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2004年9月 『日本防衛のあり方』KKベストセラーズ
第三章 日本の選択肢
江畑謙介
軍事力の基本は抑止力
 この国際貢献に必要とされる兵力と教育訓練、国家安全保障の任務に必要な兵力と教育訓練のバランス点をどこに取るかは、二〇〇四年現在、世界のいかなる国の軍隊も解答を見出していない。二一世紀の軍隊として役割を果たす必要性と現実との間で、模索をしている段階である。
 自衛隊は冷戦終結後、その人的兵力をそれ程減らすことなく二一世紀を迎えた。しかし、これまでに述べたような、弾道ミサイル防衛やRMA化などによってて装備調達、運用経費が増加する傾向にあり、そして冷戦時代の直接的脅威(ソ連軍)が消滅した以上、基本的には兵士(自衛隊員)の数を減らす方向に進まざるを得ないであろう。
 一方で、日本が積極的な国際貢献を外交方針として打ち出しているため、そこに自衛隊が派遣される機会が多くなると予想される。したがって、自衛隊は従来の(国家)安全保障の任務に必要とされる部隊(隊員)の数と、国際貢献に必要とされる数、ないしは日本がどこまで(何人まで)国際貢献に自衛隊を派遣するのか、という方針を定めた上で決定された数とのバランスを模索していかねばならないだろう。まだこれという経験的な数値をどこの国の軍隊でも得られていない以上、自衛隊は自ら考えて決めなければならない。
 冷戦終結後も長く、自衛隊がそれまでの隊員数(兵力)を大幅に削減してこなかった背景には、世界の変化を的確に分析し、国民に対して負担となる防衛費をできるだけ速やかに、可能な限り大きく削減するという民主主義国として当たり前の概念が、政治家にも、防衛庁にも、そして自衛隊自身にも欠けていたからに他ならないが、また日本周辺の戦略状況が不安定であったという理由も存在する。
 極東ソ連軍が一九八〇年代末には既に、かなりの程度にまで劣化、空洞状態になった事実を、防衛庁、自衛隊はなかなか認めようとしなかった。その理由の一つとして日本独自の情報収集分析能力が貧弱であった点を挙げることができよう。しかし、冷戦が終わり、ソ連邦が崩壊して、極東ロシア軍が益々劣化していったものの、一九九三〜九四年に起こった北朝鮮の核疑惑を巡っての朝鮮半島の緊張は、現実に戦争一歩手前の段階まで至ったため(日本の一般国民の多くは、その事実をあまり正確に認識していなかったが)、自衛隊の規模を大幅に縮小するという考え方は生まれてこなかった。
 冷戦時代の東西対立から生まれた、朝鮮半島の分断化、南北対立の構図は冷戦後もそのまま残り、冷戦の残滓と形容される、世界でも殆どここ一カ所になった冷戦時代からの対立構造が続いている。さらに、中国(中華人民共和国)と台湾(中華民国)の問題は有効な解決策が見出せないまま半世紀以上が経過している。台湾は大陸反攻政策を既に止めているが、北京は台湾の併合(解放)に武力を用いる可能性を公然と表明し続けている。そのため、日本の南西諸島、先島諸島の目の前で、大規模な武力衝突が発生する可能性はなお消えていない。これらはまさに、日本の安全保障に直結する「周辺有事」に他ならない。
 このような東アジア、あるいは極東アジアの戦略状況が、自衛隊の大幅縮小に大きなブレーキとなってきたのは事実である。日本周辺の戦略状況は、なお国家間の大規模衝突が発生する可能性を残している。
 さらに、前述のように、中期的以後は中国の軍事力強化が、長期的には太平洋進出を目指すロシアの極東軍事力が、潜在的に日本にとって脅威になり得るという条件がある。
 「潜在的に脅威になり得る」のであって、「軍事的衝突が(必ず)発生する」というのではない。そのような潜在的可能性を早期に認識して、そうならないようにして行くのが外交である。その外交を行なうに当たって、(日本が持つ)軍事的能力(自衛隊の戦力)が、軍事衝突を実際に引き起こさないようにできる可能性、あるいは軍事的能力の使い方がある。これを「抑止力」という。こちらの軍事能力を相手が「尊重」して、軍事的衝突という選択肢をとっても、自分の目的を達成できないか、目的の達成で得られるもの以上の損失を被って間尺に合わないと思うことで、軍事的手段の行使を差し控えさせる機能である。そのような軍事的衝突を発生させないようにする力が、軍事力の第一にして、最も重要な機能とされる。
 軍事力を持つからそれを使おうとする誘惑が生まれるのであって、最初から軍事力を(全ての国が)持たないなら、軍事的衝突は起こりようがないではないかという意見もあるが、それはあまりに理想に過ぎる。現実には既に軍事力が各国に存在している以上、それを前提にしてスタートせねばならない。相手が軍事力を持っているのに、こちらが軍事力を持たなければ、無理難題を押し付けられることはなく、自分の利権や安全が脅かされないとする意見は、空論、夢想以外の何ものでもない。
 テロリズムのように、この抑止力の概念が働かない脅威も存在するが、国家間の問題においては、軍事力の持つ抑止力は外交の基本要素の一つである。そして、日本の周辺には抑止力が機能する国家の軍事力が存在し、それらの国家は、欧州の大半に見られるような、同じ政治システム(EU)や軍事システム(NATO)に所属するものではなく、互いに独立であり、むしろ潜在的な衝突要因を抱えている国家群である。
日本は国防予算で世界第二位
 そのため日本は、国家間の関係で高い抑止力を発揮できる軍事力(自衛隊)を保持していかなければならない。
 問題はどのような軍事力が高い抑止力を発揮できるかである。実はこの「抑止力を発揮する」という言葉の前に、「最少の経費で」という言葉が付かねばならない。非生産的で、国民に負担をかける軍事力は、できるだけ最少の支出で目的(抑止力、及び国家安全保障以外の国際貢献目的)を達成できるものであるという条件が必要である。
 では現在の自衛隊は、抑止力という観点からはどの程度のものなのであろうか。
 結論から先に書くと、「装備は一流、実態は非現実的(非実戦的)だが、抑止力は高い」ということになろう。
 自衛隊の装備は世界でも第一級で、装備の量もそれなりに多いが、内容は現代の戦場では生き残れないようなものが多い。しかし、日本周辺諸国の軍事力もまた非実戦的であるために、相対的な抑止力は高いと言える。
 抑止力を生み出す軍事力はいろいろな要素で構成される。分かりやすいものとしては、兵力(兵員数)、兵器の数があるが、兵力も現役兵力だけではなく、予備役兵力、徴兵制の有無、動員体制(方式)までも勘案しないと、実際の兵力は把握できない。兵器も性能の差があり、また運用(使い方)の巧拙によっても、その性能が影響される。訓練内容や兵士の士気は定量化できないから、比較が不可能である。兵器もその個々の性能の差を比較するのは、それが使われる状態のシナリオを設定しないと、現実問題として不可能である。例えば戦闘機が(航空優勢を獲得するための)空対空戦闘を行なう場合、どちらの戦闘機のレーダーが探知距離でどれだけ優れているか、目標追尾ができる有効距離はどれだけか、同時に何個の目標を追尾できるか、敵の電波妨害にどれだけ強いかなどが優劣を決定する有力な要素となる。これにその戦闘機が搭載する空対空ミサイルの性能が加わり、地上のレーダーや早期警戒管制機による空中戦の支援を受けているのかいないのか、その早期警戒管制機の性能(能力)はどのくらいか、戦闘機や早期警戒管制機に乗り組む乗員の訓練の度合い(技量)はどの程度かなども、考慮に加えねばならない。
 また「一国の軍事力」と言った場合、その国の経済力、人口、工業力、工業技術水準、資源、食糧の自給率、同盟国・友好国の有無と数なども基本要素となる。
 これらを全て計算に入れるのはきわめて難しいし、大体、数値化(定量化)できるものは少ない。そのため、勢い、ある国の軍事力とは、現役、ないしは予備役を加えた兵士の数、いくつかの代表的な兵器の数、そして兵器を調達する尺度を表す国防予算(兵士の給料はその国の物価水準に影響されるから、国防予算の大きさからは兵士の数の目安にはならない)など限定されたものしか比較対照にならない。
 国防予算の額で比較するなら、日本は世界第二位である。この国防予算を比較するに当たっては、共通通貨に換算せねばならない。一般には米ドル換算額が使われる。ところが、対米ドル換算率はその国の経済力の反映であって、時間と共に変化するし、必ずしもその国の国防支出の実態を示すものではない。日本を始めとする先進国では、一般的に給与水準が高いが、発展途上国では低いために、少ない国防予算でも大量の兵士を抱えることが可能になる。
 また国防予算はあくまでも予算であって、実際にその額が支出されるとは限らない。ロシアの二〇〇三年度国防予算(ロシア下院の国家会議=デュマが承認した額)は一〇八億ドルであったが、本当にそれだけ支出されたかは分からない。ロシアの国防支出は、議会承認額よりも大幅に少ない場合が多いからである。承認額の一五パーセントしか支出されなかったという年すらある。また二〇〇三年一〇月一日から始まった米国の二〇〇四会計年度の国防予算は四〇一三億ドルで、文句なく世界第一位であるが、核兵器の研究開発製造費(〇四年度は一九三億ドル)はエネルギー省予算であって、この数字には含まれていない。さらに軍関係施設の建設予算も含まれない。これに加えて、米議会は二〇〇三年一一月にイラク戦争とアフガニスタン作戦関係の追加補正予算八七五億ドルの支出を承認している。この内六四七億ドルが、イラクとアフガニスタンにおける軍事作戦経費である。これらの予算が一般の国防予算比較で取り上げられる場合は少ない。
アジアの国防支出の順位(2003年)
(単位:10億ドル)
米国 401.3
日本 50
中国 25
韓国 18.8
インド 13.6
ロシア連邦 10.8
台湾 7.6
シンガポール 4.7
パキスタン 28
 
国防予算も各国の物価、給与水準などの差があり、単純なドル換算では実態を把握するのは難しいが、公表されている各国の国防予算を米ドル換算でした場合、日本の防衛予算は世界第2〜3位となる。
 
 日本の会計年度の開始がその年の四月一日から、米国は前年の一〇月一日というように、国によって会計年度が異なるから予算の比較も難しいのだが、日本の二〇〇三年度国防予算(防衛予算)はおよそ五〇〇億ドルとなる。米国の八分の一だが、それでも第二位で、二〇〇三年の値で比較すると三位のフランスの四一〇億ドル、四位のイギリスの三七〇億ドルよりも九〇〜一三〇億ドルも多い。因みに一〇〇億ドルというとスペインの国防予算に相当し、シンガポールの四七億ドルを二倍以上も上回る額である。冷戦時の一九八五年、米国が二八一七億ドルを国防に支出していた時、二五〇億ドルを国防予算としていた(西)ドイツは、(東西ドイツの融合でドイツとなった後の)二〇〇四年度の国防予算を同じ額の、つまりその間のインフレを計算せず、現在の実質換算価格で二五〇億ドルとしている。この年(一九八五年)、日本の国防予算は二〇二億ドルであった。そして二〇〇四年の値で比較すると、ドイツと日本の国防支出(四三〇億ドル)とでは一八〇億ドルの差があるが、これは世界第一二位のイスラエルの国防予算九七億ドル(米国からの援助二一億ドルを含む)を二倍近く上回る。
 中国の二〇〇四年の国防予算は全人代(全国人民代表者会議)において公表された数値をドル換算すると約二五〇億ドルだが、これには国内での兵器研究開発費、外国からの兵器調達など多くの予算が科学研究費など別分類に計上されているため、実態を示していないと考えられている。では実態はどのくらいかということになると、研究者、研究機関によってばらばらで、公表値の二倍から、多い数値では七倍とする説もあるが、二〜三倍とする説が一般的である。二倍としても、基の額が少ないものではないため五〇〇億ドル、日本の防衛予算を上回り、世界第二位となる。
 そんな経済力を持ち、軍事力の強化を進めている国に、なおODAのような経済援助をする必要があるのかという意見も存在するが、この問題に関しては本書では踏み込まない。
装備も、量も世界第一級
 現役兵力の数(自衛官の人数)約二四万人(二〇〇三年三月三一日時点で二三万九八〇六人)は、おおよそ世界で第二四位(例えばエチオピアなどは日本を上回ると推測されるが、紛争中であるために実態が分からない)で、中国の一〇分の一である。
アジアの現役兵力順位(2003年)
(単位:千人)
中国 2500
米国 1390
インド 1210
北朝鮮 1150
ロシア連邦 1100
韓国 690
パキスタン 654
ベトナム 480
台湾 370
タイ 330
 
中国の現役兵力は世界の中でも群を抜いている。米国の現役兵力は人口10億を超えるインドよりも多い。また人口2250万の北朝鮮はインドに次ぐ大兵力を有している。
 
 中国の兵力は世界第二位の米国の二倍近く、第三位、インドの一二一万の二倍になる。
 日本の兵力は、アジア(南アジア、中央アジア、東南アジア、そして北東アジア)という地域で見るなら、中国、インド、北朝鮮、韓国、パキスタン、ベトナム、インドネシア、台湾、タイ、ミャンマーに次いで第一一位である。米国とロシアを加えたとしても第一三位になり、前記の定義で定めたアジア地域三〇カ国の中では、決して小さい規模ではない。
 装備は全世界を比較対照としても、間違いなく第一級のものを保有している。その数も世界の目を引くものがある。
 航空自衛隊の主力(防空、制空)戦闘機、米国製のF-15は、米空軍に実戦配備されて以来既に三〇年以上を経過するが、なお世界でも第一級の、性能では最高クラスの戦闘機で、米空軍でもまだ主力戦闘機としている。それを日本は二一三機も調達した。F-15を米国と日本以外で採用した国は、サウジアラビア、イスラエル、そして韓国で、それぞれ一五五機、九六機、四〇機である。ただし、サウジアラビアの四八機、イスラエルの二五機、韓国の四〇機全ては米空軍のF-15E戦闘爆撃機を基にした対地攻撃を主任務とする型で、基本的には防空(制空戦闘)が主体である航空自衛隊のF-15と直接的に比較するのは適当ではない。しかし、なにしろ「戦闘機のロールスロイス」と呼ばれた機体であるから、高額なのは事実で、日本はライセンス生産したために年間生産数が少なく、ライセンス権のロイヤリティも含め一機一二五億円という、大変に高いものになった。それでも二〇〇機を超える数を買えた日本は、やはり経済大国である。
 これに加えて、日本はこれも一機一〇〇億円もする米国製のE-2C早期警戒機を一三機、一機五四〇億円以上するE-767早期警戒管制機を四機も購入した。E-2Cは米海軍の空母搭載機であるが、米空軍の早期警戒管制機E-3が高価なため、「貧乏人の早期警戒機」として購入した国は結構ある。イスラエル(後にメキシコに転売)、エジプト、シンガポール、フランス(これは空母搭載用)などであるが、いずれも四〜六機で、二桁の数を買った国はない。
 水上艦では、なんと言ってもイージス艦(護衛艦=駆逐艦)が目を引く。一隻一六〇〇億円以上、それ以外の護衛艦の三倍近い高価な船で、米海軍以外には海上自衛隊とスペインしか購入していない。スペインは一九九九年からの建造開始で、二〇〇六年までに四隻が完成する予定だが、日本は一九九〇年から建造に着手、一九九八年までに四隻を完成させ、さらに二〇〇四年現在、二隻の建造計画を有している(一隻は二〇〇四年に起工し、二〇〇七年に完成予定)。日本のイージス護衛艦は大型で、設計の基になった(配置が殆ど同じ)米海軍のアーレイ・バーク級イージス駆逐艦の満載排水量が八三一五〜八四〇〇トンなのに対して、九四八五トンと一万トン近い大きさがある(海上自衛隊は「大きい」と批判されるのを嫌ってか、艦の本来の戦闘状態を示す満載排水量を公表せず、燃料や水をある程度消費した基準排水量で示しているが、その基準排水量値では七二五〇トン)。二〇〇四年度起工の改良型は、さらに五〇〇トン近く大きくなる。スペインのイージス艦アルバロ・デ・バザン級の満載排水量は五八五三トンと、同時期に建造される海上自衛隊イージス護衛艦のほぼ半分である。
 潜水艦は一六隻を保有し、加えて二〇〇四年時点で、練習用潜水艦二隻がある。この時点で最も艦齢の古い潜水艦でも一九年であり、これは世界に類を見ない新型艦がそろっていることを意味する。防衛計画の大綱に付属する別表で、潜水艦保有数を約一六隻と定めているために、そして三菱重工と川崎造船の潜水艦建造船台を維持するために、毎年一隻ずつ潜水艦を造り、一六年で現役を退かせているからである。
 一六隻という数は、英海軍の一五隻(二〇〇四年時点)を上回る。もっとも英海軍の潜水艦は全て原子力潜水艦で、四隻は弾道ミサイルを搭載する戦略型(核抑止任務)であり、いわゆる戦術任務の潜水艦は一一隻である。
 海上自衛隊の潜水艦は全て通常推進型、つまり水上ではディーゼルで航走し、そのディーゼルで発電した電気で蓄電池を充電、その電力で水中を走る型である。広く深い大洋においては、通常推進型潜水艦が原子力潜水艦に対抗するのはなかなか難しいが、水深二〇〇メートル程度の大陸棚がある海や、沿岸部、海峡部では静粛性に優れる(静かな)通常推進型潜水艦にも分があるとされる。AIPという、外部から空気を取り入れなくて済む燃料電池や過酸化水素機関を使う新型の動力装置を併用すると、原子力潜水艦に対抗できるような長時間潜航、長時間水中高速航行能力が得られる。スウェーデンやドイツの潜水艦では実用化されつつあるが、二〇〇四年時点で海上自衛隊の潜水艦では、まだAIPを装備した実用艦は実験用の改造艦しかない。近く、スウェーデン製のAIPを導入して搭載する潜水艦が建造される。
 潜水艦が数で英海軍を上回るように、陸軍(陸上自衛隊)の装備でも英陸軍を上回っている。二〇〇三年中期時点で、戦車の数は英陸軍三八六輌に対して陸上自衛隊は一〇四〇輌もあった。英陸軍の戦車は一九八五年時点では一〇〇〇輌近い数を数えたが、冷戦の終結に伴って急速に削減され、冷戦中に欧州における通常兵力の保有上限を定めた欧州通常兵器削減(CFE)条約によれば六三六輌の戦車を保有できることになっているものの、イギリス自身はもはやそれ程は多数の戦車を必要としないとして、前記の数まで削減してしまった。日本は冷戦後の一九九六年の時点でも一一一〇輌の戦車を保有していた。
 陸上自衛隊の口径一五五ミリ以上の野砲は二〇〇三年中期時点で七五〇門ある。この内二九二門は自走砲、残りは牽引式である。同じ年、英陸軍は一五五ミリ以上の野砲二四六門(他に一〇五ミリ砲を一六六門)を持ち、その内、自走砲は一七九門であった。
 陸軍兵力の数でも英陸軍一〇万一〇〇〇人に対して、陸上自衛隊員の数は一四万八〇〇〇人もある。主要装備、兵員などで見るなら自衛隊は、二〇〇三年に米、オーストラリア軍と共にイラクのフセイン政権打倒の攻撃を行なったイギリス軍よりも、ずっと大規模である。
 イギリスのブレア政権は、二〇〇四年七月二一日、新しい時代に備えたイギリス軍の兵力構成の見直し計画を発表した。特に、イラク戦争において米軍との共同作戦の経験から、ネットワーク中心の戦いの機能と、英本土を遠く離れた地での作戦能力とを高める点に重きが置かれている。そのために必要とされる経費を生み出すために、現役部隊の兵力と装備の数は大幅に削減される方針となった。
 時をほぼ同じくして、防衛庁が二〇〇四年末までに新たに策定する「防衛計画の大綱」を研究する、防衛庁長官直属の「防衛力のあり方検討会議」がまとめた、自衛隊の新たな戦力構成についての案が報道された。これをイギリスの新計画と比較すると次のようになる。
 まず陸上自衛隊の定数は現役一五万人、即応予備自衛官一万人の一六万人体制となる。英陸軍は二〇〇八年までに一〇万二〇〇〇人体制とされる。陸海空軍の総兵力では一八万八〇〇〇人である。陸上自衛隊の戦車は二〇〇四年度で約一〇〇〇輌であったのが、約六〇〇輌に減らされる。英陸軍は三八六輌のチャレンジャーII戦車が七個中隊、およそ九〇輌減らされて二六〇輌程度になる。最新の一五五ミリAS90自走砲も四八輌が減る。陸上自衛隊は自走砲を含む野砲九〇〇門が七〇〇門になるが、野砲の数は二〇〇四年時点で七三一門とされていたから、九〇〇という数は多連装ロケット弾発射機(MRL)を含めた値なのであろう。このMRLを含めた値で言うと、英陸軍は四二七門となる。陸上自衛隊は英陸軍に比べて、なお一・五〜二・三倍も多い量を持つことになる。
 英海軍は駆逐艦三隻、フリゲート三隻、掃海艇六隻、攻撃型原子力潜水艦三隻が減らされ、兵員数は一五〇〇人減って三万六〇〇〇人となる。海上自衛隊は定員の削減という話が聞こえてこない。護衛艦(駆逐艦、フリゲートに相当)は五四隻が四八隻に減るが、英海軍の駆逐艦、フリゲートの数は二〇〇八年で二五隻になる。英海軍の潜水艦戦力は、二〇〇八年までに弾道ミサイル搭載の戦略型四隻と、攻撃型の八隻になってしまうが、逆に海上自衛隊の潜水艦戦力は増強され、作戦用一六隻に加えて、準作戦用とみなされる教育訓練用の潜水艦が二隻以上になる。P-3C哨戒機は現在の実働八〇機(保有数は九七機)が実働七二機となるが、英空軍の洋上哨戒機ニムロッドMR2は二〇〇四年時点で二一機あるのが、二〇〇八年には一六機に減らされ、その内、近代化改造が施されてMRA4型にされるのは当初の予定であった一六機から一二機に削られる。
 英空軍の兵力数は四万八五〇〇人から四万一〇〇〇人に減るが、航空自衛隊の隊員数が減らされるという話は、二〇〇四年八月時点では伝えられていない。航空自衛隊の呼び方でいう作戦機(迎撃戦闘機、支援戦闘機、偵察機)は二〇〇四年時点の約三七〇機から二八〇機前後になるとされるが、英空軍は迎撃戦闘機のトーネードF3一個スコードロン(一三機)と、ジャギュア対地攻撃機部隊の全部、三個スコードロン(五二機)が削減される。これにより航空自衛隊の作戦機に相当する航空機の数は三一三四機から二六九機となる。
 このような数字を見ると、自衛隊は装備が削減されても、なお英軍よりも一・五倍くらいは大きな「軍隊」である。
 現役兵力が人口に占める率、つまり、その国の軍隊が人口に対してどれだけ大きな割合を占めているかを示す数値では、日本の〇・一九パーセントに対してイギリスは〇・三二パーセント(二〇〇三年)だから、イギリスの方が日本の二倍近い「軍事大国」なのだが、一般にはこのような人口比はあまり考慮されず、直接的な大きさ(数の多さ)の大小で比較される。そのため、前掲のような代表的な兵器の保有数で見るなら(そしてそれが、一般的な国際関係で軍事力の大小を比較する基となっているのだが)、日本は間違いなく、その国防予算に相当する強力な軍事力を持つ国である。
イギリスと日本の軍備比較
(原則として2003年中期現在)
   イギリス 日本
人口  6010万人 1億2721万人
防衛予算(USドル換算)  370億ドル 500億ドル
対GDP比  2.4% 1.2%
現役総兵力  19.5万人 24.0万人
対人口比  0.32% 0.19%
予備役兵力  4.1万人 4万2550人
陸軍      現役兵力 10.1万人 14.8万人
主力戦車 386輌 1020輌
装甲兵員輸送車 2533輌 980輌
野砲 412門 750門
多連装ロケット弾発射機 63輌 123輌
ヘリコプター(3軍統合) 454機 495機
海軍            現役兵力 3万7000人(含海兵隊) 4万4400人
弾道ミサイル原潜 4隻 0
軽空母 3隻 0
攻撃型潜水艦 11隻 16隻
駆逐艦 11隻 46隻
フリゲート 20隻 8隻
ドック・ヘリコプター型揚陸艦 3隻 3隻
戦車揚陸艦 5隻 1隻
掃海艦 0 3隻
中型掃海艇 23隻 24隻
対潜哨戒機 28機(空軍所属) 99機
対潜ヘリコプター 91機 97機
空軍        現役兵力 4万8850人 4万5480人
防空/制空戦闘機 107機 203機
攻撃/戦闘爆撃機 220機 158機
偵察機 7機 27機
早期警戒管制機 7機 17機
空中給油/輸送機 18機 0
輸送機 59機 42機
輸送ヘリコプター (3軍統合) 17機
日本とイギリスの戦力比較
現役兵力が人口に占める割合では、イギリスは日本の2倍近い。その点ではイギリスの方がより「軍事大国」なのだが、一般の軍事力比較ではこのような人口比率が考慮されることはほとんどなく、その数だけで比較される場合が多い。
現代戦に対応できない日本の戦車
 したがって、「抑止力」という観点で見るなら、日本の軍事力は相当に強大で、それゆえ抑止力も大きい(ように見える)。これが平時においては重要なのだが、では、実際にその軍事力を行使せねばならない状態になった時に、本当に見かけの軍事力にふさわしいだけの戦闘能力を発揮できるか、具体的に言えば、戦って勝てるか、少なくも負けないかという点になると話は別である。自衛隊の装備と訓練は多くの場合極めて非実戦的で、また他の国が戦った実戦の教訓を学ぼうとする姿勢が希薄である。
 例えば、陸上自衛隊の戦車九七六輌の内、現代の戦車として、あるいは現代の戦場において価値がある戦車とみなせるのは90式戦車二七七輌だけで、残りの六九九輌は一九七四年に制式化されて調達が始まった74式戦車である。74式戦車は第二次世界大戦後に登場した第二世代の戦車と呼ばれる設計思想で開発された各国戦車の、その最後のグループに属している。これに対して英陸軍の三八六輌は、全てチャレンジャーII型という、第三世代に属する90式戦車と同世代の型とされている。
 古い戦車でも近代化改造を施して、現代の戦場で生き残り、敵を圧倒できる攻撃能力を持つようになっていれば価値はある。しかし、74式戦車は制式化以来三〇年間、全く近代化改造が施されてこなかった。装甲は現代の敵の戦車砲や対戦車ミサイルには極めて脆弱なレベルの防御力しかなく、その一〇五ミリ戦車砲の有効射程は、現代の戦車の主力火砲である一二〇〜一三〇ミリ砲にアウトレンジされてしまう。もっと悪いのは、目標を遠方で発見し、遠距離から夜間でも精密な射撃、初弾必中の射撃ができる射撃統制装置も三〇年前のままで、当時は多少見るものがあったが、現在では博物館行きの性能でしかない。暗視装置に至ってはアクティブ赤外線型で、自分から赤外線光を放射して、その反射波を捉える方式だから、敵が赤外線センサーを持っていれば(それは現代の軍隊で常識的な装備である)、こちらの位置を探知され、そこに向けて弾を撃ち込まれてしまう。赤外線を使っていても、闇夜にカンテラを照らしているのと変わりはない。
 つまり、74式戦車は現代の戦場で殆ど価値がない。
 90式戦車も、その誕生当時には既に実用化が始まっていた戦車の頭上から装甲防御が弱い上面を狙って攻撃してくる、「トップ・アタック型」という対戦車兵器に対する防御を全く考慮していなかった。二〇〇四年になってもまだトップ・アタック防御対策をしていない。上面だけではなく正面や側面の防御も、戦車砲弾や対戦車ミサイルの進歩によって第三世代の戦車でも装甲防御が十分ではなくなったとされ、各国の戦車は装甲を追加して防御力を高めている。しかし90式戦車では全くそのような防御力の強化は施されず、現代の戦場では、しかるべき戦闘能力を持つ敵に対しては、もはや価値はかなり少なくなってしまった。
 専守防衛の日本で、そしてこのような地勢条件の日本で、重量が五〇トン以上もある90式戦車の実用価値がどれだけあるのかという問題点(それゆえ、次の戦車は90式よりも大幅に小型軽量化される開発方針が打ち出されている)に関しては、話が複雑になるので、そこまでは踏み込まないことにする。
 陸上自衛隊は二〇〇四年初めより、イラクにおいて人道支援及びインフラ復興支援活動を開始したが、イラクの治安情勢は悪化する傾向にある。治安維持活動に当たっている米軍では、その主力パトロール車輌であるハンヴィーの装甲防御が弱いため、大慌てで装甲の追加を進めている。
 ハンヴィー(Humvee)とは英語の高機動多目的装輪車の英語の頭文字HAMMWVを音読みした愛称であるが、いわゆるジープのM151の後継として一九八五年から実戦配備になった。米陸軍だけでも一四万輌近くあるが、その大半は装甲防御がない型である。装甲防御を持つ「アップアーマード(装甲増着型)」ハンヴィーも開発されたが、値段が非装甲型の三倍近くするために、二〇〇三年末の段階では、三〇〇〇輌程度しか調達されなかった。
 それがイラクの治安維持任務で多数の装甲型が必要になり、急遽調達が行なわれると共に、既存の非装甲型に装甲板や装甲型ドアを取り付ける改造キットが開発された。この改造キットは大車輪で生産されてイラクに送られ、現地で改造が行なわれている。
 ハンヴィーの日本版が「高機動車」で、海上自衛隊のイージス護衛艦が米海軍のアーレイ・バーク級とよく似ているように、高機動車もハンヴィーに酷似している。どうして日本はこうもデザインのオリジナリティが欠けているのかと情けない思いがするが、それはともかく、さらにまずいことには、高機動車のボンネットを始めとする車体外板の多くはFRP(ガラス繊維強化プラスチック)製で、従来の鋼板に比べると殆ど防弾能力がない。鋼板でもジープに使われるような薄い板ではあまり防弾能力はないが、拳銃弾や流れ弾を防ぐくらいの効果は期待できる。それをFRPにしてしまうと、殆ど何の防御効果も期待できない。その上、鋼板は曲がったり凹んだりした場合はガンガン叩けば直るが、FRPでは破損すると現場修理は不可能である。およそ戦場で使うには不向きな車としか言えない。日本の国内でだいじに、だいじに使うつもりで造ったのだろう。
 それはともかく、この高機動車も、またジープ型の1/2tトラックも、装甲防御を持つ軽装甲機動車や96式装輪装甲車と共にイラク派遣自衛隊の部隊で使われているが、イラク派遣後、半年以上が過ぎても、高機動車にも1/2tトラックにも装甲防御を施そうという計画が生まれなかった。陸上自衛隊部隊が行なうのは人道支援(給水、医療活動)と復興支援(土木、建設作業)で、治安維持活動はしないからというのは理由にならない。イラク全体の治安が悪化する中で、何時どこから攻撃を受けるか分からない状態だからである。現に、サマーワ近郊の陸上自衛隊部隊宿営地近くには、迫撃砲弾が撃ち込まれたこともある(二〇〇四年八月中旬時点で)。
 これは「戦場で使う」という点を、本気で考えていないためだろう。日本国内ではそれで済んできたが、イラクの現場ではそう行かないはずである。結局、不幸にして実際に撃たれて犠牲者が出ない限り、装甲防御を施すという考えは出てこないのだろう。同じ地域で、装甲防御を施している米軍のハンヴィーを自分の目で見ていながらである。
非実戦的な自衛隊
 このような例は自衛隊装備にいくつも見られる。
 一九六七年の第三次中東戦争直後、イスラエル海軍の駆逐艦エイラートは、エジプト海軍のソ連製ミサイル艇から発射されたレーダー誘導の対艦ミサイル「スティックス」の命中を受けて沈没した。一九七三年の第四次中東戦争では、イスラエル海軍とシリア海軍のミサイル艇が交戦し、イスラエルのレーダー誘導型対艦ミサイルがシリアのミサイル艇に命中して、今度はイスラエル側が勝利を収めた。一九八二年のフォークランド紛争では英駆逐艦シェフィールドが、アルゼンチン海軍航空隊が発射したフランス製のレーダー誘導式対艦ミサイル「エグゾゼ」の命中を受けて沈没した。イラン・イラク戦争中の一九八七年には、ペルシャ湾で警戒中の米海軍フリゲートのスタークが、イラク空軍機が発射したエクゾゼの命中を受けて大破するという事件が起こっている。
 ここから米海軍はその水上艦の上部構造物にゴムの板のような電波吸収材を貼って、対艦ミサイルのレーダーに捕捉され難くなるようにした。海上自衛隊は二〇〇四年中期現在に至るも、そのようなレーダーの反射を減らすような対策を既存の水上艦に施すことはしていない。横須賀や佐世保では、米海軍水上艦と海上自衛隊水上艦が同じ港の中に係留され、米海軍と海上自衛隊は常に共同演習をしているにもかかわらずにである。
 冷戦が終わると、世界の兵器闇市場に大量の携行式地対空ミサイル(人が肩に担いで発射する小型の地対空ミサイル:英語の頭文字をとったMANPADSとも略記される)が出回り、軍用機だけではなく民間航空機に対するテロ攻撃にも使用される危険が高まった。一九九一年の湾岸戦争で、米空軍のAC-130ガンシップ(輸送機に強力な機関砲と大砲を搭載した攻撃機)がイラクの携行式地対空ミサイルに撃墜され、一機の損失としては最大の人的損害を出した。一九九二年にはボスニアの平和維持活動に参加していたイタリア空軍の輸送機がサラエボ空港に着陸中、携行式地対空ミサイルで撃墜された。一九九四年にはルワンダとブルンジの大統領を乗せた旅客機が、キガリ到着直前に携行式地対空ミサイルで撃墜され、それを契機にフツ族とツチ族の民族衝突が発生、大量の難民が発生して、陸上自衛隊が人道支援活動としては初めて海外に派遣された。一九九七年にはパリのシャルル・ドゴール空港の近くで、発射に失敗した地対空ミサイルが発見された。二〇〇二年五月には、サウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地から離陸する米空軍戦闘機に向けて、同年一一月にはモンバサ国際空港を離陸したイスラエルのアルキア航空機に向けて二発の地対空ミサイルが発射された。幸いこれらは命中しなかったが、同年八月にチェチェンでロシア軍の大型ヘリコプターMi-26が携行式地対空ミサイルで撃墜され、一四七人の犠牲者を出している。二〇〇三年一一月、バグダッド空港を離陸したDHL宅配会社のA300貨物輸送機に携行式地対空ミサイルが命中し、油圧が効かなくなり、翼端が破損しながらかろうじて着陸した。翌月にはやはりバグダッド空港を離陸中のC-17輸送機が、おそらく携行式地対空ミサイルの命中を受けたと推測されるが、エンジンが爆発して緊急着陸をしている。
 このような事態に、二〇〇三年末からイラクに派遣されることになった航空自衛隊のC-130輸送機には、大慌てで地対空ミサイルの飛来を感知する装置と、その赤外線センサーを妨害するための、フレアと呼ばれる熱源を投射する装置、そしてミサイルの飛来を目でも監視するために胴体に半球形の窓を増設する改造を行なった。
 泥縄的な改造ではあったが、もっともこの携行式地対空ミサイル防衛システムを輸送機や輸送ヘリコプターに装備するようになったのは、世界の陸軍や空軍、イラク作戦に従事した米陸軍でも最近になって、これらの具体的脅威を認識してからの話だから、一概に航空自衛隊だけの対策の遅れを責めるのは酷かもしれない。
 だが、そのイラクに派遣される航空自衛隊のC-130輸送機が、地上から視認されにくい(携行式地対空ミサイルが使われる時、多くの場合は、まず目で目標の航空機を捕捉し、簡単な光学照準機を覗いて肉眼で照準を定める)水色の塗装に改めたのは、イラクへの派遣が事実上決定されてからである。
 日本は日米安全保障条約に基づく「周辺事態安全確保法」によって、日本の安全に関係する周辺事態が発生した場合、それに関与する米軍機から脱出した搭乗員の捜索救難を、戦闘が行なわれていない地域内で実施するとしている。戦闘が行なわれていようがいまいが、捜索救難活動を行なえば、それに対する敵の攻撃が予想される。それにもかかわらず、航空自衛隊と海上自衛隊の捜索救難機の多くは(U-125A一種を除いて)、黄色や赤、白の派手な、つまり遠方から容易に視認できる塗装をしている。それは救助される側からすれば、遠方からその飛来を知ることができる派手な塗装は精神的に大きな助けになるだろうが、捜索救難を行なう側の飛行機は、自分が派手に塗ってあっても、救助者を発見するのには殆ど役に立たない。せいぜい、救助される者が救難機の飛来に気付いて(普通は、目視で捉えるよりも、音で先に分かるものだが)、信号弾を打ち上げてくれたり、救難通信機のスイッチを入れてくれたりするくらいの助けにしかならない。それよりも、自分(捜索救難機)の存在が敵に発見されてしまっては何にもならないはずである。
日本周辺諸国もみな非実戦的
 こうした自衛隊の非実戦的な例を挙げているときりがないが、要するに、自分がその場、すなわち実戦状況に立たないと、さらには実際にそれで被害を受けないと、本当にその(実戦的であるという)必要性を認識できないのであろう。
 だから、年中どこかで実戦をしている(してきた)米軍やイスラエル軍は極めて実戦的で、また実戦での教訓を迅速に導入する点において優れている。それは、自分の命がかかっているから当然といえば当然だが、だから実戦を経験した軍隊は強い。逆に言うと、実戦を経験していない軍隊は非実戦的になる。
 これは実は矛盾である。と言うのは、前述のように、軍隊の第一にして最大の役割は抑止力にあり、したがって、実戦にならないということは、その軍隊が最も重要な役割、目的を果たしていることに他ならないからである。
 では、実戦を経験しない限り強くなれない、すなわち抑止力が低下するという矛盾をどう解決したらよいだろうか。
 それは他人の経験を見て、それを貴重な教訓として迅速に導入できる柔軟性(思考、組織)である。そうしておけば、いざ、自分がそのような場面に直面しても慌てなくて済むどころか、犠牲者を出さずに済むようになる。それでもなお、本当の実戦を経験した軍隊ほどには実戦的にはなれないのだが、出さなくて済む犠牲者をできるだけ少なくするというのには有効である。だが現実には、それを平時から行なうのは極めて難しい。
 もっとも、自分が痛い目にあわなければ改めようとしないのは、何も日本だけに限ったものではない。殆どの国、国民に共通の現象である。ここに救いがある。
 客観的に見て、日本周辺の国の軍隊は並べて非実戦的である。韓国も北朝鮮の軍事的脅威にさらされながら、半世紀の平和により、米軍から見ればあきれるほどに非実戦的になっている。北朝鮮が孤立して、情報閉鎖のために半世紀前のまま変化を停止している点は第一章で述べた。台湾も、中国による武力侵攻の脅威に直面していながら、やはり半世紀以上の長い平和を享受している。その中国は、大陸から国民党軍を台湾に追い出し、三〇年近い平和の期間を過ごした結果、実戦的要素が消滅し、一九七九年、ベトナムに対して「懲罰攻撃」を行なったところ、最精鋭部隊を投入したにもかかわらず、三〇年にわたって戦い続けてきたベトナム(北ベトナム)の民兵を相手に大敗を喫し、六万人近い損害を出してしまった。
 その後、幸い東アジアは平和である。各国の軍隊も実戦的ではなくなっている。そのため東アジアの軍事力を比較してみた場合、このような実戦的な要素は殆ど考慮に入れる必要がなく、単純にどれだけ兵隊が多く、性能の高い兵器を持っているかで抑止力を計ることができる。
 しかし、事はそれだけでは済まない。問題は、実戦状態が生じた時、あるいは生じようとした時、どれだけ迅速に実戦的な体質に変わり得るかという、思考と組織の柔軟性である。中国軍はベトナム懲罰戦争後も、毛沢東の人民戦争闘争理論(ゲリラ戦理論)の呪縛からなかなか抜け出せず、近代化が大きく遅れた。平和が長く続き組織の硬直化が起こると、軍隊に必要なその時の状況に迅速に適応するという柔軟性が失われる。
 その軍隊がどれだけ柔軟性を持つものかは、そのような状態になってみないと分からない。自衛隊が高い柔軟性を持っているように祈るしかない。
江畑謙介(えばた けんすけ)
1949年生まれ。
上智大学大学院修了。
軍事評論家。
 
 
 
 
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