榜(ひょうぼう)する我が国の政治的な存在感を湾岸諸国に示したらよい。規律が厳正で、士気も高い陸上自衛隊は、たとえ治安維持の任務に就いていなくても、そこに存在(プレゼンス)するだけで、イラクの市民を勇気づけることができよう。
 我が国は、中東地域に対する原油依存度が最高なのであるから、湾岸地域の平和と安定は、間違いなく我が国の経済的な国益にかなう。また、外交的には、我が国には小切手ばかりではなく、行動する気概があることを示し得る。
志方俊之(しかた としゆき)
1936年生まれ。
防衛大学校卒業。京都大学大学院修了。工学博士。
陸上自衛隊で陸上幕僚監部人事部長、第二師団長、北部方面総監を歴任。現在、帝京大学教授。
 
 
 
 
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